真相

犯人

「んで? あいつは何処にいるのよ?」


 前回の蜷川に言われた通り、二日後私達は教室に集まっていたが、それを指示した本人の姿がない。時刻は十六時を回っている。


「さあ? 寄り道してるんじゃない?」

「校内のどこに寄り道する場所があるのよ」


 普通に来れば五分と掛からない距離であり、たとえトイレや食堂にある自販機に寄ったとしてもせいぜい二十分あれば来れる。しかし、約束の時間からは既に三十分以上過ぎていた。


 自分で集まれと言っておきながら、その自分が遅刻とは何様だ! 女を待たすとか男として最低ね。何をやっているんだ全く……まさかとは思うけど、忘れて帰ったんじゃないでしょうね?


 考えれば考えるほどイライラが募り、足を鳴らす回数が自然と増えていく。


「由衣、足うるさい」

「ああごめん。でも、遅すぎない? マジで何やってんのあいつ? 腹立つわ」


 少し離れている伊賀先輩とりっちゃんは慣れているのか、特に苛立っている様子はない。平然と窓から外を眺めたり、椅子に座って落ち着いている。


「……」

「由衣~、顔が怖いよ」

「怖くもなるわよ。あいつ全然来ないんだから」

「まあまあ、蜷川君に会えないからってそんなイライラしな――きゃふ!」

「……明里、次そういう事言ったら殴るよ?」

「今殴ってんじゃん! 次じゃないの!?」


 涙目で訴える明里。結構強く殴ったので痛かっただろう。だが、それも自業自得だ。


 本当止めてマジで。あいつとそんなくくりをされると煮え切るというか、腹の奥底から沸き立つ怒りでどうにかなりそうだわ。それにりっちゃんが――ってああほら、りっちゃんがまた睨んでる! 私、完全に嫌われてるんじゃない!?


 私にはそんな気は一切無いのだが、聞こえた明里の弄りを無視できず、こうして敵意を向けられている。蜷川に好意を抱いているりっちゃんからすればこの手の話は面白くないだろう。


 ちょうどいいや。蜷川もまだ来ないし、誤解だと伝えよう。りっちゃんとは仲良くなりたいし、嫌われたくないし。


 そう思った私はりっちゃんの元へと近付く。


「りっちゃん」

「な、何ですか?」


 声を震わせながらも、鋭い目で答えてくる。


「私は蜷川の事、何とも思ってないよ?」

「……」

「普通に考えみて? パンツ見られたり、体型の事罵られて嬉しくないでしょ? そんな相手に好意向けると思う?」

「……」

「明里が言ってるのは全部冗談。私はむしろあいつが大っ嫌いだからね」

「……」


 う~ん、りっちゃんの目が信じていない。どう言えば信じてくれるかな~?


「大丈夫だよ、りっちゃん。由衣は何とも思ってないよ」

「ほ、本当ですか?」

「うん。ほら、堀江由衣ってあんまりツンデレキャラやらないでしょ? どっちかと言ったらドジっ子で甘えるキャラ。そんな行動してないって事は、由衣は蜷川君を何とも思ってない証拠だよ」

「な、なるほど……」


 声優が演じるキャラと同一視されるなど複雑な気分だが、りっちゃんは納得しているようなのでよしとしよう。


「じ、じゃあ、本当に堀田さんは、み、蜷川君を好きじゃないんですね?」

「うん。今の所は」

「この先もないわ!」


 フォローするなら最後まできちんとしてよ。余計な事言わないで。


「それより、あいつは何処で何をやっているんですか、伊賀先輩?」

「さあ? 私も分からないよ」

「分からないって……この前は二人だけで何か分かっていたような会話してたじゃないですか」

「え、そう?」

「そうですよ。なんかこう、余計な事言わなくても意思疏通できたような」


 最低限の言葉で相手の考えが分かるようなやり取り。さすが幼馴染みと言えるのだろうか。しかし、外野の私からすれば何を話しているのか見当が付かない。


「う~ん、そんなつもりはないんだけどな。まあでも、大丈夫ということだけは確かだよ」

「大丈夫って何がですか?」

「祐一は忘れている訳でもなく、ちゃんと仕事をこなしているってこと」


 ええ~、本当かな~?


 これまでの活動を振り返ると、中々伊賀先輩の言葉は信じられなかった。なにせ人のパンツ覗いたり体型を言及したり、容疑者を絞ったり、嫌々ながらも三年の聞き取りに付き合ってくれたり――。


 ……あれ? なんか後半良いことだけじゃない?


「それに、あれもやったから」

?」

「録音した由衣ちゃんの声を聞いたやつ」


 ああ、あれか――って、いやいや、あれはただ声を聞いていただけでは?


「祐一は考えをまとめたい時や、これまでの事を振り返る時はああやって録音した声を聞くのよ」

「それはいつもやっているんじゃ?」


 もっともな意見の明里。普段通りの行動にしか見えないのだが。


「ただ聞いているだけじゃないんだよ。それまでに録音してきた声を聞くことで、その時に起きた事や話を思い出してるのよ。例えばテストで答えが分からない時、その範囲を授業中先生が豆知識みたいな話をしたりしてたりすると、『あ、これあの話の時にやってた問題だ』って思い出すことない?」


 たしかにそんな事が何回かある。一度出てくると、次から次へとまるで数珠繋ぎのようにポンポンと頭に浮かんでくるのだ。


「条件付けって言うんだったかな? 人は何かを覚えるには一個単体だけだと難しい。でも、別の何かと一緒に覚えると、片方忘れてももう片方を思い出せばそこからセットで思い出せるの。その日その日に録音したやつを聞くことで、その日の情報を思い出す。祐一はそれを昨日やったのよ」


 なるほど。それで伊賀先輩は蜷川に近付こうとした私を止めたのか。思考の邪魔をさせないために。


 私には何の違いも分からなかったが、伊賀先輩にはその違いがはっきり見て取れたのか。やっぱり幼馴染みなんだな。


「羨ましい?」

「……はい? 何が――」


 ガラララッ。


「よし、揃ってるな」


 伊賀先輩が何を言っているのか分からず、聞き返そうとしたが、その前にドアが開かれ、遅刻者の蜷川が現れた。


「あっ、やっと来た。遅いよ蜷川君」

「気にするな。大した事じゃない」


 遅刻したヤツとは思えない台詞に、私は掴み掛かろうとした。しかし、蜷川の後からもう一人姿を現したので動きが止まる。その人物は蜷川の後に続き、教卓の前で立ち止まると何が始まるんだ? というような表情で私達を一瞥していた。


「さて、ダラダラ喋るのは面倒くさい。結論から言わせてもらう」


 そう言った後、蜷川はその人物に向かって指を差しながらこう続けた。


「沖矢卓を刺して殺したのはお前だな、

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