再会
先を歩く伊賀先輩の背中を私と明里は追いかける。先輩は階段を上り、どうやら四階へと行くようだ。
「先輩、四階に行くんですか?」
「ええ、そうよ」
しれっと伊賀先輩は答えたが、私は疑問を持った。
四階。それはつまり私達一年生のクラスが連なる階。私と明里は毎日この階まで上がって移動し、休み時間にはトイレや他クラスの友達に会いに行ったりと、もうどこに何の部屋があるのか把握している。しかし、そこにセイタン部の部室があるという話は聞いたことがなかった。
あれかな? 教室を部室変わりに使ったりしているのかな?
考えられる可能性はそれぐらいしか思い付かない。まさか、幻の部活ということから部室は異空間に存在するとか、隠し部屋があるとか、そんな奇想天外なことはないはずだ。
「ねぇ、なんかワクワクしてきたね。あの幻の部活が姿を現すんだよ」
言葉通りの気持ちを表すように、隣の明里の瞳は輝いているが、私はどちらかというと不安の方が強い。紹介して欲しいと先程はお願いしたが、なにせ誰もその存在を知らないと言われている部活だ。活動内容も詳しく知らないし、部員もどんな人がいるのかも分からず、得たいの知れないものほど怖いものはない。
まだ先輩は歩き続けているが、そこで私は一つの事実に気付き明里に囁く。
「この先って、私達のクラスがあるよね?」
「そうだね」
「……まさか?」
「いやいや、まさかそんな」
「だ、だよね~」
「もう、やめてよ~」
あははは、と二人で笑っていたが、先輩の到着の声を聞くと、私達は唖然とした。
「さあ、着いたわよ」
「……」
「……」
予感が的中した。伊賀先輩が目の前にしている部屋は、紛れもなく私と明里のクラス、一年六組の教室だった。入り口の上部に取り付けられているプレートにもそう明記されているので間違いない。
「さあ、行くわよ」
「いや、あの先輩――」
諸々確認したいことがあったのだが、その前に先輩は堂々と、そして勢いよくドアを開いた。
「おらぁぁぁ、私の登場だ! 控えろう!」
開くと同時に、誰かに向けた叫びをあげる。
えっ、中に人いるの? 帰るときは一人もいなかったのに。というか、ウチのクラスにセイタン部の部員が?
気になった私は先輩の背後からひょこっと顔を出し、我が教室を見渡してみた。
天井から垂れ下がるいくつもの飾り、白いシートが掛けられたテーブルが数脚、教卓側の奥に設けた飲み物を用意するスペース。先程明里と出る時と何も変わらない教室だ。
しかし、そのテーブルの一つに目が止まる。そこには一人の男子生徒が背中を向けて座り、側に女子生徒が佇んでいた。クラスメイトではない。間違いなく他クラスの生徒だ。
この二人がセイタン部の部員なのだろうか。いや、そもそもなんで私のクラスにいるのだ?
「やあやあ、お二人さん。失礼するよ」
伊賀先輩が二人に近付き、まず女子生徒に声を掛ける。
「りっちゃん、どう? 何か変わったこととかある?」
「……い、いえ……」
りっちゃんと呼ばれた女子生徒が消えそうな声で答える。おかっぱ頭に身長が低く、肌が透き通るように白い。まるでお人形のようだ。手を胸の前で握り、モジモジとして動きがぎこちない。それも人形の印象を与えていた。
「で、でも先輩……さっき帰ったんじゃなかったんですか?」
「そのつもりだったんだけど、彼女達に会ってね」
手のひらで指し示され、私と明里は伊賀先輩の横に姿を見せたが、私達の存在を知った女子生徒はビクッ、と身体を震わせると伊賀先輩の後ろに隠れた。
「だ、誰ですか?」
「え~と、堀田由衣ちゃんと峰岸明里ちゃん」
「どうも」
「こんにちは!」
紹介された私達は挨拶をしたのだが、女子生徒は返事をするどころか余計に先輩の後ろへと隠れた。
「あ~、ごめん気にしないで。彼女人見知りが激しくて、知り合いの人とじゃないとまともに喋れないのよ。別に警戒しているとかそんなんじゃないから」
本当だろうか。伊賀先輩はそう説明するが、女子生徒はチラチラとこちらに目を向けている。顔を出して目が合うとすぐさま引っ込み、また顔を出す。それの繰り返しをしていた。どうみても警戒している動きなのだが……。
というか、伊賀先輩は随分その女子生徒、りっちゃんと仲が良さそうだ。背中に隠れるとか、慣れた相手にしかしない行動だろう。
「先輩は信頼されているんですね」
「まあね。同じセイタン部で唯一の女子だし、自然とね」
「へぇ~、同じ部員なんですか」
そりゃあ、仲良くて当たり前――って。
「伊賀先輩、セイタン部の部員なんですか!?」
「ふっふっふ……バレてしまっては仕方ない。そう、私はセイタン部の一員なのさ!」
胸を張って高々と発表した。正確には『バレて』ではなく、『バラして』いるのだが、そこはスルーしよう。
「そうならそうと早く言ってくださいよ。何でさっき、私達がセイタン部の事を聞いたときに話してくれなかったんですか?」
「だって、それじゃあ驚かないでしょ? ここに連れてきてから実は……ってやった方が格好いいじゃん?」
格好いいのか? 回りくどいと思うのは私だけなのだろうか?
