番外編 第五局 プロ棋士と女流棋士

 「紅お嬢様。そう言えば、質問を宜しいでしょうか。」

 その高月の問い掛けに、紅は眉を跳ねさせた。

 「将棋の事で? 珍しいわね。何かしら。」


 それを聞くと、嬉しそうに高月は続けた。

 「あの~前回の話にも出て来たんですけど、女流棋士。って、プロ棋士とは違うんですか? 俺、女のプロ棋士が女流棋士なんだって、思ってたので………」


 その言葉に紅は大きく頷く。


 「そうね

 ………って、将棋に携わっているのなら、そこくらい自分で調べなさい‼  …………まぁいいわ。今回だけ、特別に教えてあげる。」

 紅は、そう言うと、ホワイトボードに説明を書き始めた。



 「まずはプロ棋士。一般的に将棋を生業としている人達の事ね。」

 高月が大きく手を挙げる。

 「知ってますよ。

 よくテレビとかに出たり、テレビ放送の将棋対局をしている人ですよね。」

 紅は、小さく頷くと続ける。


 「正式には、日本将棋連盟に所属している四段以上の人の事を言います。竜太郎の言い方だと、女流棋士とか、アマ棋士の人が含まれる可能性が在るわね。」


 「そこなんですよ。女流棋士さんもプロの人と対局してますけど、あれは違うんですか? 」


 紅はその言葉を聞くと、大きく首を横に振った。

 「定義が異なるの。そもそもプロ棋士、つまり日本将棋連盟認定の四段になるには、主に二通りの方法があるわ。

 一つが、プロ。つまりこの四段以上の人に『推薦』をしてもらって東西にある『新進棋士奨励会』の入会試験を突破し、奨励会員となった後、そこで開かれるリーグ戦に勝ち続ける事で四段に昇段する事。」


 高月が嬉しそうにその言葉に返した。

 「あっ、奨励会って、聞いた事ありますよ‼

  ほら、大人気漫画の『ヒカルの………」


 そこで、遮る様に慌てて紅が話を続けた。

 「ただし‼ 奨励会は年齢制限もあり、更にその中からプロになる人は毎年四人だけ。何人も、そこを夢見て涙を流した人が居る事を忘れてはいけません。」


 高月がそれを聞いて、眉を八の字に傾ける。

 「厳しい世界なんですね。因みに何歳までなんですか? 」


 「満二十三歳で、初段に。満二十六歳までに四段に上がれなければ、原則退会となりますわ。ただし、三段リーグで勝ち越しが出来た者のみ、満二十九歳まで三段リーグ在籍が延長されます。」


 「そう考えたら、三十手前と結構機会はあるのですね。」


 「年齢はともかく、どちらにしても、狭き門と考えていいわ。さて、女流棋士の説明に移る前に、もう一つのプロ棋士のなり方を伝えておくわ。それは『プロ編入制度』というもの。」


 高月が、またタブレットに目を移した。

 「あっ‼ 本編の第二章感想戦で、阿南名人がプロになった際に用いられた方法ですね。」


 その言葉に、紅は少し、眉をしかめた。

 「盤ワルの中身は、あくまで『フィクション』だから、かなり脚色されているのだけれどね。

 正式な例としては2005年に瀬川せがわ晶司しょうじプロが成し遂げた偉業がありますわ。

 主な条件は『連盟が認めている大会』で『プロ棋士相手に十勝以上』且つ『勝率六割五分以上』という、とても困難なものとなっているわ。その証拠に、この方法でプロに入る人は『百年に一人』位と言われていますね。また、この条件はあくまで『編入試験を受ける条件』であって『プロ棋士』に編入する条件ではないの。」


 高月が、溜息をつく。

 「ええ⁉ まだ、プロになれないんですか? 」


 「編入試験の合格条件は『対戦相手のプロ棋士』に、六戦中三勝を奪わなければなりません。これで、ようやっと『四段』つまり、プロ棋士の一番下になれますわ。」


 高月は、顎に手を当てて悩んだ。

 「それだけ、プロに勝利した実績があれば、プロになってもいいものですけどね~……」


 「さぁ、じゃあお待ちかねの『女流棋士』について、説明するわ。」


 「待ってました。」

 喜ぶ高月に、紅は冷たい視線を浴びせた。

 「全く、厭らしいわね。竜太郎。言っとくけど、女流棋士の皆様はとても秀才且つ麗しき乙女ですから、貴方の様なスレイブ体質の男には、目もくれないわよ。」

 その紅の言葉に、高月は解りやすくお腹を落ち込ませた。


 「さて、女流棋士なのだけど……かなりややこしい話になるから、竜太郎。解らなくても、途中で話を止めないでね。」

 その言葉に、高月はお腹で頷いた。


 「女流棋士と、プロ棋士はそもそもが別個された制度であるの。

 今現在(西暦二〇一七年)では、奨励会と女流棋士を同時に入籍する事が出来ますが、二〇一一年まではどちらかにしか在籍出来なかったの。

 だから、多くの女流棋士は『女流棋士』を休止して『奨励会員』としてプロを目指していたのね。」

 

