緑地に座る



 夢の話である――。


 四本の樹木に囲まれた空間がひとつの「家」だ。


 「家」といっても床もなければ壁も天井もなく、また明確な区画もない。

 林の中の細い木の生えた、少し湿りけのあるただの草地。

 その四本の木が囲む矩形くけいの、対角線が交わる真ん中に、私は座っている。


 私がいるから、ここが私の「家」だ。


 いた木々の間から視線を泳がせると、私と同じように地べたにうずくまっている人がぽつぽつと見える。みな、この林の住人たちだ。


 誰も彼も安らいだ様子で膝を抱えて、じっと眠るように穏やかな顔をしている。

 何をするでもなく、しいていえば静かに目を閉じ、木立ちを吹き抜ける風のざわめきに耳を澄ませる。


 特別緑地保護住区。


 この場所にも一応そんな堅苦しいなまえがついているらしいが、ここの住人で気にしている者がいくらいるだろうか。もっとも、公的に定められたそのなまえによってここでの生活が保障されているのもまた事実であった。


 一見して無何有郷むかゆうきょうを思わせるこの土地。

 だが、実際の立地はそういった仙境のイメージとはほど遠い。


 これが人里離れた山野ならばまだ情緒もあったのだろう。しかしこの住区は郊外のニュータウンからもそう離れていない、大きな幹線道路に面した位置にあるのだ。一歩外に出れば、多くの自動車がひっきりなしに往来していて常時騒音が絶えない。


 わずか数十メートルの区域に限られたこの緑地は、アスファルトで整備された外界と隣り合わせにありながら、他の俗世間から取り残されたかのようでもある。たまに前の歩道を通る人があるが、私たちの「家」のあるほうへと意識を向けることは稀であった。


 どこか遠く――おそらくは道路を挟んだ住宅街の方角から時折、犬の遠吠えのような高く長い声が聞こえる。


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