霞むボッチャン

 次の日、予想通り私達は朝から大忙しだった。


 明里と共に登校したのだが、自分の教室に入ると待ち構えていたかのようにクラスメイトから作業に使う荷物を持たされ、背中を押されて連れていかれた。私達は早めに来たつもりだったが、それよりも早く来ているクラスメイトが多いようだ。既に作業をしている者がちらほらと見える。明里に至っては昨日と同様衣装担当に回るようだが、その仲間に腕を掴まれ引き摺られていった。まるで誘拐だ。


「由衣~、あ~と~で~……」


 されるがままに連れていかれ、後半の明里の声は遠巻きにしか聞こえず、それが午前中に聞いた彼女の最後の言葉だった。


 可哀想に、と同情したが、私も負けてはいない。昨日に続き、教室内の飾り付けを任された私は、あっちこっちからヘルプの声が掛けられる。


「堀田さん、ここちょっと押さえてて」

「了解」


 ずれないように両手で押さえる私。


「お~い、ここに使う模様準備室から持ってきてくれ」

「分かったわ」


 急いで準備室へと向かい、言われた模様を持ってくる私。


「うわ~ん、由衣手伝って~。この組み合わせじゃあいまいち雰囲気でないのよ~。どうすればいい?」

「ちょっと待って。今これを終わらせたらそっちいくから」


 目の前の作業を終わらせ、仲間の元へと寄る私。


「みんな離れろ! 俺の右腕の封印が解かれる!」

「何!? まさか……大賢者の封印は完璧じゃなかったのか!?」

「ダ、ダメだ。抑えられない……ぐああああ!」

「た、たけしぃぃ!」

「金槌打ち付けるだけで何を下らないことをしてるの! 黙ってやりなさいバカども!」

「……すいません」


 作業に飽きてきた男子の悪ふざけを叱る委員長。それを眺める私。

 

 なぜ男子はああも下らないことに精力を注げるのだろうか。全くもって理解できない。


「ああいうのって、中二病っていうんだよね」

「うん。今みたいに右腕が~とか、魔眼が~とか、意味不明の台詞を吐く輩のことだよね」


 呆れて頭を振っていると、近くで同じ作業をするクラスメイトの会話が耳に入ってくる。


「まあ、あいつらは真似してやってるだけだろうけど、本気でやってる人を見ると正直引くよね」

「だよね~。あれって要はアニメやら漫画を見て影響されたわけでしょ? それはつまり……」


 ピクッ。


 会話の内の一人の台詞に私は作業する手が止まる。


「アニメ好きは別に悪いことじゃないだろうけどさ、のめり込み過ぎはヤバイよね?」

「ヤバイヤバイ。しかも、アニメ好きってアニメのキャラだけじゃなくて、その声を演じてる声優にまで目がいくんだって」


 ……ムカッ!


「由衣?」

「……え?」

「大丈夫? なんか顔恐いよ?」

「な、何でもないよ! 平気平気!」


 補助に回っていたクラスメイトの問い掛けで我に返り、慌てて手を振って否定する。


 いけないいけない。どうもこの手の話を聞いてしまうと顔に出てしまう。。以後気を付けなくては。


「ねぇ、ちょっと大変!」


 するとクラスに帰ってきた秋元恵が息を荒げて入ってきた。どうしたの? と委員長が問い掛けると、女生徒はそのまま委員長の元へ近付き、耳元で何かを伝える。すると委員長の目が見開き、次いで眉を潜めながら口許に手をやり何かを考え始めた。何だろう? と気になった私は声を掛ける。


「何かあったの?」

「堀田さん……いや、実はね」

「うん」

「宣伝マスコットのボッチャンの事でちょっと問題が」


 ああ、あのマスコットの呼び名はボッチャンで決定したのか。明里がただ勝手に呼んでいたと思っていたが、いつの間にか正式名称となっていたとは。


 全く関係ない、そんなどうでもいい考えが最初に浮かんだ。しかし、重要なのはそこではないので頭を振って肝心の問題とやらに意識を向ける。


「問題ってどんな?」

「あのボッチャンなんだけど、他のクラスでもカボチャを模した姿で宣伝する人がいるんですって」

「あ~、被っちゃったんだ」


 実は密かに心配していたのだが、どうやらそれが起きてしまったようだ。


 ハロウィンと聞いてまず思い浮かべるものといえば、カボチャが取り上げれると思う。瞬時にイメージ出来るということもあり、数日前の担当を決める時、宣伝マスコットはカボチャの被り物にしようと即座に決まった。しかし、私のクラスのハロウィン喫茶とは別でお化け屋敷をするクラスもいると知り、もしかしたらそのキャラクターが被ってしまうのではないかと懸念していたが、見事に的中してしまったようだ。


