推理の始まり

 いきなりの犯人宣言。


 あまりに突然すぎたので思考が追い付かず、私達は呆然としていた。犯人と指摘された羽山裕介は、眉を潜めながら蜷川の顔を見返している。


「沖矢卓を殺したのはお前だ」


 二度目の指摘。そこでようやく私はハッ、となり、事態を飲み込めた。


 羽山先輩が……犯人?


「人を無理矢理連れてきたかと思えば、犯人呼ばわりか。どういうつもりだ」

「どうもこうもない。お前が犯人だと言っているんだ。それが真実だ」

「バカバカしい。君達の遊びに付き合うつもりはないぞ」


 前みたいに眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、腕を組んで蜷川を見下ろす羽山先輩。二人の間でピリピリとした空気が渦巻いている。


「遊びで人を犯人なんて言うと思うか? 勉強屋さんのくせにそういう理解が出来ないとはな」

「勉強がどうこうじゃないだろ。誰だって呆れる」

「まだしらを切る気か。いいだろう。なら、きちんと説明してやる。まずは――」

「うおぉぉい、ちょっと待った待った!」


 何をどんどん話を進めているのよ。私達は無視か!?


「何だ、うるさいな」

「うるさいな、じゃない! きちんと説明してよ!」

「それを今からやるんだ。邪魔をするな」

「ほ、本当に羽山先輩が犯人なの?」

「そうだと言っている」

「いや、でもどうして?」

「人の話を聞いていないのかお前は。今からそれを説明すると言っているだろ。まずそこに至った理由は――」

「待て待て! だから早いのよ! もっとゆっくり進めて! 私達は何のために集まったのよ! 置いてけぼりか!」


 見ろ。明里なんかあまりの展開に目がグルグルなってる。パンクしてるじゃないの。


「さっさと終わらせるに越したことはないだろ」

「いや、まあそうだけどさ」

「私もゆっくり説明して欲しいな、祐一。ミステリーで謎解きする時は順序よく進めるじゃない」

「知らん。付いて来れないヤツが悪い」


 集めておいて何だそれは! しかも遅刻しといてその態度はマジで意味分からん!


「あ、あの。み、蜷川君……」

「何だ?」

「わ、私も、もう少しゆっくり説明してほしいです……」

「だったらしっかり付いてこい。バカに合わせるつもりは――」

……」

「仕方ないな~。お兄ちゃんが分かりやすく説明してやる」


 りっちゃんの釘宮ボイスで蜷川がデレデレになって受け入れた。相当勇気を振り絞って言ったのだろう、彼女の顔は真っ赤に染まり、今にも湯気が発生しそうだ。


 ナイス! グッジョブ! りっちゃんありがとう! よく頑張ったわ! 殊勲賞を贈呈します!


「さて、どれからいこうか……まずは犯人の条件から言っていくか」

「条件、だと?」


 羽山先輩が聞き返す。やはり気になるのだろうか、帰る素振りも見せず蜷川の説明に耳を傾け始めた。


「ああ。事件の流れはこうだったな。午後一時半頃、三階の三年四組のお化け屋敷にカボチャのマスコットに扮した人物が現れた。そいつが中に入ると、お化け役をしていた沖矢卓にナイフで刺して逃亡。そして犯人は途中、階段で別のカボチャとたまたまぶつかり、そいつを身代わりにした。それがこいつだ」


 クイッ、と蜷川が親指で私を差す。それを見た羽山先輩が私に目を向けた。鋭い目付きで見られ、私は身体が強ばる。


「こいつが濡れ衣を着せられたのは、たまたまその階段を昇っていたからだ。でも、事はそう単純じゃない。なぜなら、その時間その階段を昇っていたのはこいつ一人だったからだ。だが、文化祭で人が多い中、たった一人だけ階段を利用する事態など起きるはずがない。では、なぜそんな事が起きたか。それは一階から四階まで封鎖されていたからだ」

「封鎖だって? そんな事出来るわけがないだろ」

「普通はな。だが、その日だけそれが出来る人物が複数いたんだ。それが文化祭実行委員だ。実行委員なら文化祭を取り仕切る立場であり、封鎖をすれば誰もが従う」


 なるほど、と羽山先輩が頷く。


 その理由は荷物の運搬だったのではないか、と以前話していた。しかし、この場合理由など何でもいい。封鎖が目的であり、その他は重要ではないのだ。


「おそらく二階、三階、四階ははすでに通れなくしていて、一階からこいつが昇ったのを見て封鎖したんだろう。それからあんたは急いで三階へと上がり、カボチャに身を包み犯行に及んだ」

「ほう。けど、それじゃあ一つ見落としがある。人が階段を利用しなくしたまではいい。だが、それは彼女が三階まで昇る事が条件だろ? 二階で曲がるかも知れないのに、一階で目撃しただけではそれは分からないのでは?」


 言われてみればたしかにそうだ。私が四階へ行くかどうかまでは判断できないはず。二階が目的かもしれないのだ。


「違うな。さっきぶつかったのはたまたまだと言ったろ。封鎖したのはこいつを標的にしたからじゃない。その時間、あの校舎に一番カボチャのマスコットが集中していたからだ。どの階にもカボチャがいた。それを知ったあんたは階段を封鎖。つまり、あんたはどの階に逃げても別のカボチャに濡れ衣を被せられたんだ」

「なぜそう言い切れる?」

「昨日、カボチャに扮していた全員にそれを聞いた」

「なるほど」


 昨日? 一人で? 行ったの? あんたが? マジで!?


 思わぬ事実に驚きながらも、私は今の話を聞いて気付いたことがあった。


「あれ? じゃあ、私が三階に行かなかったら疑われる事はなかったの?」

「ああ、その可能性もあった。別に誰でもよかったんだ。カボチャであればな。文字通りビンボーくじを引いたという事だ」


 些細な選択。しかし、あの時三階に行かなければ……宣伝ルートを変えてたり二階を選択していればこんな苦しい今を過ごすことはなかったかもしれない。そう思わずにはいられなかった。


「聞けば聞くほど杜撰だな。それだけじゃ、うまく逃げられるか確実ではないだろ」

「ああ、たしかにそうだ。だが、カボチャが集中するという条件はこの時に満たしていた。次に同じ状況が来るとも限らない。だから実行せずにはいられなかった」


 犯罪をするために完璧な状況などない。せいぜい成功の可能性が高い場面を見極め、実行するのが精一杯だ。それがその時だったのだろう。


「でも、それだけでは僕が犯人とは断定できない。当てはまるのは文化祭実行委員というだけだ。他にも実行委員はいるんだ」

「もちろん、あんたと断定した決め手は他にもあるさ。それを今から説明してやる」


 緊迫した空気の中、私や明里達は口を挟まず、蜷川の推理を黙って聞いていた。

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