幻景市随想

カクレナ

狗野ケ原



 夢の話である――。


 近所の川の近くに背の高い植物が一面に群生する場所がある。それらの植物は、ススキやガマでいうところのちょうど穂に当たる部分が犬か狐の頭部によく似た形をしているのだが、さらに不気味なことにその穂先が大きく裂けていて、あたかも獣が真っ赤な口腔を露出させているかのように見えるのだった。


 地図で見ると、その一帯は狗野ケ原いぬのがはらと呼ばれているらしい。


 ある日、自宅から出かけた私はまっすぐ目的地に向かうはずが、どうしたことか途中で狗野ケ原に迷い込んでしまった。草はらのなかでぼんやり辺りを眺めていると、背の高い植物に交じって、遠くに犬が点々と散らばっているのが見えた。植物ではなく本物の犬だ。正確な数は分からないが、おそらく20匹は下らないだろう。


 狗野ケ原には犬好きで有名なとある資産家が住んでいた。彼は狗野ケ原のかなり広い区域を私有地として囲い込み、多数の犬を放し飼いにしているということだった。


 放し飼いにされている犬のなかには〝犬のための牧羊犬〟とでも呼ぶような役割と思しき一匹がいて、他の中型犬たちを統率している様子が確認できた。白くてスラッとした西洋犬で、まわりの犬より目立って大きい。犬種は分からない。その白い犬の目つきが鋭いのが怖ろしく、近くを通るとこちらが犬に監視されている感じがして底知れない不快感を覚えた。


 狗野ケ原の区域に入る道路は一本で、先がフォーク状に複数に分岐しているが、どうやらどの道を行っても行き止まりで通り抜けることはできないらしい。


 そうと知っていたらこんな気味の悪いところをわざわざ通らなかったのに――。今更そんなことを思うも、手元で広げた地図は目を凝らすほどにぼやけてしまい、どうしてもはっきり読めない。


 獣の唾液のような生臭いにおいが鼻を突いた。



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