依頼
「ようこそ! 声優探偵部、通称セイタン部へ!」
伊賀先輩が、まるで抱き締めてあげるというように両腕を大きく広げながら、自分達の所属する部活名を発した。
「……声優探偵部?」
「そう。まあ、正確には『声優に関わりを持つ者同士が集まり、生徒の悩みを聞いては結束して解決へと向かうという探偵活動をする部活』だけどね」
長い! 長いよ! 何だって!?
「え~と……声優と関わりが――」
「違う。『声優にすべてを捧げ、いついかなる時も声優と共に歩み、そして永遠に寄り添い、おまけとして探偵活動をする部活』だろう」
だから長いって! しかもさっきと違うし! それに今のなによ。すべてを捧げ? 永遠? どこぞの結婚式の文句よ。しかも探偵活動おまけかよ。探偵要らないじゃん。
「ちょっと祐一。それはダメだってこの前の会議で決まったじゃん」
「俺は認めてない」
「認めてなくても話し合いの結果決まったんだから従いなさい」
「ふざけるな。決まったも何も多数決だろうが。しかも、三人しかいないの中での多数決などあってないようなもん。最低でも五人は必要だろ。多数決だぞ? 二対一の二が多数と言えるのか? 無効だ」
「でも私の意見にりっちゃんは同意したわよ? それはつまり、あなたの考えより私の方が良いという証拠よね」
「何を言っているんだ。普段からお前が懐柔しているからだろう。だから俺ではなくお前に付いた。不正もいいとこだ」
先輩と蜷川が言い合うそんなやり取りを私はただ見ているだけだった。入り込む余地がない。
「でも、何で『声優』が付いているんですか? 普通に『探偵部』って名前にすればいいんじゃ?」
横から明里がもっともな意見を口にした。たしかにそうだ。今のところ、この蜷川は声優好きと判断できるが、伊賀先輩とりっちゃんは関係ないような気もする。まさか、二人とも同じように声優が好きとか?
そんな私の心の声を聞いたかのように、先輩が答えてくれる。
「ん~とね、私とりっちゃんも祐一みたいに別に声優が好きとかじゃないよ。ただ、少し関わりがあるのよ。だから声優探偵部」
「関わり?」
首を傾げて疑問を浮かべていると、先輩はポケットからスマホを取りだし、操作をしたのち画面をこちらに見せてきた。
そこには一人のアニメの女性が映っていた。長い黒紙に白のブラウス、細く華奢な身体で雰囲気はどこかのお嬢様みたいだ。ものすごい美人と言える。
画面の下には一本の棒がある。それは映像の尺で、これが動画だと分かった。今は一時停止しているようだ。そして、画面にタッチすると映像が動きだし、女性が喋る。
『触るな、これは私の骨だぞ』
……えぇぇぇ、骨って。
前言撤回。お嬢様じゃない。お嬢様なら骨とかおぞましい言葉を口にしたりしない。いや、今のアニメはギャップとかがあるキャラクターが人気とか言われているから、これはこれでありなのかも。本当にお嬢様なのかもしれない……たぶん。
「聞いた?」
「ええ、まあ」
先輩の問いに答えるが、疑問に思う。なぜ聞いた? と尋ねたのだろう。今のはおそらくアニメの一部を切り抜いた動画だ。動画なら普通見た? と聞くのでは?
「それじゃあ……オッホン」
一つ咳払いをして言葉を紡ぐが、その理由が明らかになった。
「触るな、これは私の骨だぞ」
「……えっ?」
私は一瞬固まった。なぜなら、先輩の声が動画のキャラクターの声とそっくりだったのだ。
「先輩、今のって……」
「そう。私、この声優の声とそっくりなの。つまり、由衣ちゃんと一緒」
ウインクで微笑み掛ける伊賀先輩。
「ちょっと待て。今、由衣って言ったか?」
「そうよ。さっきからそう呼んでるじゃない」
呆れたように先輩が答えると、蜷川は私に振り向いた。
「お前、名前は?」
「名前? 堀田由衣だけど」
「ほ、堀田……由衣……だと?」
私の名前を聞いた瞬間、ガクッ、と蜷川は床に膝から崩れ落ちた。
「は? ちょっとどうしたのよ?」
急に倒れたので心配になり近付く。
「……ね」
「はい?」
「死ねぇぇぇぇ!」
ガバッ、と身体を起こし、蜷川は頭を抱えながら叫んだ。
「またかよ! なんで一文字違いの奴ばっかなんだよ! 神か? 神の悪戯か? マジふざけるなぁぁぁ!」
のたうち回る蜷川。頭でブリッジしたりゴロゴロ転がったりと喧しいことこの上ない。
「なんでだよ……なんでこんな……俺に幸せは訪れないのかよ……」
今度は泣き出した。喜怒哀楽の変化が激しいが、感情豊かとはお世辞にも言えない。ただウザいだけ。やはり同類だ。オタクはみんなウザったい。
「……ん? また? また、ってことは、もしかして先輩の名前も?」
「あら、気付いたのね。そうよ、私の名前は
「ええっ!? 本当ですか!?」
声だけでなく、名前までも。あまりの共通点に驚きを隠せない。
「じゃあ、もしかしてあの子も?」
明里の示す先にはりっちゃんがちょこんと椅子に座っている。私達の視線に気付くと、ビクッ、と身体を震わせさらに縮こまる。
