準備完了
「さて、どうしようか」
「衣装を変える? それともボッチャン?」
机の上に置かれたボッチャンの被り物と衣装を見つめながら呟く明里に私が質問する。
お昼を終えると、午後一番で私はボッチャンの修正へと回った。サポート役であった明里もどうやら衣装の方は午前中である程度目処は着いたようで、今は私の横にいる。ただお昼中、先程の問題を明里に伝えると第一声がこれだった。
「何よそれ! 私のボッチャンのデビューが華々しく飾れないじゃない!」
いや、別にボッチャンはあんたのモノじゃないよ?
そんな言葉を口にした明里は、ボッチャンをより目立たせるため『ボッチャン・改』なるものを生み出そうと燃えていた。
「う~ん、変えるとしたら衣装の方じゃない? ボッチャンはこのままの方が良い気がする」
「じゃあ、その方向で」
「でも、衣装をどうするか……。今から丸々作り直す時間はないから、土台はこのままね。これにいくつか飾りやら模様を加えていこうと思うけど、色で攻めるか、それとも……」
それからまた明里はぶつぶつと呟き始める。彼女の頭の中では忙しなく思考が飛び交っているのだろう。邪魔しない方がいいだろうと思い、私は目線を衣装に向ける。
紫を基調とした衣装。これだけでも普通に派手な色と思うし、紫には華麗や高貴といったイメージを与えるらしく、その点からもこの衣装はだいぶ目立つと思われる。腕には黒のカバーが付き、胸元には赤いリボンがあるが、お腹からスカートの裾部分にかけて少し寂しいかもしれない。装飾がほとんどないのだ。そこを工夫すればもっと良くなるのではないだろうか。
「花飾りでも付ける?」
「……いや、ここは斬新さを出した方がいいでしょ」
「何よ斬新さ、って」
「例えばアシンメトリー」
「アシンメトリー?」
ええと、たしかシンメトリーが左右対称の意味だったはずだから、アシンメトリーは左右非対称の意味だったかな? 右腕は長袖だけど左腕は半袖、みたいなことだろうか。
「例えばどんな?」
「半身は衣装、半身はなし」
「それアシンメトリーじゃない、ただの半裸!」
ド変態ではないか。誰が好き好んで片乳出して宣伝などするか。
「やっぱり花飾りでも付けようよ」
「でも、ウチはハロウィン喫茶――お化けの喫茶店だよ? 花はそれからは遠く離れたイメージだからちょっとな~」
「枯らすとか」
「満開の花飾りは見たことあるけど、枯れ果てた花飾りとか私見たことないよ?」
もっともだった。
「じゃあ……血でも流す?」
「あっ、血! いいね、それでいこう」
パチン、と指を鳴らす明里。どうやら私のアイデアが良かったようで、修正点が一つ決まる。
問題はどのように血を流すかだ。当然だが、模様として加えるのだ。本当に私の血を流すわけにはいかない。そんなことをしたら私は出血多量で死んでしまう。
衣装が紫なので、ただ血の色である赤を加えるだけではあまり目立たない。もう一工夫いるだろう。例えば、ナイフが刺さったように見せ掛け、そこから血を流すとか。
「よし、ここはこうしよう」
そう言うと明里は衣装に近付き、どこからか取り出したカッターを握ると、何を思ったのか衣装に刃を滑らせた。ビリビリ、という音を響かせながら数ヵ所を裂いていく。
「ちょっと明里、何してるのよ!?」
「何って、こうすれば身体を傷つけれたように見えるでしょ?」
あっ、なるほど。よかった、いきなり裂き始めるから血迷ったかと思ったじゃない
明里が手に取り衣装を持ち上げる。そこにはカッターによるいくつかの裂け目が現れていた。裂け具合や角度、たしかにこれならお化けの負のイメージを体現している気がする。
「あとはこの裂け目から血を流すようにすれば完璧ね」
「血はどうする? 塗る? 縫い付ける?」
「塗った方が楽だし、よりリアルに見えるでしょ」
「別に専用の塗料とかいらないよね」
「うん、絵の具で十分でしょ。かなり濃いめにすればちゃんと色が残るはず。それに、専用のは高いだろうし」