 だが、被ったからなんだという話だ。たかが一つや二つのクラスと被ったからといってさほど気にする必要はないような気もする。私はその事をそのまま伝えた。


「それが、一つや二つじゃないのよ」

「じゃあ、何クラスと被ったの?」

「十二」

「……十二!?」


 いやいや待て待て。十二って言ったら、この学園は一学年八クラスあるので、そのクラスの総数は二十四。つまり、半分の教室のマスコットと被っていることになる。いや、そもそも私のクラスのようにマスコットを用意するという考えがそこまでいたことに驚いた。普通ならプラカードだけ、もしくは制服にいくらか飾りを付けるかだろう。


 各教室の出し物が決定され、それを記したプリントを以前見たときは、お化け屋敷の類いを催すクラスは多くなかったはずだ。全部を記憶しているわけではないが、あっても三、四ぐらいだったような。


「まさか、途中で催しを変更したとか?」

「いいえ、途中変更したクラスはないわ」

「じゃあ何で――」

「え~と、一つは焼きそば屋をするクラス。一つはクレープ屋……食べ物屋が被ってるみたい。あと他には演劇やらバンドやら」


 カボチャ関係ないじゃん!


 恵の話す内容に心の中で激しく突っ込む。


「いや、待って。カボチャにした理由がきちんとあるんでしょ。そうよね? 焼きそば屋だって具材にカボチャを入れてるんでしょ?」

「ううん、肉とキャベツとモヤシのオーソドックスな焼きそばだって」


 なんですと?


「じゃあクレープはきっとカボチャ味のモノを出すとか?」

「イチゴとバナナとチョコだけみたい」


 ぬぁんですって?


「じ、じゃあ、演劇もカボチャのキャラが出てくる内容なのよね? バンドだってカボチャのコスプレとかそれに因んだ曲を披露するとか――」

「演劇は童話にお笑いを取り入れたやつをやるみたいだけど、カボチャはいないよ。バンドもコスプレとかなくて普通に制服でやるみたいだし」

「カボチャ関係ないじゃん!」


 二度目の突っ込みはとうとう口に出してしまった。


「何で!? 何でカボチャなの!? よりにもよって何でカボチャ!?」


 私は憤りを禁じ得ない。それもそうだろう。学園内にカボチャのお化けが十人以上ウヨウヨしていては、ボッチャンに扮する私が目立たない。いや、本心は恥ずかしいので目立ちたくはないが、宣伝するという点で考えれば目の付くようにしなければならないだろう。しかし、十人以上いてはオリジナルさが欠けてしまう。


「たぶんだけど、ハロウィンが影響してるんだと思う」

「え? ウチのクラス?」


 私のクラスのハロウィン喫茶はそんなにも周りに影響していたのか。それで真似しようと。思わぬ人気に私は驚く。


「違う違う。このクラスのじゃなくて、本当のハロウィン。十月三十一日にやる」

「あっ、そっち」


 ですよね。普通に考えればそうですよね。たかが学園の文化祭の催しが、やる前から人気になるわけないわよね。ええ、ええ、知っていましたよ。もちろん分かっていましたとも。


「でも、何でハロウィンが関係あるの? 今は十一月なんだからもう過ぎてるでしょ?」

「だからでしょ。みんな既に持っていたのよ」

「持っていた? どういうこと?」

「知ってるでしょ? 十月三十一日に東京でハロウィン祭みたいなことが起きたのを」

「ああ、みんなコスプレとかしてワイワイ騒ぐやつね。テレビのニュースで流れてたね――って、まさか!?」

「どうやらそのハロウィン祭に参加した人がいたみたいね。それで、その時に使用した衣装を持ってきた、という所ね」


 大人数のカボチャお化けが重なる理由。それは意図的ではなく、単なる使い回しだった。ハロウィンも一つの祭だ。ならば、そこで使用した物を同じ祭である文化祭でも利用しようという考えは同意できる。もし、私も参加していたならば、間違いなく再利用していただろう。しかし……。


「それじゃあ、一生懸命作ってくれたマリ達が可哀想だよ」


 そう。ボッチャンはマリ達が短い時間ながらも一苦労して作り上げた、云わば秀作である。衣装の再利用は別に悪いことではないが、文化祭のためだけにゼロから作り上げた物が、再利用された物によりその存在が霞んでしまうのは居たたまれない。


「う~ん。これはボッチャンをまた修正する必要がありそうね」


 神妙な顔付きで恵がそう口にした。


「そうね。それじゃあ――」


 すると、そこでお昼の鐘が学園中に鳴り響いた。


「あら、もうこんな時間か。取り合えず休憩にしましょう。ボッチャンの件はそのあとで」

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