イナリモドキ


 送電鉄塔の下にこんもりと見える緑色が鎮守の森である。


 ここに今回の調査対象である『イナリモドキ』のやしろがある。


 イナリモドキは稲荷社に擬態して祀られるの一種で、市内に広く点在する。イナリモドキの社はどれも小さな祠や御堂程度のものがほとんどであり、本格的な社殿を備えた事例はゼロと言ってもよい(例外については別記する)。


 通称『偽稲荷にせいなり』とも呼ばれ、また同名の落語の演目にちなんで『狐車きつねぐるまさん』と称されることもあるが、名前からの連想以上の関連性はない。


 イナリモドキは空から飛来するとされる。イナリモドキの社がある地域には決まって怪火や流星に関する説話があり、しばしば社の由緒とともに語られるのである。


 今回訪れたイナリモドキは田園地帯のほぼ中心に位置しているが、ここにも流星伝説が残されていた。以下に採話された概要を記す。


 昔、同地には稲荷神社が祀られていたが、ある夜に天から赤い星が降り注ぎ、大きく燃え上がった。翌朝、村人たちが神社に集まるとそこはイナリモドキの社となっていた。以降、これといった祟りが起きることもなく、いつしかイナリモドキは人々の暮らしに溶け込んでいったのだという――。


 市史の民俗編によれば、同様の事例が市内十数か所にある。また、天から降ってくるのがだったりだったりという事例も数件報告されている。


 稲荷神社には朱塗りの鳥居と並んで狐像が設置されているケースが多いが、イナリモドキには鳥居はあっても狐像はない。その代わりに何の動物を模したのか不明の像がよく見られる。定型を逸脱した狛犬は地方の神社では珍しくないが、イナリモドキにある像は尖った鼻先と喉の奥が見えるほど耳元まで裂けた口が特徴である。いずれにせよ何かの獣をかたどっていることは間違いないようである。


 今回の調査対象も典型的なイナリモドキ社であった。鬱蒼とした雑木林に囲まれているが、森の大きさに比して鎮座しているのは小さな祠が一基確認できるのみである。創建は享保年間と伝えられるものの史料に乏しく未詳。周辺住民による手入れが行き届いているようで、全体的に清潔感がある。


 祠の両脇には獣の石像が一体ずつ対置されている。どちらの像も類例に漏れない形態であった。像の台座正面部分に『狗』の文字があり、下に『キツネ』と読み仮名と思われる文字が小さく刻まれていた。上下の碑文の具合から推察するに、読み仮名の方は後年になって付け足されたものであろう。土地に馴染むにつれて稲荷社に擬態しようと変化するのもイナリモドキの特徴のひとつである。


 今回の再調査に際し上述以外に特筆すべき点は見られなかったが、現存するイナリモドキの典型事例として類別されるものであろう。

                              (この項、以上)



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