重要参考人

 笑いと喜びの声で活気のあった白峰学園が、瞬く間に緊張の空気と不安の色が広がり始めた。先程まで楽しい音に包まれていたが、そこに全く相応しくない音が近付いてくる。けたたましいサイレンを響かせ、その象徴とも言える赤い光を灯しながら、パトカーと救急車が学園に到着した。


 職員室に隣接している応接スペースに、私はボッチャンを外して座らされていた。隣にはクラスの担任の先生が厳しい顔付きで腰を下ろしている。


「初めまして。県警の赤澤といいます」


 私の目の前に座るスーツ姿の男が自己紹介する。隣にもう一人いるが、彼は自分の名を明かさず、手帳とペンを手に持ったまま待機していた。おそらく赤澤の部下なのだろう。


「ええ~、着いて早々なんですが、早速お話を聞かせてもらいます。よろしいですね?」

「はい」


 隣の担任の先生が頷く。


「では、まずこちらが調査した内容を説明させてもらいます。それから何か不明点や間違いなどありましたらお答えください。おい」


 赤澤という刑事が隣の部下に先を促し、返事をしてから手帳を見ながら話始める。


「はい。まず、事件が起きたのは午後十三時三十分頃。場所は三階の三年四組の教室です。そこで一人の男子生徒が何者かにナイフのようなもので刺されました」


 部下が手帳のページを捲る。シャ、という捲る音が妙に大きく聞こえた。


「そこはお化け屋敷を開いています。そこに一人のお客さんが来店し、中に入りました。二ヶ所ある内の一つ、教卓側を入り口とし、ロッカー側を出口としたルートをしていますが、出口からその入ってきた人物が出てきた瞬間、中から悲鳴が聞こえるとその人物は逃走しました。その付近にいた複数の一般の人が異変に気付き、その人物を追ったそうです。教室から見て右側の階段へと向かい、そこに辿り着くと彼女がいたそうです」


 部下がチラッと私に目線を向ける。赤澤と先生もそれに倣うようにこちらに顔を向けた。


「私じゃない!」


 バン、とテーブルを叩き、私は叫ぶように否定した。当然だ。私はそんなことをしていないのだから。


「こら、堀田。大声を出すな」

「でも先生、私はやってません!」

「まず落ち着け。興奮してちゃ話をちゃんと聞けないし、冷静な判断もできなくなる」

「だけど……」


 先生に諭され、私は浮きかけた腰をゆっくり下ろす。


「ですが、周りはあなただと証言しています」

「何かの間違いです。私はお化け屋敷に行っていないんですから」

「しかし――」

「まあ、待て」


 まるで犯人と決め付けてくるように話す部下を赤澤が止める。


「今は説明の段階だ。そんな最初から容疑者と決め付けるような話し方はやめろ。容疑者と決まっているのならこうして話を聞く場など設けないだろ」

「……すいません、軽率でした」


 部下が頭を下げて謝る。


「申し訳ありません。こいつはまだ新参者でして。どうかご容赦を」


 赤澤も深々と頭を下げた。形だけ見れば真っ当な謝罪だが、顔をにやけながらしているのであまり真剣さが感じられない。

 

「あの……本当に堀田がやったというのですか?」


 恐る恐るというように先生が口を出した。


「私は彼女の担任をしています。受け持ちの生徒の性格を完全に理解しているとは言えませんが、この子がそんなことをするとはとても思いません。その証言は本当に正しいのですか?」

「それは間違い……ないはずです」

「ないはず? どういうことですか? 堀田がその男子生徒を刺した所を見たというわけではないのですか?」


 部下の話の内容の曖昧さに突け込むように、先生が身体を少し乗り出す。


「その人物が駆け出したのを追いかけ、その先で彼女がいましたので」

「それは先程聞きました。そうではなくて、実際に彼女がお化け屋敷から駆け出したのかということを聞いているのです」

「そこが問題なのですよ」


 先生の問いに赤澤が受け答えた。


「実は彼女、堀田さんが刺したのを見たというわけではないのです。いや、それよりも堀田さんがお化け屋敷に来たという事実も確認ができていません」

「だったら、なぜ彼女がこうして呼び出されたのですか?」

「カボチャだからですよ」

「カ、カボチャ?」


 突然の単語に先生は固まってしまった。無理もない。私も意味が分からないのだ。こんなときにカボチャがどうした。煮付けでも作るのか? そんなこと家に帰ってからやれ。


「男子生徒を刺したと思われる人物はそこにあるカボチャの被り物を身に付けていたそうです」


 そこ、と赤澤が顎で示した先を見てみる。それは私が被っていたボッチャンであった。


「そのお化け屋敷の受付をしていた女子生徒の話によると、問題の人物はそのカボチャの被り物を身に付けていたそうです。最初は疑問に思ったそうですが、お化け屋敷にカボチャのお化け……対抗しに来たのか、と考えた彼女はその人物をそのまま通したようです。逆に驚かせてやろうと。それから数分後、カボチャが出口から出てきてすぐに教室から悲鳴が聞こえたようです。その途端、カボチャが逃げ出したので周りにいた一般人が追いかけた。そして、階段でカボチャの被り物をした人物が倒れていた。その人物が彼女です」

