嘘か真か……
最初に向かったのは三年二組の教室だ。このクラスには神谷譲と中村啓一郎がいる。昼休み、しかも男子となると遊びに出掛け不在という可能性があったが、幸いにも二人とも教室で寛いでいた。
「さて、話とは何かな?」
二人の内、神谷先輩の方が声を掛けてきた。整った顔立ちに、身長は一七〇後半ぐらいだろうか。見た目といい雰囲気といい、さぞかしモテるであろう。しかも、笑顔でこちらを見ているから話しやすく、最初の聞き取り相手としては当たりだった。
「えと、文化祭の日の事で聞きたいことがあるんですけど」
「文化祭?」
「おや、珍しい」
神谷先輩の隣にいる中村先輩が少し驚いたような反応を示した。神谷先輩と同様に整った顔と身長の持ち主だが、纏う雰囲気がどこか違う。異性よりも同性から人気がある、そんな印象だ。
「後輩女子からお前への呼び出しは大抵告白なのに、今回は違うみたいだな。残念だったな、譲」
「何が残念だったな、だ。僕はそんなにモテないよ」
どうやら、私みたいに呼び出しを受ける事は初めてではないらしい。普通、後輩から呼び出しをもらえば「何だ何だ?」と周りにいる人は興味を引きがちだ。そういう目線も覚悟して来たのだが、私が来た時から特に視線も感じず、反応が薄いなと思っていた。なるほど、普段からそういう光景に慣れているからなのか。
「ほっほ~う。なら、これまでに何回女子から呼び出しを食らった? 手紙や「先輩、放課後体育館裏でお話があります!」と何度言われた?」
「気持ち悪い声を出すな。しかも、体育館裏じゃない。裏門の前の木の下だ。それに、お前だって呼ばれるだろ」
「はっは~、残念。俺の場合は、譲を連れてきてほしいという頼みばっかさ。俺自身に用があった子はいないね……ホント、残念だよ……」
あ~あ~、中村先輩の顔から笑顔が消えていく。女の子が寄ってこない現実を自分で言って自分にダメージを食らったらしい。だったら口にしなきゃいいのに。
「あ、あの~」
「あ、ごめんごめん。文化祭の事だよね。でも、こちらからも一ついいかな。何でわざわざそれを聞きに?」
簡単であるが、私はセイタン部の活動――実際は部員ですらないが――で事件の犯人を追っている事を話した。
「なるほど。自分達で解き明かそう、と。そして、僕とケイは容疑者の候補とされている。いいね。僕はそういうの好きだ。協力させてもらうよ」
「あ、ありがとうございます。でも、どうして協力してくれるんですか? 自分で聞きに来てあれですが、普通嫌がりません?」
「そりゃあ不快じゃないと言ったら嘘になるけど、もし自分が逆の立場なら同じ事をしたと思う。だったら助けてあげないと」
「だな。困ってる女の子がいたら形振り構わず助けなきゃ」
「いや、限度は守れよ?」
「あ、ありがとうございます」
優しい神谷先輩だ。女の子からモテるの頷ける。中村先輩も当たり前のように言ってくれる点では大変嬉しいが、神谷先輩のように限度はあると思う。
時間もあまりない。私は直ぐに質問を始めた。
「先輩お二人は当日何をしていたんですか?」
「僕はケイと一緒にお客さんの誘導や説明をしていたよ」
「そうそう、校門辺りでな」
詳しく聞いた所、主に三年生は各場所に配置されて、道案内や声掛けを行っていたようだ。見回りをしていた二年生と似たような感じだが、自ら声を掛けたりお客さんの行きたい店へ案内する等といった接客もこなしていたらしい。想像するだけでもハードな仕事内容だ。
「休憩は何時からでしたか?」
「え~と、一時くらいからだっけ?」
「ああ。正確には一二時五十分からだな。本当なら一時に休憩だったけど、ちょうどお客さんの入りも落ち着いたから少し早めたんだ」
休憩時間は一時間。他の委員の人と交代した後、二人は食事に出掛けたらしい。
「ずっと一緒でしたか?」
「昼飯はね。でも、その後文化祭を見て回ろうって話になって行動した。たしか、一時二十分くらいに」
「それは一緒じゃなかったんですか?」
「いや、別れて行ったよ。こいつがナンパ勝負とか言い出してね」
ナンパ勝負?
