セイタン部の秘密
根源
「はあぁぁ……なんか気分最悪」
帰り道、明里と並びながら私は深い溜め息と共に呟いた。先程の蜷川や伊賀先輩とのやり取り。私はいまだにイライラを払拭できずにいた。
「ねえ、私何か悪いこと言った?」
「悪いというか、ちょっと言い過ぎだったんじゃない?」
私の質問に明里が答えるが、思ってい返答と違う。完全に私を擁護する姿勢ではないようだ。
「由衣は自分から声をあげるって約束したでしょ? それなのに、嫌なんて言ったらそりゃダメでしょ」
「嫌とは言ったけど、今日だけであって別にもうやらないとは……」
「でも、これ以上はお断り! とか叫んでたじゃない」
「うっ……」
明里の指摘に唸ってしまう。
「それに、由衣は声優が嫌いかもしれないけど、蜷川君にとっては好きな対象なんだよ? 自分の好きなものを否定されたらそりゃあ怒るわよ」
「ううっ……」
再び唸る私。明里の言う事は正論であり、何も言い返す言葉がなかった。自然と身体が小さくっていく。
「でもまあ、蜷川君もやり過ぎ感はあったよね。毎日あの量の台詞を録音したんだから」
「そう、それよ! やっぱりあいつが全部悪い!」
「押し付けるな! 由衣も悪いでしょうが!」
「……ごめんなさい」
ビシッ、と叱咤され、素直に私は謝る。普段の明里からは想像もできないが、今の彼女は一回り大きく見え、なぜか逆らうことができなかった。
「反省するならよし。全部ではないけど、お互い非があることは忘れないでね」
まるで我が子の罪を許す聖母のような笑みで私を見返す。
うおう、眩しい! 気のせいか明里の身体から光が漏れている!
「ありがとう明里。なんか今の明里、すごく頼もしいお姉さんみたい」
「ふっふ~ん。ようやく気付いたようね。そう! 私は頼もしいお姉さん! それはまるで……えっと……何かの時代に何かをして……世界中から称えられた……すっごく綺麗な……なんちゃらの神!」
……。
いや、明里……もう台無しだよ。すっ飛ばしもいいとこだよ。何一つ分からないし、お姉さんからなぜか神になってるし。私の感動返せ!
一瞬にして元通りになる明里。だが、おかげで少し気分が良くなった。
「やっぱ謝った方がいいかな?」
「それは自分で決めなよ。謝罪というのは周りから言われてやるものじゃないでしょ? 悪いと思って謝るから気持ちも伝わるんだよ。自分からするのと周りに言われてするのとじゃ意味も誠意も違うんだし」
「明里……」
「って、この前お母さんに怒られた」
「……何したの?」
「……お母さんが楽しみに取っといたシュークリームを勝手に食べたら、ものっすごい怒られた」
内容はバカバカしいが、その気持ちはよく分かる。とても楽しみで、それを目的で帰っていざ冷蔵庫を開けてみたらどこにもない。存在を尋ねたら勝手に食べられていた。その時の気持ちはドン底に陥り、次に怒りが込み上げる。それも殺したくなるほどに。食べ物の恨みは怖いと言うが、本当に怖いのだ。
しかし、明里の母親の言うことは正しい。謝罪とは文字通り罪を謝る。悪いという気持ちなしでは謝罪とは言えない。気持ちが込められていなければそれはただの言葉であり、きっと声にだって表れるだろう。相手に伝わるわけがない。
声、か……。
ふと疑問に思った。毎日蜷川に声の事で付き合っていたが、彼はなぜああも声に執着しているのだろうか、と。アニメのキャラクターの声については嫌というほど聞かされたが、アニメのキャラクターそのものの魅力みたいな話は聞いたことがない。たしか、声優好きの人を一部では声ブタとかと表現されているはずだが、蜷川のはそれと少し違うような気がする。声優を熱く語るが、何かこう根本が――。
「ねえねえ、彼女達、今帰りかい?」
声を掛けられて顔を上げると、そこに三人の男がいた。二十くらいだろうか、茶髪に染めた私服姿で見るからに遊び人の雰囲気を醸し出している。これは俗に言うナンパであろう。
「ねえ、今から俺達と遊ばない?」
一人の男が私に話し掛けてきた。ナンパ目的だからか、異様に距離が近い。
「いえ、結構です」
「ええ~、いいじゃん。ホンの少しでいいから付き合ってよ」
「私達、急いでるんで」
「忙しいのか~。でも、今日ぐらいいいでしょ?」
断りを入れてもしつこく付きまとってくる。私と明里に並んで声を掛け続けてきた。
「一時間、いや三十分でもいいからさ」
「そんな時間ないんで」
「いいじゃん、三十分くらい。ね?」
「しつこいですよ。警察呼びますよ?」
「警察? やっべ、俺警察呼ばれちゃうよ。どうしよ~!」
クネクネと身体を捩らせる男。残りの二人はそれを見て大笑いしている。一体何がそんなに楽しいのか。
