意気投合

 ――のはよかったが、初っぱなから出鼻をくじかれた。


 宣伝の一番のポイントは、やはり人の集まりが一番多い学園の入り口付近だ。下駄箱付近も良かったが、生憎そこにはすでに先客がおり、場所を確保できそうにない。そう思った私はまっすぐ学園入り口へと向かったのだが、思うように動けなかった。その理由として、私が人の波に逆らって歩いていたからだ。


 外に出ると予想の遥か上をいく人達が文化祭に遊びに来ていた。老若男女とすべての世代が来ているようで、今目に見えているだけでもお年寄りから小学生ぐらいまでと広範囲だ。みんな楽しそうに笑顔で歩いている。


 当然だが、来場したお客さんはお店が待ち構えている学園側へと流れて歩いている。それに対し、私は学園から外へと向かって歩いているのだ。大人数の行進はまるで激流のようで、たった一人の私は太刀打ちできなかった。


 ちょ、ちょっと通して……ください。私は……そっちに行きたい……んです……!


 いっそのことここで宣伝するかとも考えたが、波に呑まないようするのに精一杯でそれどころではない。また学園内に入るのだけは避けなければ。一旦この波から抜けた方がよさそうだ。


 この……ぐわ! なんの……あれれぇぇ? まだまだ……くっ、の、とりゃ――おわっ!


 やっと人波から抜け出せたと思ったが、バランスを崩して前のめりに倒れてしまう。


「いった~」

「あら、大丈夫?」


 頭上から声が聞こえ、見上げると一人の女生徒がいた。手を差し出しており、それが私に向けられているものと知って握ると、彼女は力を込めて引き、私を立ち上がらせてくれる。

 

「怪我とかしてない?」

「あっ、はい。大丈夫です。ありがとうございます」


 一度ボッチャンを脱ぎ、お礼を言う。それから衣装を正し始める。


「もしかして、あなたも宣伝でここに来たの?」

「あっ、はい、そうです。『も』ってことはあなたもですか?」

「ええ、そうよ。でも、この人波で思うように動けなくてこんな隅に追いやられちゃった」


 そう言われ、私は自分がいる所を確認してみた。すぐ後ろには柵が並び、下はコンクリ敷めから芝生へと変わっている。この人の言う通り学園の隅へと追いやられてしまっていた。


「ここじゃあ、宣伝の効果はありませんよね」

「そうね」


 今いる場所はお客さんから見て背中の方にいるので、誰も振り向く者はいない。まっすぐ前を見て歩いている。ここで声を張っても体力の無駄と判断した私達二人は、並んで学園へと向かっている来場した人達の流れを眺めていた。


「その格好、可愛いわね」

「あ、ありがとうございます。え~と……」

「あっ、ごめん。まだ名前教えてなかったね。私は伊賀。二年生よ」

「堀田といいます。一年です」

「よろしく、堀田さん」


 ニコッ、と伊賀が笑い、改めて彼女を観察してみる。


 ゴムバンドで留めたポニーテールの黒髪に、左目の下に泣き黒子がある。肌がきめ細かくて白く、その黒子が可愛らしい魅力を引き立たせていた。身長も私より頭一つ分高く、身に付けている制服からでも締まるところは締まった美しいラインをしている。


「そっちは何をやっているの? お化け屋敷とか?」

「少し似ていますね。私のクラスはハロウィン喫茶をしています」

「ああ~、なるほど。それでカボチャのお化けなのね」

「まあ、ハロウィンといったらカボチャですから」

「たしかにイメージはしやすいわね」

「伊賀先輩のクラスは何を?」

「ウチはこの白峰学園の歴史を紹介しているわ」


 伊賀の手元を見てみると、束の紙を抱えており、見出しであろう『みんなで知ろう 白峰学園の歩んだ道』の文字がチラッと見えた。


「全く、こんなのやったって人なんか来るわけないじゃない。学校の歴史なんて誰が知りたいのよ。学園の生徒すら興味を持っていないのに、一般の人達が知りたがるわけないでしょ。ウチのクラスはなんでこうもお利口さんが揃っているのかしら」


 心底嫌なのだろう、手に持つチラシの紙束を乱暴に扱っている。


「こんなことなら部活にいた方がまだマシよ」

「部活ですか。伊賀先輩は何の部活に入っているんですか?」

「ああ、私は――」

「きゃはははは!」

「ほらほら、早く~!」

「待ってよ~!」


 ちょうどそこで波から抜け出した子供達が大声を上げながら目の前を掛けていった。どこかで貰ったのだろう風船を片手に、バタバタと走る後ろ姿を私達は眺める。


「可愛いわよね」

「そうですね」

「あの頃の私はホントあんな感じにはしゃいでいた気がする」

「私もです。祭なんか自然とテンション上がって」

「そうそう! もうその場にいるだけでなぜか楽しくて。それから――」


 瞬く間に意気投合した私と伊賀先輩は、しばらく昔話に花を咲かせる。一つ違いでありながら伊賀先輩は話しやすく、会って数分でありながらもう長い付き合いのある友達ぐらいの接し合いをしていた。


 先輩との話は本当に楽しく、もっと話していたかったのだが、自分が何しにここに来たかを思い出した。


「あっ、やば。そろそろ宣伝に行かないと」

「ええ~、いいじゃん。もう少し話そうよ。せっかく仲良くなったのに~」


 ブ~ブ~、とアヒル唇を突きだし、子供のように駄々をこねる。


「私もそうしたいのは山々なんですが、さすがにもう行かないと」

「そっか。残念だな~」


 ガクッと肩を落とし落ち込む伊賀先輩。その姿に少し胸が痛む。


「そんな、先輩。別に今日が最後って訳じゃないですし、同じ生徒なんですからいつでも会えるじゃないですか」

「それもそうね。ああ~、じゃあ私もビラ配り行くかな」


 ん~、と伸びをして、気合いを入れるように腕や脚のストレッチを始めた。だが、その顔は渋っている。本当に嫌なのだろう。


「じゃあ、伊賀先輩。また」


 私はボッチャンを被り直し、歩き出した。しかし、すぐに先輩から止められる。


「あっ、堀田ちゃん」

「はい?」


 私は振り向き答えた。呼び名も『堀田さん』から『堀田ちゃん』へと変わっている。


「もし何か困ったことがあったら私に言ってね。いつでも相談に乗るから」

「はい、ありがとうございます」


 お礼を述べ、私はまた宣伝へと向かっていった。


 あっ、そういえば先輩が何の部活に入っているのか聞きそびれちゃった。


 もう一度振り向いてみるが、既にそこには先輩の姿はなかった。どうやら私とは別方向に行ったようだ。


 まあ、いつでも聞けるか。


 特に気にすることなく、私はまた人波の中へと身体を捩じ込んで行った。

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