意味不明
取り合えず伊賀先輩が蜷川を叱り、話は事件へとようやく戻った。
「う~ん、三年生は五人から三人に容疑者が減ったけど、それでも全部で五人。もう少し絞り込みたいね」
「せめて三人ぐらいですかね」
「理想はね。あと二人除けば、大方判明しそうな感じがするのよね~」
「でも、う~ん……」
明里が腕を組みながら唸る。その理由は十分理解していた。
「ど、どの方も、あ、怪しいですよね?」
「そうなのよね。外せる要素がない」
休憩スペースに見回りに行っていたと嘘を付いた相川芳樹。
何処にいたか覚えていないと嘘を付いた長谷川加奈子。
犯行時間、ブラブラと歩き回りアリバイがないと主張した羽山祐介。
そして、私が一番気になっている供述は……。
「三年の神谷先輩と中村先輩の話は何なんだろうね。片方は見掛けたと言い、片方は行っていないと言っている」
そう。明里の言う通りそこが引っ掛かるのだ。神谷譲と中村啓一郎の二人の食い違い。私にはどちらかが嘘を付いているとしか思えないのだ。
「それで、どっちが嘘を付いてたの祐一?」
「耳が痛い……」
先程の伊賀先輩の説教で痛めた耳を蜷川はずっと撫でていた。
「全く、耳がおかしくなったら声優の魅力ある美しい声が聞けなくなるだろ」
「あんたが悪いんだから自業自得。それより、早くさっさと伝えなさい」
「耳が痛くてよく聞こえないから今日はお開きに――」
「バランス悪いでしょうから反対の耳も同じようにしてあげるわ」
「よし、結論から言わせてもらう」
聞こえてんじゃねぇか。サボろうったってそうはいかないわよ。あと少しで解決できるかもって所まで来ているんだから。
「どちらも嘘は付いていない……はずだ」
「はず? 珍しく曖昧ね」
「ああ。あの二人は判断が難しかった」
「どういう風に?」
「まず神谷を見掛けたと言う中村。見ている事は間違いないが、自信があるかと言えばそうじゃない。そんな感じだ」
「見間違い、という事?」
「ああ。よくあるだろ? 自分の知り合いかと思ったが実は別人だった、なんて。神谷が否定したからそう思ったんだろうな。違ったとも言い切れないし、本当に神谷だったのかもしれない」
なるほど。見た事実はあっても、それが神谷先輩という真実ではないかもしれない。それが蜷川の言う難しかった理由か。
「と、ということは、神谷先輩が嘘を?」
「いや、針宮。そっちも似たような感じだ。そこにいたかもしれないし、いなかったかもしれない」
「また曖昧だね」
明里の台詞ももっともだ。万能に見えた嘘発見器もとうとう限界が来たか?
「そりゃそうだろ。本人が定かではないんだから」
「うん? それどういう意味?」
「言葉通りだ。本人がはっきりしていない。記憶にないと言った方が分かりやすいか」
記憶にない?
「例えば、考え事をしながら歩いていて、自分が今いる所までどうやって来たか覚えていない事はないか?」
「いやいや、それはな――」
「あ~、あるね」
「うんうん、ある」
「わ、私も……」
……あっれ~? みんなあるの? 私、そんな事一度もないよ。
「由衣はなさそうだね」
「ないよ。考え事しながら歩くとか危ないじゃん」
「そりゃそうだけど、私達華の高校生だよ? 恋愛とか将来とか、一つや二つぐらいあるでしょ」
たしかに、漫画とかで恋をした女の子のそんなシーンを見たことがあるが、まさか明里から恋愛という言葉が出てくるとは。もしや明里、恋愛中?
「じゃあ、明里はどんな時にあるのよ」
「今月のお小遣いがピンチで、帰りにコロッケ買おうかどうしようか悩みながら歩くとか」
興味本意で聞いてみたが、恋愛のれの字もなかった。というか、それのどこが華の高校生!?
「お前は単細胞だから普段から悩みなんかないんだろ。気楽でいいな」
「誰が単細胞じゃ!」
「褒めてるんだぞ?」
「単細胞のどこが誉め言葉なのよ!」
「俺なんか毎日だ。堀江由衣の声の魅力を最大限引き出すにはどんな台詞がいいか、とかな」
無視か! しかもそれ私じゃない! まだやらせる気か!