 高月が、何か言いたそうに口を動かすが、先の言葉を思い、訊かない。それに気付いた紅が付け加えた。


 「そう。つまり『収入のある』女流棋士を休止して『収入の無い』奨励会員にならなければならなかったから、かなりリスクの高い方法となってたのね。

 その歴史が動いたのは二〇一一年五月。当時若干十九歳で、数々の女流タイトルを獲得した『島根の稲妻』こと里見さとみ香奈かなさんが奨励会一級に、編入された事により、制度が変わり、女流棋士と奨励会の同時在籍が認められました。」


 その言葉に、高月が嬉しそうに笑った。


 「ええ。これにより、女流棋士からプロ棋士を目指す事が現実的なものになったのね。今現在は女流棋士、アマ棋士、奨励会員、すべて含めて四段になった女性は居ませんが、その手の届く距離には、多くの女性が既に存在しているのよ。

 まず、先述した里見香奈さん。


 そしてその里見さんの最年少三段昇段記録を破った、西山にしやま朋佳ともかさん。


 女流棋士を経ずに、奨励会に入会して、非女流棋士でありながら、里見さんからマイナビ女子オープンタイトルを奪取した加藤かとう桃子ももこさん。


 この、三人はいつ、史上初の『女性プロ棋士』になっても不思議ではないと、私は断言致しますわ。」


 「そう考えると、未来はとても明るいですね。」

 その言葉に紅が、優しい微笑みを浮かべた。


 「女性は、男性と違って将棋に最初に触れ合う機会というのが、遅い場合が多い為か、中々今までの歴史で出遅れましたが。プロになる事は、決して不可能な事ではないという事が解ってもらえたら、嬉しいわね。これを読んで下さった女の子達が先の三人を追い越して、その歴史の扉を開く可能性も、ゼロではないと、信じたくなるでしょ? 」


 高月は、嬉しそうにその言葉に頷き、何かを思い出した様に反応した。


 「あっ、そうだ。紅お嬢様。ところで『女流棋士』には、どうやってなればいいんですか? 」


 紅も「肝心な説明をしていなかったわ。」と、慌ててホワイトボートを綺麗に消して説明を始めた。


 「女流棋士の場合は多くの方が『研修会』から誕生されていますね。研修会は関東、関西、東海の三地区で毎月二回開かれており、今現在なら、二十五歳以下のアマチュア女性棋士なら、誰でも入会可能です。

 奨励会とは違いA~Fクラスに分かれており、C1クラスに勝ち上がる事で女流棋士三級が獲得できます。」

 

 「それで、晴れて女流棋士ですか? 」

 高月の言葉に、紅は首を横に振る。


 「いいえ、これではまだ、女流棋士『仮』会員、ここから


 一年間で参加公式棋戦数と同数の勝星を得る。

  二年間で参加公式棋戦数の四分の三以上の勝星を得る。

 「女流棋士昇段級規定」の女流一級に該当した場合。


 のいずれかを条件を達成した時、ようやっと女流棋士二級。つまり、正式な女流棋士となる事が出来るの。」



 高月が指を折って悩んでいる。

 「長い道のりなんですね。」

 紅が、その言葉に続ける。


 「因みに、女性奨励会員の場合、

 二級に上がれば女流棋士の資格を獲得できるわ。

 ただし、難易度的には、男性が混じってくるこちらの方が難しいと言われているわね。でも、それも結局は『今まで』がそうだったのであって、今後、女性棋士が力を付けてくれば、この方法から『女流棋士』になる事も増えてくると、私は読んでいるわ。」


 高月が、メモを閉じて、もう一度溜息を大きくついた。


 「勉強になりました。」


 その言葉を聞いて、紅は、満足した様に鼻息を大きく吐いた。


 「よしっ、じゃあ、帰ったら早速、奨励会入会を目指して、将棋の勉強よ‼ 」


 そう言うと、紅は高月のお腹を鷲掴みにして、その場を後にしたのだった。


 「え? ええ~~~~~~~~~~い、痛いですよ、お嬢様~~~~で、でも……やめないで~~~~~~」

 高月の喜びの絶叫の中、静かに幕が下りていった

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