そうと決まればすぐ行動だ。看板作りに使用した絵の具を借り、私達は作業へと入る。ただ塗るだけなので数分で終わり、乾いた辺りで私は試着してみた。
「どう?」
「うん、いい感じ。中々雰囲気が出てるよ」
眺める明里が感想を述べる。雰囲気が出ているというのはやった甲斐があった。しかし、着てみて変わった部分があるのは何も見ている側だけではない。
「でもこれ、あっちこっち裂けてるからすごくスースーする。インナー着ないとダメね」
まるで窓からのすきま風のように、裂け目から冷たい空気が入り込み、身体が冷えてくる。
「本当は肌が見えてた方がよりリアルに見えるだろうけど……」
「裂け目が大きい部分もあるからちょっと恥ずかしいよね?」
そう。お腹や腕の部分とはいえ、肌が数ヵ所から露出するのは恥ずかしい。
「よし、これで問題ないでしょ。ボッチャン・改、完成~。じゃあ由衣、ボッチャンも被ってみて」
私は言われた通り頭にボッチャンを被せる。
「どう?」
「うん、バッチリ」
「バッチリか、よかった――うっ」
「由衣!?」
私がよろけると明里が慌てて近付く。
「わ、私はここまでのようね……。この傷ではもう助からない」
「……」
「ああ、私は一度でいいから……人間になりたかった」
「……」
ふっふっふ。ボッチャンになりきった私の迫真の演技に、明里も何も言えないようだ。
「ねぇ、みんな大変! 由衣が……由衣がおかしくなっちゃった!」
「乗ってよ! 私のボケに!」
****
そして夕方、どうにか仕込みを終えた私達は無事に文化祭を迎えることになった。教室へはクラス全員が集まり、各々が作業から解放されたことへの喜び、そして待ちに待った文化祭への楽しみが身体全体から滲み出ていた。ハイタッチする者までいるほどだ。そんな中、委員長がパンパン、と手を叩き、みんなの注目を集める。
「みんなお疲れ様。喜んでいるところに水を差すようで悪いけど、本番は明日からよ。私達は喫茶店、お客様をもてなす場。粗相がないようあまり気を抜きすぎないでね」
委員長らしく注意を促すが、言葉の内容とは違い彼女の顔も緩み口許がつり上がっている。楽しさは共通しているのだ。
「じゃあ、各自明日のスケジュールを確認したら解散にしましょう。みんな、明日は頑張るわよ!」
おー! という掛け声を上げ、確認後私達はそれぞれ家路へと向かった。
「明日楽しみだね」
一緒に下校する明里がピョンピョン跳ねながら私に声を掛ける。
「そうね。きっと盛り上がるんだろうな~」
「そう言えば、由衣はシフトどうなってた?」
「私は午前中の八時から十時まで宣伝して、午後は一時から回る感じ」
「ということは、十時から一時まで自由時間ってこと?」
「そうなるね」
「やった。私、十時から十二時まで休憩だから一緒に回れるね。由衣、一緒に回ろう」
「うん、もちろん」
屈託のない笑顔で誘う明里に私も笑顔で答える。そして分かれ道に差し掛かり、私達はまた明日、と背を向けた。
一人になった私は上に顔を向け、夜空に輝く一つ一つの星を眺めながら明日の文化祭を妄想する。
お客さん、いっぱい来てくれるといいな……。私の宣伝が功を奏して満員御礼。長蛇の列で最後尾は一時間待ち! な~んて。それに、あっちこっち見て回らないと。まずはたこ焼きに焼きそばよね。定番中の定番。次はクレープにアイス。あっ、豚汁をやるとこもあったな。そしてシメは焼きそば。焼きそばに始まり焼きそばに終わる。祭りと言ったらこれよね。あ~、楽しみだわ。
回る候補全てが食べ物であることは置いといて、早く明日になってくれないかと私は期待を膨らませる。
しかし、実際に待ち構えていたのはそんな楽しみではなく、殺人犯という汚名を被せられる地獄だった。
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