犯人探し

セイタン部

 な、なんでこいつがここに……。


 思いもよらない人物の登場に、一瞬身体と思考が停止する。だが、認識できるようになると午前中の出来事がフラッシュバックした。


『ふむ、悪くない光景だな』

『色気が足りない』

『お前みたいな断崖胴体じゃ――』


 パンツを見られ、衣装のダメ出しに、スタイルの言及……。数々の無礼を働いたこの男に怒りが甦り、私は今にも殴り掛かりそうな身体を必死に抑えていた。


「えっ? 私達って……この教室由衣ちゃん達のクラスだったの!?」


 驚いて目を見開く先輩に明里が「そうです」と答えると、申し訳なさそうな顔で頭を掻いている。


「あっちゃ~。そういえば、午前中に喫茶店を開いているって言ってたわよね。すっかり忘れてたな~」

「そもそも、何でウチのクラスにセイタン部が集まっているんですか?」

「いや、まあ、それは~その~」


 明里と伊賀先輩のやりとりを耳にしながら、私は目の前の男子生徒を凝視していた。身体が小刻みに震えているが、何も寒いわけではない。


 待て待て、抑えろ私。分かるぞ~、殴りたいという気持ち。なにせ私なんだからな。でもここは我慢だ。大人になれ……。


 反射的に出そうな行動を理性でなんとか食い止める。私の被害を知る者なら、たとえ殴り掛かっても誰も責めることはないだろう。しかし、ここは落ち着いて対処、大人な対応を――。


「おい、何だお前。用があるのかないのか、どっちなんだ? ないならさっさと出ていけ、目障りだ。巨乳なら目の保養になるが、貧乳に興味はない」


 ……。


 ……ドォォォォン!


 私の中で何かが噴火した。身体の奥底からマグマのように何かが溢れ、その感情に身を任せる。


 フラッ、と揺れるように動き出した私は、男子生徒がいる机で出来たテーブルの下に手を掛け――。


「おい、聞こえなかったのか? 用がないならさっさと――」

「ウガァァァァ!」

「どわっ!」


 おもっいきり引っくり返した。卓袱台返しならず、テーブル返しだ。机四つ一組で出来ている内の一つが飛び、ガシャ~ン、と崩れる音が繰り出される。驚いた男子生徒はバランスを崩して椅子ごと床に倒れた。


「ひぃ!」

「由衣ちゃん!?」

「由衣!?」


 りっちゃん、先輩、そして明里がそれぞれ私の行動に驚きと戸惑い、そして不安の声を上げる。突然の暴挙にりっちゃんと先輩は固まるが、明里だけが動き私の前に出る。


「由衣、クッキーでそこまで怒らなくても……ね?」

「はあ、はあ、はあ……」


 両手を上下させて宥めてくる明里。一気に気持ちを解放したからか、たったそれだけの行動で息が乱れる。


 違うよ明里! いや、たしかに勝手にクッキーを食べていたことは怒ってるけど、今の私はそれだけじゃない。諸々含めてなんだよ!


 口にして伝えたいが、昂る気持ちに言葉が紡げない。


「と、とりあえず落ち着いて頂戴、由衣ちゃん。まずは深呼吸して」


 ようやく事態を把握できた先輩の助言通り、私は興奮した気持ちを落ち着かせるため身体の力を抜き始める。気付けばりっちゃんは近くのテーブルの蔭に身を隠し、怯えた表情でこちらを見ていた。


 そうだ、落ち着こう。ゆっくり息を吸って~吐いて~。吸って~吐い――。


「いって~。いきなり何すんだよ。初対面の人間を倒れさすとか、非常識にも程があるだろ。どういう教育受けてんだお前。人間失格だな」


 ……ドォン、ドォン、ドォン!


 はい、再噴火しました。ごめん明里、そこどいて。私の拳と心が叫んでるから鎮めないと!


「由衣~、待って~。お願いだから止まって~!」


 前に出ようとする私を明里が必死で止めに掛かる。私達のせめぎ合う中、伊賀先輩は男子生徒に近付いて声を掛けた。


「祐一、あんたも大人しくしてなさい」

「はあ? 俺は何もしてないだろ? そこの女が勝手に――」

「いいから、まずその口を閉じな。明らかにあんたの台詞で由衣ちゃん怒ってるから」


 それからくるっ、と回ると、先輩は両の手のひらを合わせて懇願する。


「ごめん、由衣ちゃん。色々とちゃんと説明するから、ここは気を鎮めて。お願い!」


****


 十五分後。


 私達五人は一つのテーブルを囲んで向かい合っていた。私の隣に明里が座り、反対には左から男子生徒、伊賀先輩、りっちゃんが座っている。


 まだ胸の中にわだかまりが残っているが、話し合いが出来る状態にまでは落ち着き、伊賀先輩が切り出した。


「じゃあ、お互い落ち着いたということで話を始めましょうか。え~と、何から説明しようかしら?」

「こいつは誰だ?」

「こいつは誰ですか?」


 真っ先に口を開いたのは私と男子生徒だ。二人とも互いを指差し、その行為にまた怒りが募り睨み合う。


「はいはい、もうケンカしない。それじゃあちっとも話が進まないから。そうね……まずは紹介からかしら。じゃあ、こっちからね。彼の名前は蜷川祐一みながわゆういち。あなたたちと同じ一年生よ」