「でも~、警察来ても意味ないよ~」
「何でですか?」
「俺、めちゃくちゃ喧嘩強くてさ。逆に返り討ちにしてやれるよ。俺強し。あっ、今キュンときた?」
男の一言一動作が不快極まりない。早くここから解放されたいので、私は無視して歩こうとした。
「ちょっとちょっと、無視はないんじゃない?」
男が私の腕を掴んだ。そのせいで歩みが止まる。
「いいじゃん、俺達と遊ぼうよ。楽しいからさ」
「離して」
「遊ぼうよ」
「離せ」
「……あ?」
男の声が急変する。今までのナヨナヨした感じから、低く威嚇混じりの声に。
「てめぇ、調子に乗るなよ。こっちが下手に出てるからってよ」
男達が逃げられないように私と明里を囲む。
「せっかく声を掛けてやったのに、その態度はないんじゃないの?」
「どうする、こいつら?」
「最近の女子高生は礼儀がなってないな。ちょっと痛い目に会わせた方がいいんじゃない?」
ヘラヘラと気持ち悪い笑顔で男達が話し合っている。
この状況はまずい。二人では男三人に歯が立たない。誰か助けを呼ばないと。足の早い明里に呼びに行ってもらった方がいいだろうが、囲まれている中からどう抜け出す? 考えろ、考えろ……!
「随分楽しそうな事をしていますね。私も混ぜてくれませんか?」
必死に打開策を見つけようとしている中、場違いなほど落ち着いた声がその場に届いた。どこかで聞き覚えのある声の気がする。
「なんだ、おっさん」
一人の男が声の主に声を掛ける。そこにいたのはコンビニ袋を持った赤澤だった。
「いや、だから私も参加させてくれないかと」
「……ぶわっはっはっは!」
男が腹を抱えて笑い出す。それに連れるように残り二人も笑った。
「おっさ~ん、歳考えろよ」
「それに、そのナリで女捕まえようとか無理でしょ」
「あんた、痛い目に合いたくないならさっさと消えな」
「いやいや、やってみないと分からないですよ? 若さや腕力だけが男の魅力ではありません。私みたいなおじさんにもおじさん特有の魅力があり、それが彼女達の好みかもしれない」
赤澤は物怖じせず平然とこちらに近付いてくる。まあ、当然か、彼は……。
「おっさん、いい加減にしろよ。こっちは忙しいんだ。関係ないやつは消えろ」
「関係大ありですよ。彼女達は一般市民ですから」
「はあ? 何言って――」
男の台詞が途中で止まる。あるものを見せられ、硬直したからだ。
「おや、自己紹介がまだでしたね。県警の赤澤といいます。ほら、ここに身分証明が」
開いた警察手帳を見せ、そこを指差す。すると、男達は一目散に駆け出した。警察を返り討ちにすると言っていた姿とはとても思えない。
「なんだ、逃げるのか。警察を目の前にしても動じず続ける度胸もないんじゃあ、一生女は捕まえられないな」
胸に警察手帳を戻しながら呆れたように呟く赤澤。
「大丈夫でしたか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
明里と一緒にお礼を言う。しかし、なぜ赤澤がここにいるのだろうか。
「何でこんなところにいるんですか?」
「いや、今日は偶然です。帰りがてら見回りをしようとしたら出会しただけです」
「今日は偶然ということは、前回は違ったんですね」
「あった~、これは口が滑りましたね」
額に手を当ててやってしまったという顔と態度を取る赤澤。たしか、以前蜷川が見張っているとか言っていたが、それは的中していたようだ。
「まあ、言ってしまったものはしょうがない。どれ、家まで送りましょう」
「えっ?」
「たった今危険な目にあった人を見過ごすわけにはいきません」
私に疑いを掛けている人物が家まで送る? 何か裏がありそうな気がするが……。
「そんな怪しい目で見ないでください。何もありませんよ。普通に送るだけです」
「警察って、容疑が掛かってる人物には必要以上に近付かないものではないんですか?」
「そうですよ」
あっさりと赤澤が認める。
「だったら、何で?」
「君はたしかに容疑者です。だが、それと同時に高校生というまだ若い女の子だ。そんな子を置いて帰るなどできません」
「それ、本当はやっちゃいけないんじゃないんですか?」
「ええ。だから、内緒にしてもらえると助かります」
おおう、まさか警察からお願い事をされるとは。
「そういえば、この前いた他の部活メンバーはどうしました? もう分かれた後ですか?」
赤澤がキョロキョロと周りを見渡す。
「いえ、今日は一緒じゃないです」
「そうですか」
「あの三人に何か?」
「いや、ちょっと気になる人がいましてね。勘違いかな……?」
勘違い? まさか、あの三人の中に犯罪者が!?
