風車通り
私は出張で某市郊外にある海沿いの町を訪れていた。
風が強い。潮の香りが否応なく全身にまとわりつく。
海岸の道を歩いていると、見晴らしの良い丘の向こうに銀色の風車が列になって立っているのが見えてきた。風力発電の施設だろうか。近くまで行けば相当に大きな構造物なのだと思うが、ここから眺めている限りでは羽の生えたストローが芝生に何本も刺さっているようにしか見えない。
グリーンの丘に等間隔で突き刺さったシルバーストロー。その主軸は遠くに見るにはあまりにか細く、背景の空の濃さに埋もれてしまいそうだった。
そういえばこの町に入る時、バスの窓から風車の描かれた看板をいくらか目にした。あれはあそこの風車のことを言っていたのだなと得心する。町名と風車がセットで描かれていたあたり、恐らくはクリーンなエネルギーだとか環境にやさしい町づくりをアピールする狙いがあるのだろう。
ひと昔前まではこの地方でも工業廃水等による過度な汚染が問題になった時期があった。全国ニュースにもなり連日新聞の社会面を賑わせていたのを覚えている。あの風車群が建てられた背景には、そういった反省も含まれているのだ。私はひとりそう解釈した。
私は今回の出張の取引き先へ向かった。
そこは町外れにある小さな施工会社だった。会社は家族経営で、気さくな社長を相手に取引きは滞りなく進んだ。
商談もまとまった頃合いに、場の流れで私は件の風車のことを話した。
しかし私の話を聞いていた社長は当然のように、ああ、あれはただのモニュメントですよと言ったのだった。
――え。発電機じゃないんですか、風力を利用した……。
驚く私を余所に作業着姿の社長は営業向けの笑顔を崩さぬまま、あくまでにこやかに返す。
——まさか。あんなに大きいものが風で動くわけがないでしょう。あれはああいうモニュメントなんですよ……。
その後、無事仕事を終えた私は町の大通りを歩いていた。小さな商店と土産物屋が並ぶだけの通りには、絶えず磯の空気が漂っていた。行きとは違う道を選んだせいなのか、町のどちらを見渡してもあの風車の影はない。海から吹き付ける風がひどく冷たかった。
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