墓穴
蜷川の次の言葉を私達は待っている。しかし、私は一人別の思いが浮かんでいた。
こいつ、本当にあの蜷川なの? 声優に没頭して、アホ臭く声に酔いしれて発狂するオタクの。まるで別人じゃない……。
真っ直ぐ羽山先輩に目を向け、真剣な表情で話す蜷川。声優の魅力を熱く語る姿とはかけ離れた彼に私は目を反らせず、よく分からない感情に包まれていた。この気持ちをどう表現すればいいのだろうか。
「聞こうじゃないか。その僕が犯人と決めつけた理由を」
羽山先輩のその言葉で意識が呼び戻される。先輩はうっすらと笑みを浮かべ、面白そうに先を促す。
「その一つは、まずあんたを目撃した人間がいる事だ」
「僕を見ただって?」
「ああ、そうだ。犯行現場にあんたの姿を見た人物がいる」
「誰だい、それは?」
「慌てるな。そろそろ来る頃だ」
来るって誰が? と言おうとした瞬間、タイミングよく教室のドアが開かれた。そこには三年の神谷譲先輩と中村啓一郎先輩が立っていた。
「あれ、お取り込み中?」
「何だよ、来いって言うから来たのに」
「いや、ちょうどいい。入ってくれ」
蜷川に促され二人が中に入ってくる。
「二人がその目撃者かい?」
「いや、見たのはこっちの中村の方だ」
「おいこら一年、呼び捨てかよ。さんを付けろ、さんを」
「まあまあケイ」
宥める神谷先輩。いつも思うが、なぜ蜷川は先輩に向かって敬語を使わないのだろうか。
「中村君、君は僕を見たのかい?」
「見たって何を?」
「僕が事件のあったお化け屋敷の階にいたのをだよ」
「あん? 何の話だよ」
「どうやら、彼らは僕をあの事件の犯人と決めつけているらしくてね」
「ええ、そうなのか!?」
「違うよ。でも、彼はそうだと譲らないんだ。それで、僕があの時間に現場にいたと言っている。どうなんだい?」
「いや、俺はお前を見てないぞ」
あれ? 見たんじゃないの? 蜷川、どういうこと?
「中村君は見てないと言っているが、これをどう説明する?」
「あんた、たしか隣の神谷を見たと言っていたよな」
羽山先輩の追求を無視して、蜷川が中村先輩に質問する。
「ああ、言ったな。たしかに見た」
「いや、だから僕は行ってないと言ってるだろ?」
「でも、あれはお前だった――」
「羽山、神谷。二人黒板の前に並べ」
「おい、いきなり何を――」
「いいから、早く」
渋々というように、二人が黒板の前に立って並ぶ。
「後ろを向け」
言われるがまま二人の先輩は黒板の方に身体を向けた。すると……。
「……あっ」
「そっくり」
明里の言葉に全員が同じ気持ちだった。そう、神谷先輩と羽山先輩の後ろ姿がそっくりだったのだ。
「あんたは神谷を見たんじゃない。こっちの羽山の後ろ姿を見たんだ。声を掛けたが気付かなかったと言っていたが、それも当たり前だ。全く別人なんだからな」
身長は神谷先輩の方が少し上で、こうして並べば違いははっきりする。しかし、遠目から見ればそこまで判断できないだろう。
「よく気付いたわね、祐一」
「いや、最初は気にも止めなかった。だが、羽山が犯人ではと思い立った時、この目撃情報も思い出した。もしやと思って確認したら、この通りさ。大方、犯行を終えたが気になって現場に様子を見に行ったんだろう? その時を中村に見られた」
「よくミステリーじゃ犯人は現場に戻るなんて言うけど、本当にするんだね~」
伊賀先輩が驚き半分、呆れ半分みたいな声と表情で答える。
「だからなんだい? まさか後ろ姿が似ているというだけで僕が犯人と決めつけたのか?」
羽山先輩の言う通り、これだけで犯人と断定するには材料が足りない。いまだに余裕の態度を取っているのはそのためだろう。
「当然だ。他にもあるに決まってる」
「へ~。それは?」