「よろしければ、他の二人の名前を教えてくれませんか? 伊賀さんは聞いていますので」
「りっちゃんと蜷川君です」
「ちょっと明里! 何をそんな簡単に教えてるのよ。もしかしたら、あの二人のどちらかが――」
「ちょっと待ってください。今、蜷川って言いましたか?」
赤澤が急に割り込んできた。蜷川がどうしたのたろうか。
「はい。蜷川です」
「下の名前は?」
「たしか、祐一です」
「やっぱり、祐一君か! 白峰学園に通ってるのか。ということは高校生。いや~、時が経つのは早いな~」
なぜか赤澤が嬉しそうに語りだす。知り合いなのだろうか。
「あの、赤澤さんは蜷川を知っているんですか?」
「知っているというか、小さい頃の彼に会っているんです。たしか、小学校の低学年」
「親戚とかですか?」
「いや、そうじゃないですが……」
途端に赤澤の歯切れが悪くなる。言おうか言うまいか悩んでいるようだが、どうやら言う方に決めたようだ。
「昔、トラブルを起こした祐一君の側に私がたまたまいたんです」
「トラブルって?」
「喧嘩、というか、祐一君が暴力を振り撒いて」
ちょっと驚いた。あの蜷川が喧嘩? とてもイメージできなかったが、子供の喧嘩でトラブルとはどういう事だろうか。だが、次の言葉はそれを飛び越える。
「どうやら祐一君から始めたらしいのですが、相手は二十代男性です」
「二十代!?」
「ええ。祐一君はそこら辺にある石や棒でその男性を攻撃してました」
待て待て、歳の差がありすぎるだろ! 小学生と二十代? 昔の蜷川はそんなに暴力的だったのか?
「まあでも、理由を聞いたら納得と言うか、悲しくなりましてね」
「悲しい?」
「実は、祐一君は――」
「……えっ?」
****
赤澤に家まで送ってもらった後、私は自室にあるパソコンの前に座っていた。赤澤から聞かされた話が気になり、ネットである事を検索し表示された文字を辿っている。そこにはこう書かれていた。
※
日本の女性声優
明るく特徴的な声の持ち主で、アニメだけでなく
バラエティーやCMにまで活躍の場を広げた
代表作「魔法少女カミナ」「私のハートは無限
大」「不思議な世界でこんにちは」等 ※
魔法少女カミナは知っている。私が子供の頃に大人気だったアニメだ。小学生が主人公の物語で、地球を征服しようとする悪の組織に立ち向かうという定番アニメだが、魅力的な女の子に作り込まれた世界観。悪と戦うシーンでは毎回ドキドキハラハラし、テレビの前で釘付けになっていた。その頃はまだ純粋にアニメを観ており、よくお母さんにグッズをねだっていたのもいい思い出。
藤瀬勇子という女性声優はその主人公の声を担当していたようだ。享年ということはもう亡くなっている。癌だったらしい。しかし、今私がずっと見ている文字はそこではない。目が離せず見つめる先は名前の横、かっこの内に書かれた藤瀬勇子の本名。そこには……。
藤瀬勇子(本名、蜷川勇子)
断定はできないが、おそらく間違いない。
昔の私が大好きなキャラクターの声を演じ、そしてもうこの世にいない藤瀬勇子は……蜷川祐一の母親だった。
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