「そうよ。まあ、この子は恥ずかしがり屋だから勘弁してあげて。機会があればその時に、ね」
私は呆然と先輩とりっちゃん二人を眺める。まさか自分と同じ境遇の人間が……しかも同じ学校にいたとは思わなかった。
「くそ……どいつもこいつもなんにもなっちゃいない。声優をなんだと思っているんだ」
まだやってるよこいつ。無視無視。
「おい、お前! いっぺん死んでこい! そんで堀江由衣に生まれ変わってこい!」
「なんで私が死ななきゃならないのよ!」
無視を決め込んでいたが、死ねと言われてはさすがに黙って入られない。
「お前恥ずかしくないのか? あの堀江由衣と一文字違いとか失礼とは思わないのかよ?」
「名前に恥ずかしいも失礼もあるか! どうしようもないでしょうよ!」
「だから死んでこいって言ってるんだ。死んで転生してこい。今アニメは転生モノが流行なんだぞ?」
「アニメの流行りとか知るか!」
その後も次々と堀江由衣がどうたらと熱く語る蜷川だが、そのたびに私が貶される。ああ言えば堀江由衣が云々、こう言えば私が云々と、何を言っても通じそうもない。
「先輩、こいつ殴っていいですか!?」
「暴力はダメよ。でも、祐一もたしかに言い過ぎね」
「どこがだよ。俺は何も間違っちゃいない。あの堀江由衣だぞ? こいつは何も知らなすぎる。堀江由衣はもっと――」
「あちゃ~、ダメだこりゃ。スイッチ入ったなこれ。こうなると長いんだよな~。これは止めた方がいいわね。それじゃあ、りっちゃんお願い」
「えっ!?」
突然の指名にりっちゃんが強ばる。
「あ、あの、私……」
「ごめん、祐一を我に還すためにも協力して」
「で、でも……」
「大丈夫、いつものようにやれば収まるから。ね?」
先輩のお願いを了承したのか、りっちゃんがゆっくり椅子から立ち上がり、蜷川に近付く。
何だろう。何が起きるのだろうか。小柄でビクビクする臆病なりっちゃんがまさか暴力をするとは思えないが。
蜷川の側まで来ると、りっちゃんは大きく息を吸い、意を決したように声を張り上げた。
「ちょっとあんた! 何、他所の女の子に興味持ってるのよ!」
私は目を見張った。先程までの彼女とは大違いだ。臆病な面影はどこにもなく、その声質はまるで偉そうな女の子だ。
すると、その声を聞いた蜷川が熱い語りをピタッ、と止め、りっちゃんに振り向いた。二人はお互い見つめ合うが、りっちゃんが頬を赤らめながら目線を反らす。
「か、勘違いしないでよね。今はお客さんが来ているから言うのであって、別にあんたがどこぞの女の子に興味を持っても私は気にしないわ。し、嫉妬とかそんなんじゃないんだからね」
「ぐはぁっ!」
身体を大きく仰け反らせ、蜷川が倒れ込んだ。
ああ、またか……。
三回目ともなると慣れたのか、度重なるリアクションにも平然と眺めることができた。
しかし、異変に気付く。床に伏せた蜷川がピクリとも動かないのだ。何だ? と思っていたが、顔の辺りから赤い液体が流れ始めている。
えっ、まさか……血!?
どこかをぶつけたのだろうか、蜷川は血を流したまま動こうとしない。これは一大事だ。
「ちょ、ちょっと、大丈夫なの?」
必要なら救急車も呼ばなくてはならないかもしれない。私は慌てて駆け寄り、身体を起こした。すると蜷川は……。
……鼻血を流していた。
「は、鼻血?」
呆気に取られていると、蜷川が震わせながら腕を上げ、ピンと親指を立てる。
「く、釘宮さんのツンデレいただきました。か、感無量です」
「釘宮?」
「だ、だから私は釘宮じゃなくて針宮ですってば! いい加減覚えてくださいよぉぉ!」
りっちゃんが涙ながらに蜷川に向かって抗議した。
「うそぉ……りっちゃんって、釘宮理恵の?」
「そう、りっちゃんの本名は
明里が口許に手を添えながら驚いている。二人は分かっているようだが、私はいまいち状況が飲み込めず、明里に尋ねた。
「明里、釘宮って誰?」
「ええ!? 由衣、知らないの!? 釘宮理恵だよ。ツンデレの女王と言われている声優さんだよ。アニメをそんなに見ない私でも知ってるチョ~有名な声優だよ」
また声優か。と、ここでようやく理解できた。蜷川は釘宮という声優と同じ声を聞いて卒倒し、鼻血を出した、と。
ポイ。
「イテッ」
抱えていた蜷川を捨てる。アホらしい。心配した私がバカだった。
「流血している人間を捨てるとか冷たい女だな」
ティッシュで鼻を拭きながら起き上がる蜷川。りっちゃんの呼び掛けが効いたのか、それとも鼻血を流したからか、落ち着いた態度を取っている。
「祐一もようやく落ち着いたわね。それじゃあ、依頼の話をするわよ」
伊賀先輩のその一声で全員が再び席に着き、それから私は自分の置かれている状況を一通り話した。
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