 手のひらで先輩が蜷川を示すが、当の本人はそっぽを向いている。態度がなっていない。


「そして、彼女はりっちゃん。同じく一年生。さっき挨拶したから平気よね?」


 次に右に座るりっちゃんを紹介。名を呼ばれたりっちゃんは頭を下げる。若干椅子が遠いような感じもするが、まあ気のせいだろう。


「んで、もう要らないと思うけど一応。私は伊賀、二年生。改めてよろしくね」


 三人の紹介が終わり、私と明里も倣って自己紹介をする。


「え~と、私は――」

「いや、いい。自己紹介しなくて」


 しかし、名前を言う寸前の所で蜷川が割り込んだ。


「ちょっと祐一、今由衣ちゃんが自己紹介するとこでしょ」

「だからいい、しなくて。どうせお前が連れてきた依頼主なんだろ?」


 おいこら、先輩に向かって『お前』だと? 敬語を使え敬語を。


 だが、先輩は気にする素振りも見せず自然に受け入れている。


「そうよ。二人とも困ってたみたいだから、これは私達の出番だと思ってね」

「勝手に連れてくるな。ここは本人の意思で来た者のみを受け入れるルールじゃなかったのか?」

「そうだけど、今回のは特殊だから私が連れてきたのよ。あまりに可哀想だからね。なんせ二人は――」

「断る。俺は今忙しいんだ。やるならお前一人でやれ」

「内容ぐらい聞きなさいよ」


 積極的な先輩に対し、蜷川は消極的だ。だが、先輩の言う通り内容すら聞かずに拒否するとは如何なものか。たしかに、私の抱える問題は手に負えない類いのものかもしれない。それでも話ぐらいは聞いてもよさそうなものだが。


「ともかく、俺はやらん。やることがあるんだ」

「へぇ~、そんなこと言っていいんだ」

「……どういう意味だ?」


 先輩の意味深な発言に蜷川が眉を潜める。


「どうって、これは双方にとって有益になるんだけどな~」


 蜷川を挑発するようにニヤリ、と笑みを浮かべる先輩。双方に有益、という点に私も引っ掛かりを覚える。


「おい、ちゃんと説明しろ。何が俺に有益になるんだ?」

「実はさっき気づいたんだけど、彼女……があるのよ?」

「アレ……ってまさか!?」

「そう。実はね……」


 驚愕する蜷川に先輩が耳元で何かを伝えている。


 アレ? アレとはなんだろう? この代名詞を使われると気になってしょうがない。


「……本当か?」

「自分で確認すれば?」


 蜷川は私を一瞥すると、立ち上がって近付いてきた。


「おい、お前」

「な、何よ?」

「これを読んでみろ」


 そう言ってスマホで何かを入力すると私に見せてくる。そこにはこう書かれていた。


『あうあうあう。圭一、そんなことを言ってはダメなのですよ~』


 なんだこれ? 


「何でそんなこと――」

「いいから読め。早く」


 真剣な表情で頼まれ、私は仕方なく読み上げる。


「あ……あうあうあう、圭一、そんなこと言っては――」

「棒読みするな。ちゃんと読め」


 ムカつくなこいつ。何よ、教師みたいに偉そうに。


「あうあうあう、圭一、そんなことを言ってはダメなのですよ~」

「違う! もっと泣きそうな声で!」

「あうあうあう、圭一、そんなことを言ってはダメなのですよ~」

「違う違う! それじゃあただ気が抜けてるだけだ! 困った感じを出せ!」


 ええい、うるさい! だったらこれでどうよ!


「あうあうあう、圭一、そんなことを言ってはダメなのですよ~!」


 半ばやけくそで目一杯声を張り上げた。すると目の前のこいつは……。


「……た」

「え?」

「キタァァァァ! 堀江由衣声キタァァァァ!」


 叫びながら腕を振り上げ、ガッツポーズを決め、ピョンピョン跳ね回っている。


「いよっしゃあぁぁ! 念願の堀江由衣の声を見つけたぁぁぁ! イヤッホォォォ! ウェイウェイ~!」


 腰の振り付けも加わり最大級の喜びを見せる蜷川。しかし、私はワナワナと身体が震えていた。


 こ、こいつは……こいつは……!


「なあ、お前! 次はこの台詞を――」

「うおらぁぁ!」

「ごふっ!」


 眠そうな目付きをしている蜷川の目が爛々と輝き、再び私に迫ってきたがカウンターの要領で腹部に蹴りをお見舞いする。そして、床に倒れた蜷川に向かって叫んだ。


「私は……私は堀江由衣じゃない!」


 そう。私の一番のコンプレックス。それは、ということ。この声のおかげで悲惨な過去を過ごしたのだ。普通にしていれば問題ないのだが、興奮したり大きな声を出そうとすると似てしまう。


「な~にが堀江由衣声だ! 私の声だよ! 他の方の誰でもない、私自身の声なんだ! いちいち声優で表すなボケが!」

「や、やめろ……堀江由衣はそんな汚い言葉は使わない――」

「だから堀江由衣じゃないって言ってんでしょうが! そもそも私はあんたにこの声を聞かせるためにきたんじゃない。相談しに来たのよ。悩む生徒の相談に乗ってくれる部活、それを縮めた生談部セイタンぶにね!」


 私の目的を宣言するが、ここで伊賀先輩から一つ指摘された。


「あれ、違うよ? セイタン部の名前はそこから来てないよ?」

「えっ? 違うんですか?」


 明里が当然の疑問を口にする。


「あ~、まあたしかにそう勘違いする人もいるかもしれないけど、実際は全く違うよ」

「じゃあ、セイタン部の『セイタン』は何なんですか?」

「そうね……まあ、祐一もやる気になったみたいだし、依頼は受けるということかな? そんじゃあ、部活名の意味も改めて――」


 そして、両手を広げた先輩は高らかに叫んだ。


「ようこそ! ――(セイタン)!」

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