学園祭開始

いざ、出陣

『ご来場の皆様、白峰学園の文化祭にお越しくださいましてありがとうございます。今日と明日の二日間、存分にお楽しみください』


 校内放送で文化祭実行委員の挨拶が流れ、それと同時にパンパン、という音が響いた。いよいよ我が学園の文化祭が始まったのだ。校内放送が始まった時、私達クラスのみんなは教室でそれを聞いていた。


 白峰学園の入り口から私達クラスとの距離は遠い。しかし、開け放たれた窓から聞こえるざわつきは紛れもなく来場した人達のもの。開始早々からかなり多くの人数が来たようだ。


「おおう、とうとう始まったな」

「やばっ、緊張してきた」

「ねえ、私のメイクと衣装、変なとこない?」

「人、人、人、人、人、人――」


 文化祭が始まったという事実に、みんなが落ち着きなく動き始める。意味もなく歩き回る者、自分の姿を何度も確認する者、手のひらに字をひたすら書いている者。もちろん、みんなそれぞれお化けの姿をしている。


 お化けが狼狽えるとかシュールだな~。それに『人』は書くだけじゃダメだよ? ちゃんと飲み込まないと。


 周りの人達の動きを把握できる私は、少しは冷静でいられているのだろう。だが、緊張がないわけではない。胸に手を当てなくても心臓がバクバク言っているのが分かる。


 ヤバイ、落ち着け私。大丈夫よ、余程の事がない限り失敗することはないはず。落ち着け~落ち着け~。


 深呼吸をしてなんとか気持ちをなだめようと試みる。すると明里が私にもたれ掛かってきた。


「由衣~、助けて~。心臓が破裂する~」

「こら、寄り掛かるな。私だって緊張してるんだよ」

「だって~、心臓が――」

「はいはい、バクバク言っているんでしょ?」

「ミュクミュク言ってる~」

「それ病院行った方がよくない!?」


 何だミュクミュク、って。聞いたことない擬音だよ?


「みんな、始まったのだからもう後には引けないわよ。やれるだけの事、自分の最大限の力を発揮すれば問題ないわ」


 最後の挨拶と言うようにウィッチの格好をした委員長がみんなに伝える。さすが委員長、しっかりしているなと思ったが、よく見ると彼女の手が小刻みに震えており、私達と同様に緊張していることが瞬時に理解できた。


 これは大丈夫なのだろうか。みんなかなり緊張している。落ち着きがないのだ。このままでこのハロウィン喫茶をうまくやれるのだろうか。


「よし、ここはお前の出番だ。一発見せてやれよ」

「そ、そうだな。俺も緊張解きたいし。一丁やるか!」


 そう話すのはクラスのムードメーカー、渡利龍助わたりりゅうすけ草薙勝平くさなぎしょうへいだった。二人はみんなの前に出ると、ショートコント! と叫び、演技が始まる。


「うっ、お腹が……」

「へい、どうしたんだいジョニー」

「緊張でお腹の調子が……く、下り龍!」

「おおう、なんてこったい。それは災難だね。なら、うってつけの物があるよ」

「それはなんだい?」

「テレレテッテレ~ン。日本酒~」

「日本酒?」

「もう飲んで忘れろよ」

「忘れられるかい!」


 ボケに対して胸元に突っ込みが入る。しかし……。


 し~ん……。


 辺りに静寂が訪れる。


「あれ!? 誰もウケてない!?」


 いや、だってそれ全部テレビで観たことあるやつだし。単体で真似するなら似てる~、とか言えただろうが、色んなものを混ぜてはどう評価していいのか分からない。


「ヤバイ、余計に悪化してるじゃん。龍助、早く次やるぞ!」

「お、お腹が……」

「それもういいんだよ。誰もウケなかった――っておい龍助、どこ行くんだよ?」

「く、下り龍!」


 そう言い残すと渡利は教室を後にした。相方の草薙はキョトンとしている。


「えっ、龍助マジで腹下したの?」


 相方がトイレへと駆け込んだというその事実に気付いた瞬間、教室がドッ、と沸いた。


「あはははは! マジで腹下したのかあいつ!」

「今のサイコー!」

「龍助が下り龍……ぷふぅ!」


 クラス全員が大声で笑っていた。大口を開けて目に涙を貯め、みんな渡利の行動がツボに入ったようだ。私もお腹を抱えて笑っていた。本元のネタではなく、実際に腹を下した点で笑いを取られた草薙が、唯一苦笑いを浮かべている。


「ああ~、笑ったわ。よくやった勝平。おかけでみんな緊張が解けたぜ」

「ああ、うん……えっ、これよかったのか?」


 複雑な表情で、そしてどこか消化不良ぎみの草薙は軽く戸惑っている。『お笑い』としては大失敗だろうが、『緊張を解す』という点で言えば大成功だろう。


「よしみんな、この笑顔のままお客さんを迎えましょう!」

「いえ~い」

「よっしゃあ!」

「やるぞ~!」


 緊張が吹き飛んだ私達は最高の精神状態に切り替わった。これなら何も問題なく喫茶店を切り盛り出来るだろう。


「よし! 私もボッチャンでバンバン宣伝しよう。明里も頑張――って明里?」


 横を見ると、机を四つ並べ白いカバーを掛けたテーブルに付していた。よく見ると身体がプルプル震えている。そして、何かを呟いているので聞き耳を立ててみた。


「……ぷふっ……ジョニー……あの顔で……ジョニー……」


 ああ、うん。よかったわね、渡利君、草薙君。ここに一人あなた達のコントにウケた聴衆がいたわよ。


 ****


 第一のお客さんが来店したのは、私達の緊張が解けてから十分ほど経ってからだった。タイミング的にも調度よく、みんな意気揚々と接客している。


「いらっしゃいませ!」

「お二人様ご案内しま~す」

「ではご確認させていただきます。コーヒーが――」


 オープンと同時にここに一番に来てくれたのは嬉しい。しかし、大抵この手のお客さんは誰かの知人であったり家族の者と相場が決まっている。その証拠に、特定の人物に手を振ったり接客をお願いして話し掛けたりしている。


 ここまでは確実に掴めるお客さん。問題なのは知人、家族ではない一般のお客さんをいかに来店させるか。それにより、喫茶店の売り上げが決定すると言っても過言ではない。


 よし、私の出番ね。


 気合いを入れ、私はボッチャンを被りプラカードを持つと、このハロウィン喫茶の宣伝へと向かう。


「由衣、宣伝よろしく」

「まかせて。じゃんじゃん宣伝して、バンバン客来させるから」

「同じような格好をしたやつが要るみたいだから、そいつらに負けんなよ」

「平気よ。むしろ私の方が圧倒的な力を見せてくるわ」


 そして、私は出陣した――。

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