「話にならない。それじゃあ、堀田が刺したなんて言えないじゃないですか!」


 我慢の限界が越えたのか、先生は立ち上がって叫んでいた。


「いや、先生落ち着いて。座ろうよ」

「あ、ああ、すまない」


 恥ずかしそうに座り直す先生。


 先生、さっき言ってることと逆じゃない。興奮したら冷静な判断ができなくなるんでしょ? もう、しっかりしてよ。


 周りが焦っていると自分は逆に落ち着くと聞いたことがあるが、それを私は身をもって経験していた。先生と同じで、赤澤の話に怒りを感じているが、妙に冷静でいる自分がいる。


「先生のおっしゃる意見は最もです。彼女が犯人とは現時点では言えません」

「だったら――」

「ですが事件が起きた時間、容疑者と同じ階に、そして同じ格好をしていた人物がいた。それを見逃すほど私達警察も間抜けじゃない」


 刺したという事実もなく、犯人扱いされた事に憤りも覚えるが、赤澤の意見も間違ってはいない。もし当事者でなかったら私も同じような考えを持っていただろう。


 なぜ犯人はそんな格好で犯行に及んだのだろうか。そういえば、最近そういった被り物を身に付けたサスペンス映画が上映されていた。それに影響された愉快犯か何かなのだろうか。


「同じ格好をしていた彼女は犯人ではないかもしれないが、犯人であるかもしれない。今のところ、重要参考人という立ち位置です」

「それは犯人という意味ではないのですか?」

「勘違いされているようだが、重要参考人イコール犯人という意味ではありません。ドラマやなんかでよく使われ、大抵そいつが犯人だったりするのでそう思われているようですが、重要参考人はあくまで犯罪の嫌疑が強いという意味であり、犯人と同義語ではありません」


 犯人と決められていない事にホッとするが、かといって楽観視できるわけでもないだろう。犯罪の嫌疑が強い……要は『犯人の一歩手前』ということだ。


「私も話を聞く限り、堀田さんが犯行をしたかどうかは疑問を持っています。そもそも、カボチャに扮して犯行をしたという事実が異質です。なぜわざわざそんな格好で犯行に及んだのか。彼女には申し訳ないが、犯人と同じ格好をしていたという類似点からこうしてお会いしています。もし堀田さんが犯人でない場合、彼女はおそらく本当の犯人を見たかもしれないのです。そうなればご協力をお願いしたいのです」


 指を絡めて口許に持っていき、鋭い目付きでこちらを見据える赤澤。声には優しさが含まれているが、どんなことも見逃さないという内情がそこには宿っていた。思わず姿勢を正してしまう。


「どうです、堀田さん。誰か見たりしましたか?」

「い、いえ。誰も見ていません。ただ……」

「ただ?」

「誰かとぶつかりました」


 私が発言すると、先を促すように口を挟まず赤澤が待っている。隣の部下も、先生も耳を立てていた。


「あ、あの、私はクラスの喫茶店の宣伝役をしています。これはそのために作ったマスコットです」


 私は一から説明した方がいいだろうと思い、自分の格好、それから今日一日の行動を順に説明していった。


「午前中は一番人通りが多い外を回っていました。そのあと十時ぐらいから友達とお昼を食べて、午後は校舎内を回ろうと思ったんです。教室で着替えた後、三階、二階、一階と順番に巡って、それから四階の自分の教室に戻ろうとしたんです。そしたら、その途中で……」

「誰かとぶつかった、と?」

「はい」

「その時、それが誰か見なかったのですか?」

「急にぶつかってきたので誰かは分かりません。それにボッチャン――このカボチャの被り物は視界が狭くて見辛いので」

「見辛いだけで見えない訳じゃないでしょう? 本当に何も見なかったのですか?」

「ぶつかった拍子にボッチャンがずれて何も見えなくなったんです。すぐに直そうと思ったんですが、引っ掛かってずらせなかったんです。そしたら階段を下りる足音が聞こえて、こいつ逃げたと思いました。その後すぐに何人か近付いてくる気配があって……」

「そこでこうして呼ばれるようになった、と……なるほど。だが、そうなるとおかしいですね」


 おかしい、という言葉に眉を潜める。ありのままを話したのだが、何か変なことを言っただろうか。


「今この学校では文化祭を開いているんですよね、先生?」

「はい、その通りです」

「ここに到着した時も感じましたが、大変多くの人が来ています」


 いきなり文化祭の話を始め、ますます意味が分からず眉間に皺が寄っていく。


「校舎内にも人がいたはずですよね?」

「ええ、各教室で出し物をしていますから」

「しかし、堀田さんがぶつかったという階段では

「誰も? いや、そんなはずはないでしょう。校舎全体の教室を使用していますから」

「でもね、目撃証言が何もないんですよ」

「あっ!」


 私はある一つの事を思い出した。


「そういえば、階段を上っている時、誰とも会いませんでした」

「誰とも? 一人ともですか?」

「はい。変だな~、と思っていたんです。通行止めでもしたのかな、と」

「そういう予定はありましたか?」

「いや、聞いていませんね。そもそも、そんなことをしたら片側だけしか階段が使えず、移動が困難になってしまいます」


 初耳らしく、どうやら先生も不思議に思っているようだ。では、なぜ私以外あの階段に誰もいなかったのだろうか。


 カボチャの犯人に加わり、また大きな謎が浮き上がってしまった。

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