蔵町


 また、夢の話である――。


 私は少女を追っていた。


 石畳の道路に城下町らしい日本家屋の町並みが続く。古い町だ。その町は市内でも有数の歴史的建造物の保存地区であり、近年観光化に向けた取り組みが進められている地域でもあった。表通りこそ随分と現代的な整備が為されてきたようだが、少しでも裏道に入れば旧家の軒がひしめめくようにして連なっている。


 観光客の雑踏をよぎって私は細道に飛び込んだ。先には大小の土蔵が並んでいた。道なりに漆喰造りの白壁が堂々としている。私は歩みを進める。その道に人通りはなく、しばらく歩いても誰かと擦れ違うことは皆無であった。目に入ってくるのは妻壁の白と瓦の黒。蔵の隣にも同じように蔵が並ぶ。その隣も同様であった。


 蔵町だ。此処は蔵だけの町なのだ。色彩に乏しい光景に軽度の眩暈めまいを覚える。何時いつとはなく私は駆け出していた。細い路地を足早に抜け、角を曲がるとそのまた先も矢張り蔵が並んでいた。


 蔵、蔵、蔵、蔵、蔵、蔵、蔵…………。どこまで行っても蔵ばかりだ。まるで無限に重ねられた白いカーテンを繰っているかのように錯覚された。少女は何処だろう。抑々そもそも、探している少女とは何者なのか。私は何故少女を探しているのか。それも意識せられることのないまま、私は只管ひたすらに蔵の町を彷徨う。


 ひらり。


 視界の隅でスカートが翻ったような気がした。白のワンピース。うだ。私はワンピースの少女を追っていたのだ。純白のワンピースを着た少女。夏空を見上げる少女の後ろ姿が俄かに私の脳裡に思い浮かぶ。


 ひらり。


 今度は確かに気配があった。


 ——其処だ! 


 私は振り返るも目線の先にはしんと蔵が並ぶのみであった。


 そこで私は、ふと自分が現在立脚する地点が地図上の何処であるのかを意識の中から失していることに気づいた。私はどの道を辿って来たのか。どの道を通ればこの蔵の迷路から抜け出せるのか。通りの直ぐ向こう側からは観光客の喧騒がざわざわと感じ取れるのに、どうやったら元の表通りへ戻れるのかが分からない。


 ひらり。


 モノクロの蔵の陰に紛れて白い少女が舞う。



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