交換条件

「なるほど。要は、その男子生徒刺傷事件を解決してくれ、ということか」


 自分の取り巻く状況を説明し終えると、腕を組ながら聞いてきた蜷川に私は頷く。当初は自分の疑いを晴らして欲しいだけだったが、それは簡単にはいかないだろう。なぜなら、真犯人が捕まらない限り私は永遠に疑いを持たれ続けることになるからだ。それを回避するにはやはり真犯人を突き止めるしかない。


「それなら簡単だろ」

「えっ、もう解決したの?」

「お前が捕まれば終わりじゃねぇか。犯人逮捕。はい、事件解決」

「話聞いてた!? 私は自分の濡れ衣を晴らしてほしいのよ!」

「冗談だ。いちいち突っ掛かるな」


 この話を聞いてよく冗談が言えたもんだな。本当にちゃんと解決してくれるのだろうか。


「でも、由衣ちゃんの話によれば手掛かりがほぼ皆無と言っていいのよね」


 そう。先輩の言う通り、困っているのは全くと言っていいほど犯人の情報がないのだ。目撃者はおらず、私自身もボッチャンのせいで犯人の姿を見ていない。男か女かさえも分からないのだ。


「そ、それに、その階段で人が誰もいなかったのも変ですよね?」


 オズオズとしながらりっちゃんも会話に参加する。彼女の言う通り、それもまた一つの謎なのだ。


「ねぇ、お客さん……一般の人という可能性はないのかな?」

「それはないわね。犯人はカボチャの格好をしていたんでしょ? 犯行後は捨てていけばいいかもしれないけど、この学園に来るまでにそんな大荷物持っていたらさすがに目立つわ」


 明里の質問に伊賀先輩が否定する。その通りなのだが、それはまた一つの事実を示していた。


「じゃあ、やっぱり……」


 緊迫した空気が張り詰める。そう、一つ確実に言えることは犯人は私達の通う白峰学園の誰かということだ。文化祭準備という名目でカボチャの被り物を容易に持ち運ぶことができる。同じ学園の者を疑いたくないが、これ以外には考えられない。


 だが、またここで問題が浮かび上がる。


「でも、学園の者っていってもウチの全校生徒の数は七百人近くいるんだよ? 先生も入れればもっと増える。その中から犯人を探すの?」


 明里が不安な表情と声で問題を明確にした。私とぶつかった後に聞いた足音から、犯人はおそらく一人。だが、六百人いる中からその一人を見つけるのは困難どころか不可能に近い。一介の高校生の私達には無理がある。やはり警察に任せた方がよいのだろうか。


「そんなにいないだろ。容疑者は数人だ」


 途方に暮れていたが、蜷川がさらっととんでもないことを口にした。


「ちょ、ちょっと待って。何で数人にまで絞り込めるのよ?」

「はあ? 何言ってるんだお前。状況がそれを物語っているだろうが」


 当たり前のように話すが、私にはどこがそれを示しているかなど見当もつかない。


「カボチャの件と階段の人気のなさ。これは一つの事を指している。まず階段の方だが、なぜ誰もいなかったと思う?」

「なぜって……たまたまとか?」

「もっと現実的に考えろ。人が通らないところをお前らも普段目にしているだろ。例えば駅とか道路とか」


 駅に道路? どっちも人が通るだろうが。しかも大勢の人が。そんなこと起こるわけ――。


「も、もしかして、通行止め、とかですか?」


 自信なさげにりっちゃんが答えるが、どうやらそれが正解らしい。


「そうだ。大勢の人間がいる中で意図的に人を避けさせるには通行止めしかない。犯人は階段を一時的に封鎖したんだ」


 たしかにそれなら人がいなかったことに説明はつく。しかし、勝手にそんなことしたらおかしいと思う人が出てくるはずだ。だが、そんな話は私はおろか警察も聞いていない。


 その事を伝えるが、蜷川はまるで教科書を読むようにすらすらと答えた。


「話に出てこないという事は変ではない、不思議ではないということだ。仮に犯人が封鎖しているところを見られたとしても違和感がない。だから誰も不自然とは気付かなかった」

「違和感がない? いや、階段を封鎖したら普通は変、って思うでしょ」

「普通はな。だが、今日だけはそれをしても目立たない人間がいる」


 誰だ? 全く見当がつかない。


 私は明里に分かる? と目線で訴えるが、明里も同様であるらしく唇を尖らせて困った表情をしている。


「いるだろ。今日は文化祭だぞ? それを取り仕切っているのは――」

「文化祭実行委員」


 答えたのは伊賀先輩だ。それに頷くと蜷川は話を続けた。


「文化祭実行委員の人間なら通路を封鎖しても不自然じゃない。適当に荷物の運搬で~、とか言えばほぼ従う」

「いや、それならそれをした人を探せばいいだけじゃない?」


 一番手っ取り早いと思う方法を提案するが、一蹴された。


「そんな単純にいくか」

「なんでよ?」

「逆に聞くが、お前他クラスや学年の文化祭実行委員の人間を知ってるのか?」


 文化祭実行委員の選出は各クラスから二人までが参加を義務付けられているが、その選出方法は立候補もしくは推薦だ。私のクラスは倉澤みどりが立候補し、文化祭実行委員へと選ばれた。しかし、他のクラスの誰が選ばれたのかまでは分からない。顔合わせなどしていないのだ。