いまいち共感できないが、正体を明かした先輩が楽しそうなので口にはしない。
「ほら、りっちゃんも挨拶しなさい。挨拶は基本でありマナーだよ? そんなんじゃ、いつまで経ってもその内気な性格は直らないよ」
先輩に背中を押されてりっちゃんが姿を見せる。
「……こ、こん……に……ち、は……」
たった五文字の挨拶でも、りっちゃんには大変な試練なのだろう。顔を赤らめ、絞り出すかのように紡ぎ、しかも徐々に声が小さくなり『は』の部分はほとんど聞こえなかった。
これはこれは。絵に描いたような見事なまでの人見知りさ。縮こまった姿はまさに子供の様。胸にキュン、と来るものがあった。
「伊賀先輩。その子がセイタン部の部員なんですか?」
「そうよ。あと彼もね」
明里の質問に答えた後、目線で男子生徒に振り向く。
しかし、男子生徒は挨拶をするどころかこちらに振り向くこともしない。まるで私達の存在に気付いていないかのようだ。どっかりと椅子に座って微動だにしない。
すると、突然明里が叫び声をあげた。
「あぁぁぁぁ!」
「おわ、ビックリした。どうしたのよ明里?」
「由衣、あれあれ!」
明里が指を差すのでその先を追ってみると、テーブルの上にあるものが目に入る。それは私達ハロウィン喫茶で提供しているクッキーだった。皿に山のように乗せられている。
あれ? クッキーなんかさっき出る時置いてあったっけ?
記憶を遡って思いだそうとしたが、そこで男子生徒が始めて動きを見せた。
スッ、と腕を伸ばし、クッキーを一つ掴むと顔に寄せる。シャクシャク、という何かを噛む音が聞こえてきて……。
こいつ、クッキー食ってやがる!
まるで自分の部屋で漫画を読みながらお菓子を食べるように、悠々と男子生徒は次々とクッキーを口に運んでいた。さらに、ズズズッ、と液体を啜るような音が。鼻に集中すると仄かにコーヒーの香りが……。
コ、コーヒーまで!?
もう見ていられない。どういうつもりで私達の商品を口にしているのか。怒りを顕に私は呼び掛けた。
「ちょっとあんた。なにやってんのよ!」
だが、反応がない。男子生徒は背中を向けたままだ。この距離で聞こえないわけがなく、無視をかまされていると思ったが、よく見ると耳元から白いコードのような物が垂れ下がっている。おそらく曲でも聞いているのだろう。
こいつ、完全リラックスモードじゃねぇか! もう頭来た! 勝手に飲食する非常識野郎のその顔拝んでやる!
私は回り込み、男子生徒の正面に立った。
「ちょっとあんた! 私達の喫茶店の商品を無断で飲み食いするとかいい度胸ね!」
仁王立ちして見下ろすと、やはり耳からのコードはスマホに繋がれたイヤホンで、画面には映像が流れている。男子生徒はそれを眺めていた。
しばらく画面に釘付けになっていたが、正面に立ったことで視界に入り、ようやく私の存在に気付いた男子生徒が顔を上げ始めた。
さあ、どんなやつか見てやる。そんでもって、ブラックリストとして教室に貼り出、して……。
私は固まってしまった。なぜなら、目の前の男子生徒の顔を確認するが、始めて見た顔ではないからだ。
こ、こいつは……!
忘れるはずもない。ヘアースタイルにきちんと着こなした制服、そしてこの眠そうな目付き。間違いない。
「……なんだお前? 俺に何か用か?」
イヤホンを外しながら、鬱陶しそうに男子生徒が私に話し掛ける。その男子生徒とは……。
今日の午前中、ボッチャンに扮した私とぶつかり、パンツを覗いた男だった。
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