記憶

 次に向かったのは三年四組にいる羽山祐介の元だ。短髪黒髪に眼鏡を掛け、目付きも鋭い。クイッ、と位置を整える姿はまさに勉強一筋で生きてきました、という感じだ。


「何かな。勉強していたんだけど」


 今思った通りの返事が返ってきて、ある意味落ち着いた。ただ、勉強の邪魔をされたからか羽山は若干不機嫌である。


「あ、あの、文化祭の事でお聞きしたいことが」

「文化祭? またか。この前も一人の後輩女子に聞かれたよ」


 後輩女子とは伊賀先輩の事だろう。眼鏡のブリッジの部分を中指で押しながら羽山が答える。


「何? 君は前に来た女子生徒と関係あるの?」

「ええ。まあ、知り合いです」

「だったら彼女に聞いてくれ。全部答えたんだから、彼女に聞けば分かるだろ。僕は忙しいんだ」

「いや、あの……」

「自分が疑われていると知っても聞く気にはならないか?」

「……何だって?」


 羽山先輩は手を振って背を向けようとしたが、蜷川のその声に動きが止まった。ゆっくりとこちらに振り返る。


「疑われるって、何の話だい?」

「言わなきゃ分からないか?」

「もしかして、文化祭の日に起きた事件の事かい?」


 蜷川は何も答えないが、それを肯定と捉えたのだろう羽山先輩が口を開いていく。


「疑いって、僕がその事件の犯人とでも? はっ、バカらしい。何をそんなくだらない事を」

「ほう。あんたにとって人が死ぬのはくだらない事なのか」

「そういう事じゃない。それについて僕を犯人と言うのがくだらないと言っているんだ。そんな事している暇があるなら勉強している。殺人事件がなんだ。僕には関係ない」


 自分の学校、そして同じ学年の生徒が殺されたにも関わらず、まるで遠い地で起きた事の様に話す羽山先輩。三年は受験を控えているので先輩の言うところも理解できる。しかし、自分がいた学校で起きた殺人に一切気にせず、勉強を大事とする姿勢に私はいくらか恐怖を覚えた。


「なるほど。たしかに、あんたは三年でもうすぐ受験の立場だ。受験前にそんな事はしないと言う意味も分かる。だが、だからといってあんたの疑いが晴れるわけじゃない。疑いを持たれたということはそれに至る理由がある。その理由を覆さない限り、どんな人間であろうと平等に容疑者だ」


 しばらくの沈黙。二人がお互い目線をぶつけ合い、私は少し戸惑いながらも蜷川と同じように羽山先輩に目を向ける。


「……少しだけだぞ」


 面倒くさそうにしながらも、またクイッ、と眼鏡を触りながら羽山先輩が受け入れてくれた。私は自分の状況とここに来た経緯を説明する。


「一丁前に探偵の真似事か。まるで子供だな」

「子供って……」

「まあいい。それで、今の話からすると聞きたいのは僕のアリバイだな」

「そうだ。あんたはその時間どこにいた?」

「どこにも。校内をブラブラしていた。休憩時間だったからな」


 各教室の出し物に寄ることなく、ただ眺めながら歩いていたそうだ。ずっと座りっぱなしの作業をしていたため、身体を解すためにそうしたらしい。


「座りっぱなしの作業って、何をしてたんですか?」

「備品の管理さ。要請があった教室に備品を提供する。全く、なんでこう毎年毎年足らなくなる教室が出てくるんだか。見通しが出来ないなんて無能もいいとこだ」


 ああ、二年生の長谷川先輩がやっていたあれか。それを統括していたのが羽山先輩だったのか。でも、無能は言い過ぎでは? 働いている社会人じゃあるまいし、ただの高校生がそんな見通しが出来るはずないと思うけど……。


「まあ、最初に申請した内容を直前で変えればそうなるわな」

「内容を変える? どういう事ですか?」

「言葉通りさ。毎年必ずと言っていいほど催しを変える教室が出てくるんだ。飲食系が多いな。例えば、たこ焼のみを提供するはずのクラスが、自分達のホットプレートを使って勝手にベビーカステラも作り始めるとか。直前になってやっぱこっちの方が人気だ、とか言い始めてな。一種でやるはずが二種に増えれば、そりゃ紙皿が足らなくなる」


 なるほど。たこ焼のみで用意した紙皿をカステラにも使えば当然足らなくなる。ウチの文化祭は大規模で多くのお客さんが来るから、それに比例して売れ行きも上がる。単純に考えると、一種から二種に増やせば売れる数も二倍。ならば、使用する紙皿も二倍必要になる。


「よく知ってますね」

「当然だろ? 最初に申請された催し物の書類に目を通して許可したのは僕なんだ」

「え、そうなんですか?」

「ああ。クラスの催し物はだいたい全部覚えている」


 全部!? ふへ~。とんでもない記憶力だな。私だったら半分も覚えられない自信がある。


「あと、今年はマスコットが多かったな。カボチャの」


 羽山先輩のその言葉にドキッ、とした。


「そのマスコットで、何か気付いた事はないか?」

「気付いた事……ああ、犯人はそのマスコットに扮していたんだっけか」

「そうだ。そのせいでこいつは犯人と疑われている」

「ということは、君もマスコットを身に付けていたのか。たしか一年生だったな。そうなれば……お化け喫茶のクラスだな?」


 本当に覚えてた事に驚きながら、私は頷く。


「書類には紫を基調とした衣装、と明記されてた記憶があるが、間違いないか?」

「は、はい。間違いないです」

「しかし、同じような色の衣装のマスコットはなかったはず。全部バラバラだ。目撃者はどんな色と言っていたんだ?」

「いや、服装に目は行かなかったらしいんです。頭のカボチャばかりに集中したようで」

「なるほど。カボチャの形はどれも似たような物だった。パッ、と見じゃ区別は付かんだろう」


 そっか~、どれも似たような形だったんだ。でも、だからこそ犯人も作りやすく扮しやすかったのかもしれない。


 その後もいくつか聞き取りをするが、羽山先輩は事件時刻のアリバイ証明をすることはできなかった。


「ありがとうございました。勉強の邪魔をしてすいません」


 早く終わってくれという様なオーラを醸し出していたし、キリが良くもあったので私は切り上げようとお礼を述べた。


「ああ、君」


 背を向けようとした時、羽山先輩に呼び止められた。何か言いたいことがあるのだろうか。


「何ですか?」

「良い機会だから言っておく。来年以降はマスコットは止めた方がいい。目を引く事は認めるが、視界が極端に狭くなるし危ない。そんなだから人とぶつかるし、巻き込まれる」

「いや、さすがにこんな事件に遭遇したらやりたくなくなりますよ」

「そうか……ならいい。あと、飲食系をやるつもりなら――」

「皿は三倍用意します」

「違う。申請した以外の料理を増やすなと言いたいんだ。来年の文化祭実行委員に余計な負担を強いるな」


 あっ、そっちか。毎年出ているということは暗黙の了解なのかと。むしろ伝統になっているんじゃないかと思っていた。


 それを最後に、羽山先輩は教室に戻っていった。時計を確認すると、昼休みが終わる時間だ。


「もうこんな時間か……蜷川、後は放課後にしましょ」

「紫……いや、青だったか? 茶色ではなかったような気がするが……う~む、思い出せん」


 自分の教室に戻ろうと蜷川に声を掛けたが、彼はぶつぶつと何かを呟いていた。


 何だ? 色が何か関係があるのだろうか?

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