「知らないけど、その文化祭実行委員の人達を順に教壇なり立ってもらって見てもらえばすぐに分かるんじゃ?」

「それが出来たら苦労しない」

「何でよ。それなら一発で――」

「まず一つとして、そんなバカな提案が受け入れられるわけがない。二つ、そんな顔見せをしたって誰も覚えていない」

「そんなこと分からないじゃない」

「じゃあ聞くが、お前道路とかで通行止めしている人間の顔をいちいち覚えているか?」


 言われてみれば、どんな人が誘導しているかなど思い出そうとしても浮かんでこなかった。精々おっさんが手を振っているぐらいしか記憶にない。


「ないだろ? 肝心の内容は通行止めであって、それを誘導している人間なんか眼中にない。特別目を引くなにかがない限りはな。覚えているとすれば服装ぐらいだ。色やらどんな作業着か、とかしか記憶しない。実行委員も同じだよ。実行委員は基本制服を着用しているんだ、区別なんかつくか。よくて男子か女子の違いを把握するぐらいだ」


 おおう、こいつただのオタクじゃない。きちんと理路整然とした内容を伝えている。やるなド変態。


「お前、今変なこと考えてないか?」

「いやいやいや、別に別に! じ、じゃあ、カボチャは? 犯人がカボチャを被っていたのは何で?」

「二つ考えられる。一つは自分の顔を隠すため。犯罪者が覆面をするのと同じ理由だ」

「顔を隠すなら他にも手軽な物があるんじゃない? 何でカボチャなのよ。逆に目立つじゃない」


 私や他のクラスでカボチャに扮した主な理由はより目立つためだ。蜷川の理論で言えば顔を隠したいと言いながら、人目に付くような格好をするという矛盾が生じている。顔が見えなくても、姿で記憶されては結果は同じだ。


「いいところに気付いたな。それだよ、その理由が二つ目だ」

「目立つのが理由?」

「……ああ、なるほどね」


 伊賀先輩が何か察したようだ。だが私にはやはり分からない。明里に至っては限界なのだろう、天を仰ぎぐた~、としている。


「みがわり、ということね」

「みがわり?」

「ああ、そうだ。わざわざかさ張るカボチャを使った理由、それは

「擦り付けるって、私そんなことされる覚えないんだけど……」

「別にお前にというわけじゃない。たまたまお前だっただけだ。他にカボチャに扮した人間がたしか十二人いたんだろ? 犯人はその誰かと自分を入れ替えようとしたんだ。簡単に言えば貧乏くじを引いただけだ」


 本当に簡単に言うが、犯罪者として罪を擦り付けられたのだ。貧乏くじどころの話ではない。


「でも、衣装は? まさか衣装まで似せたとかはないわよね? どこのクラスのカボチャがどうだかなんて分からないでしょうよ」

「それも含めて文化祭実行委員なんだよ。委員なら準備期間中、各クラスの進行状態を自分の目で確認、及び書面で情報を手に入れることができる。当然、その中には衣装やカボチャの形のことだって書いてある。つまり、似たようなモノを作ることができるんだ」

「な、なるほど」


 蜷川……こいつは随分と頭が切れるのだな。途方に暮れていた私達に対し、瞬時に解決の道を示し、容疑者まで絞りこんだ。


「で、どうする祐一。由衣ちゃんの依頼は受けるの?」

「……」


 伊賀先輩が問い掛けるが、蜷川は黙って何かを考えていた。


 いや、何で無言? 受けてよ。ここまで話してまさか拒否なんかしないわよね?


「……いいだろう。お前の依頼、受けてやる」


 蜷川が正式にセイタン部の仕事として受け入れる姿勢を見せた。拒否されなかったことに一安心だ。


「あ、ありがと――」

「ただし、条件がある」

「条件?」


 だが、ここでまた不安が沸き上がる。なにやら雲行きが怪しくなってきた。


「何を不思議そうな顔をしている。当然だろう。これはビジネスだ。きちんと対価を払ってもらう」

「対価って、無償でやってくれないの?」

「アホか。ボランティアじゃないんだ。依頼として要求するならそれ相応のモノを払ってもらう」


 高校生が、しかも部活動で対価を求めるのは学生に相応しくない行動だが、かといって全否定もできない。こちらからお願いしているわけであり、蜷川のように対価を求めることも正論と言えば正論だ。


 対価って……まさか金を取る気か? いやでも、内容が内容だ。多少の金額は払うべきなのかも。でも、いくらくらいだろう。私のお小遣いで足りるかな?


 そんな心配をしていたが、蜷川の口から朗報が漏れた。


「安心しろ。金なんか要求しない。普通なら物とかで受けるんだが、お前には別のモノを要求する」


 別のモノ?


 だが、蜷川から要求されたのはお金以上の対価だった。


「依頼を受ける対価として……お前の声をもらう」

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