「ということは、神谷先輩は考え事をしながら歩いていた。だから、どこをどう歩いていたか分からない?」
「ああ。事件を起こした後で放心していた、のかもしれない」
怒りに満たされていた私だが、今の蜷川の台詞で全て吹っ飛んだ。
「え、ちょ……まさか神谷先輩が犯人なの!?」
「例えばの話だ。断定は出来んが、そう考えればあいつの曖昧な声の説明もつく」
「たしかに一番しっくりくるね。他の人はアリバイがないだけで、これという決定的な説明がない」
「ということは、本当に神谷先輩が?」
「今のところは最有力候補だね」
あの優しくて格好いい神谷先輩が犯人? 私にはとても当てはまらないが。
「はあ~。今更だけど、カボチャのマスコットなんかしなきゃよかった。そうすれば由衣がこんな思いしなくてよかったのに」
本当に今更だが、明里の言葉に激しく同意であった。
「それに、他のクラスがカボチャのマスコットを取り入れすぎなのよ。お店に関係ないくせに」
「そ、そう言えば、カボチャの方をたくさん見掛けました」
「たしかに。私もビラ配りしてる時、よく見たわ。何でだろ?」
「それがですね。ちょっと前に東京の方でハロウィンパーティーというか、仮装して集まるイベントがあったじゃないですか」
「ああ、ニュースで観たわ。ハロウィン関係なくヒーローものやアニメのコスプレしたりしてたね」
「それに参加した人がいたり、そこで使った衣装を知り合いから借りたとかで、カボチャのマスコットが多くなったんです」
当初は事件のあった三年生のクラス、そして同じ一年生にあるもう一つのお化け屋敷、そして二年生にある自作のショートホラー映画上映の三つだけだった。しかし、それが直前になって十二にまで昇った事を説明する。
「カボチャなんか目立つから宣伝には持ってこいだもんね」
「そうなんです。ウチはお化け喫茶だから合ってるのに、焼きそばや飲食を出す他クラスは関係ないじゃないですか。専売特許のつもりがライバル増えたんで、急遽衣装も変えたんです」
「なるほど。それで衣装を裂いたんだ」
差別化を図るため明里の案でそうしたのだ。今思えば、あの時が一番楽しかった。
「それだけ増えたのを犯人も知ったから身代わりを思い付いたのかもね」
不幸中の不幸、とでも言い表せるか。早く犯人を見つからなければ私に幸いは訪れない。
「……待てよ?」
蜷川がぼそっ、とそんな台詞を吐く。そして、自分の鞄の中を探るとあるものを出した。例の黒いレコーダーだ。
「ちょっ! あんたまた録音させるつもりか! 状況を――」
「うっさい、少し黙れ」
だが、蜷川は録音させるのではなくイヤホンを付けると耳に装着。私にこれまで言わせたであろう台詞を聞き始めた。
「こら! 呑気に何聞いて――」
「由衣ちゃんストップ」
殴り掛かろうとした私を伊賀先輩が制止する。何で止めるのかと言おうとしたが、真顔で首を横に振る姿を見て私は何も言えず、録音された声に聞き入る蜷川を眺めていた。
「……ふっ、さすが堀江由衣だ。頭も心もスッキリした」
しばらくすると、そんな感想を言いながら蜷川がイヤホンを外した。
「何か気付いた?」
「ああ」
「んで、どうするの?」
「いくつか確認したいことがある。取り合えずそれをやる」
「手伝いは?」
「いや、俺一人でいい」
「そう」
蜷川と伊賀先輩だけで何か話が進んでいる。何よ? 何かあるなら話して欲しい。
「今日は解散だ。明日――いや、明後日また集まるぞ」
「ちょっと、何勝手にお開きにしてるのよ。あんたにそんな権限――」
「助かった」
帰ろうとした蜷川を止めに近付く。しかし、ポン、と肩に手を置かれ、しかも正面から思いもよらない台詞が耳に入り、私は硬直した。
「お前の声で考えがまとまった」
「えっ、いや、……えっ?」
「やっぱり堀江由衣はいい。癒しを与えながら迷い人を導いてくれる。自分の声が堀江由衣と同じだという事を誇りに持て」
そう言うと蜷川は教室を後にした。
何が何だか分からなかった。蜷川から助かったなどと感謝の台詞を言われるとは思わず、まだ私の中では受け入れきれていない。
それが理由か分からないが、私は蜷川に触れられた肩にそっと手をかざした。
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