団地にて
@w2c
団地にて。
やたらとけたたましい工事の音がする中、
「ねえ、ここって世が世ならいい砦になるんじゃないだろうか?」
そんなことを、中学校からの帰り道で友人は言った。唐突に何気なく、さも当然のような口ぶりで。
「―何言ってんの?」
「いやだから、団地同士で戦争状態になったら多分ここはいい線行くんじゃないかって話だよ」
「そんな話か、これは」
「そんな話だよ。まあ退屈しのぎに聞いてよ」
確かに退屈だった。買い食いは禁止されてるし、そもそも買い食いできるような場所がヤマザワ(地元スーパー、しかも本店は山形)しかない。コンビニは一度山を下りなきゃいけない。
「あんまりイタい内容じゃないよな」そういいながら、もう聞く体制に入っていた。
「それはお前次第だけど」といって、どうでもいい講釈を垂れる教授のように指を振りながら話し始める。「まあ、本当に暇つぶしだよ。いいかい―」
―
いいかい、ここはご存知の通り、妙に高い丘の上に作られた団地だ。天気が良ければ泉ヶ岳がよく見えるし、少し歩けば川だってある。空気はとても澄み渡っているだろう。まあ、店は少ないから住む分には不便だけど。やたらと塾が多いのも謎だしね。
まあ店が少ないのはどうでもいいとしても、重要なのは立地と建物だ。今言ったように、ここは―いやむしろこのあたりの団地は―高めの丘に位置している。ほとんど山の上にあるといっていい。そうなると、実は入れる場所がだいぶ限られてくるんだ。少なくともこの団地では、大きい出入り口は君も知っている通り、中山側と根白石側の大きな道路。あとは西地区と東地区にちらほらと下に降りれる道があるはずだ。そうすると、残るのは斜面。とてもじゃないが登るにはかなり難しい。これはどういうことかというと、この数えるほどしかない外との連絡口を効果的に抑えていけば、外部からの侵入を防げるってことを意味する。そして斜面は要塞化する。これだけで、この団地には立派な砦となる準備ができたことになる。
そして建物。この団地の中心には小・中学校が隣り合わせになっている。そのせいで小学校から中学校にあがってもみんな見知ってるから、何の新鮮味もないんだけど―それはいいとして、大切になってくるのはその場所だ。この二つの建物はちょうどこの団地の中心に位置している。ということは、いわゆる大本営を置くのに適している。物見を置けば広く団地内を見渡せるしね。仮にも学校を名乗っているわけだからつくりは頑丈だし、何より広い。詰所としては最適だし、校庭も二校分のスペースがあるから兵器やら何やらを置けばいい。ちょうど向かいにはこの団地で一番大きい公園もあるから、そこも練兵だったりに使えたりするだろう。
食料は、とりあえずはヤマザワに備蓄があるはずだ。相手に流通ルートを抑えられたら大変だけど、逆に言えばその弱点はわかりきってる。対策はいくらでも立てられるだろう。
というわけで、ここはかなりの天然の要衝。こもったり守ったりするにはかなり向いてる団地ってわけ。ああ、今が戦国時代だったらよかったのにねえ。
―
そこまで言って、友人はフウっと大きく息を吐いた。そして、感想を求めるかのような眼をこちらに向けてきた。
ちなみに僕はどうしていたかというと、ずっと笑っていた。
だから改めて感想を求められても困る。
「とにかく笑えたよ。ありがとう」
そういって終わろうとしたのだが、彼は妙に食い下がってきた。
「それだけかい? ひどいなあ、折角長々としゃべったんだから、もう少し返してくれないと浮かばれないよ」
「そんなにまじめな話かこれは?」
「まあまあ、なんか思ったことの一つや二つはあるだろ」
やれやれ。
仕方がないので、ちょっとした感想を言ってやることにした。
「お前が最後に言った通り、確かに戦国時代ならよかったかもな。ここは言っている通りほとんど山城に近い状態だから、攻めるには苦労するだろう。でも今は違う。空からいくらでもやってこれるだろう。こんな狭い団地はひとたまりもないぞ」
それに、と僕は付け加える。
「最初に「団地間の戦争」とか言ってたけど、動機がないだろう。わざわざ争う必要がない。なんで団地で戦争なんかするんだ?」
そういうと彼は、妙に不敵な表情を浮かべてきた。
「動機なんて、いくらでもでっち上げられるよ。コンビニよこせとか、仙台駅に直接つながるバスを用意しろとか。戦争なんてそんなもんだ。そして、空だね。さすがは君だ。ご察しの通り、空から来られたらひとたまりもないよ。確かにそこは、だいぶ苦労した」
「苦労した?」
それはどういう―
言いかけたところで、上から耳をつんざくような轟音が降ってきた。
空を見上げると、何機もの戦闘機が駆け巡っている様子が見える。阿呆みたいに棒立ちになっていると、友人が学校のほうを見るよう促してくる。見れば、校門には有刺鉄線が張り巡らされ、窓という窓にシャッターが閉まっている。しかも火薬のにおいも気づけば立ち込めてきている。
そうこうしているうちに、アナウンスが聞こえてくる。
『現時刻をもって、我々住吉台地区は館地区に対して宣戦布告を行う。しかしまだ、こちらには講和の余地がある。要求は館地区のファミリーマートの移譲である。講和に応ずるなら使者を送られたし。繰り返す、現時刻をもって―』
団地にて @w2c
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