「何であんたが聞く? というか、何でまだいる?」
なぜ? というように、尋ねてきた中村先輩に対して質問を返した。
「いやいや、呼んだのお前だろ?」
「ああ、そうだな。だが、もう用はない。助かった」
「用はない、って……おいまさか、ただ後ろ姿を見比べるためだけに俺達を呼んだんじゃないだろうな?」
「他に何かあるのか?」
「おい譲! この一年殴っていいか!?」
中村先輩が吠える。無理もない。私もそれに便乗したいぐらいだ。
「気持ちは分かるが、三年としては我慢だろ。君、蜷川と言ったかな? ケイの怒りももっともだと僕は思う。このまま帰されたんじゃさすがに納得はできないな。悪いが、このまま話を聞かせてもらうが、構わないね?」
「あんたらには関係ないだろ?」
「いやいや、関係大ありだろ! 俺達だってお前らに疑われた立場にあるんだぞ!?」
「すいません、中村先輩。あいつ、ああいう性格なんで」
喚く中村先輩に私は頭を下げる。気持ちは痛いほど分かるし激しく同意なのだが、今は蜷川の話を聞いて欲しい。
いや、というか、何で私が謝らなきゃならないんだ?
「話を戻して貰っていいかい?」
「ああ、そうだな」
待てこらぁぁ! と掴み掛かろうとする中村先輩を神谷先輩が後ろから止めるが、それを無視するように羽山先輩と蜷川は話を進めた。
「僕が犯人と決めた事は他にもあると言っていたな。それは何だ?」
「あんたに聞き取りに言った時の話にあったさ」
えっ、嘘? どこにそんなやり取りがあったの?
「あんたはたしか、実行委員の仕事で各クラスの催し物を把握していると言っていたな」
「ああ、言ったね」
「それにより、こいつのクラスの催し物もすぐに言い当てた」
「当然だね。把握しているんだから」
「そう、把握していた……把握しすぎていたんだ」
把握しすぎていた?
同様の疑問を抱いたのだろう、羽山先輩も分からないというように首を傾げる。
「あんたはこいつがカボチャのマスコットを身に付けていると聞いて、お化け喫茶と言い当てた。なぜ分かった?」
「だから、全てのクラスの催し物を把握していると――」
「あの時俺達はまだクラスを口にしてない。だが、あんたはこいつのクラスがお化け喫茶であり、しかもこいつが紫の衣装を身に付けていたと直ぐに言い当てた。もう一つカボチャのマスコットを使っているクラスがあるにも関わらずな」
その台詞に私はあっ、と思わず声を出してしまった。
そうだ。カボチャのマスコットを利用していたクラスは全部で十二クラス。そして、その内一年生では私と明里のクラスと、もう一つのお化け屋敷のクラスだけ。たしかにあの時、私はカボチャのマスコットを着ていたことを言ったが、クラスの催し物や衣装の色までは口にしていない。その前に羽山先輩が言い当てたからだ。
「なぜもう片方のお化け屋敷だと思わなかった?」
「いや、それは……」
ここにきて羽山先輩が焦りの表情を見せ始めた。落ち着きなく眼鏡を触っている。
「あんたは犯行後、自分がぶつかった相手を見た。そいつは紫の衣装だった。そして、俺達が事件の関係者だと聞いた時思ったんだ。ああ、こいつはあの時のカボチャだ、ってな。だから言い当てられたんだ。あんたこう言ってたよな。『たしか一年生だったな。そうなれば、お化け喫茶のクラスだな。書類には紫の衣装と明記されていた』と。こう聞けばお化け喫茶から紫の衣装に行き着いたように思えるが、実際は違う。お化け喫茶から紫の衣装を思い出したんじゃない。既に紫の衣装を身に付けたこいつを見ていて逆算してお化け喫茶だと気付いたんだろ? 全ての催し物を把握していたからこその墓穴だな」
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