「だって文化祭だぜ? 文化祭って事は他校の女子も来るって事だろ? お近づきの絶好のチャンスじゃん」
「僕は興味なかったんだけど」
本当に興味なさそうに呟く神谷先輩。
「は~、モテる人間は言うことが違うねぇ~。俺みたいなのは自分から近付かなきゃ取り逃がしちまうんだよ。ラッキーを呼び込むんじゃなくて、ラッキーに飛び込むんだ。鳥のエサ箱みたいに、ただ立ってるだけで目的の子が寄ってくるヤツとは違うんだよ」
「……ごめん、例えるならもう少し良い例えを使ってくれないか? さすがにエサ箱に例えられるのは嫌だぞ?」
たしかにエサ箱はちょっとな――って、いかんいかん。また話が逸れそうだ。
「お二人は例のお化け屋敷に行きましたか?」
「いや、僕は行かなかったな」
「そうですか」
「俺は行ったよ」
「そうですか――って、ほ、本当ですか!?」
「ああ。何せ事件が起きたのは、俺がお化け屋敷を出た後だからな」
なんと、まさかの事件直後の目撃者出現。これは有力な情報が手に入りそうだ。
「く、詳しく聞かせてくれませんか?」
「俺がお化け屋敷を出た五分後くらいかな。後ろから悲鳴が聞こえたんだ。女の子の悲鳴だったから最初は痴漢でもされたか? って思ったんだけど、様子が少し違った。人混みが出来てて隙間から覗くと、どうやらお化け屋敷の教室で何か起きたらしい。俺はすぐに駆け寄ったんだ」
ふむふむ。いいぞ、これは期待できそうだ。
「駆け寄ると、中で人が刺された、カボチャにやられたとか言ってるのが聞こえた。そんで、その刺したヤツは逃亡したらしい」
「えっ、姿は見てないんですか?」
「いや、見てない。俺が駆け寄った時はもう逃げた後だったから」
なんだ、大した情報じゃない。せめて姿でも見ていてくれたらよかったのに。
「ごめん、なんか期待した内容じゃないみたいで」
「あ、いえ。しょうがないですよ」
もろに顔に出ていたのだろう。申し訳なさそうに中村先輩が謝ってきたので、慌てて手を振る。
「お二人は事件が起きた時間、何か気付いた事とかありませんか?」
「いや、分からないな。事件が起きた時、僕は外にいたから。事件を知ったのも緊急放送で教室に集められた時だし」
「そうですか」
う~ん、聞いた限りでは二人は犯人として薄いような気がする。これ以上聞いても何も得られないような……そんな風に私は決め始めていた。
しかし、次の中村先輩の一言でそれが一蹴される。
「あれ? 譲、外にいたのか?」
「そうだよ。天気もよかったし、散歩がてらね」
「嘘つけ。お化け屋敷の事件の後、校内で歩いているのを見たぞ」
……え?
「騒ぎになった後かな。先生に報告しに行こうと職員室に向かう途中、階段を下りるお前の後ろ姿を見たぞ。声掛けたけど、聞こえなかったのか気付かずにいなくなった」
「いやいや、校内には入ってないよ。僕はずっと外にいたから」
「本当か?」
「本当だよ」
あれ……なんか二人に食い違いが生じている。どっちだ? どっちが正しい?
それからいくつか質問をし、途中蜷川に目線を向けると頷いた。もう充分との事らしい。お礼を言った後、私と蜷川は次の教室へと足を向けた。
本人が言うには外にいたと主張。嘘か真か……。後ろにいる蜷川の耳にはこれはどう聞こえていたのだろうか。
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