番外編 漆畑 紅の華麗なる将棋講座その二
番外編 第四局 雁木と金無双
「ぱんぱかぱーん。」
間抜けな効果音が部屋に響き渡り、幕が上がるがそこには太った柔らかそうな男子しか居ない。
「うっげぇ、は、始まったぁ! は、始まりましたよぉぉお‼ 紅お嬢様ぁああ! 」
大慌てで、舞台袖に声を挙げている。
「ちょ、ちょっと! 竜太郎‼ それどころではないわ!
本編の急展開。何よ。あれは!
私の居ない所で何、とんでもない展開を繰り広げているのよ! 」
ドタドタドタっと、地鳴りがする程の足音を上げて、紅が姿を見せた。
「お、お嬢様、こちらも、す、既に始まっています。
今回は第二回という事で、いよいよ将棋の戦法『囲い』の説明に入りますよ。」
興奮している紅を落ち着かせる様に、高月は椅子を引いて、誘導する。
それに、まるで吸い込まれる様に、紅は腰かけると、テーブルの先を見る。
「あら? 今回は竜太郎と、二人なの? 」
高月は、その言葉に、解りやすく肩を落として答えた。
「そうなんですよ。今回は、二回目なので、ゲストも本編の主人公。苫米地由紀ちゃんの予定だったのですが、ご家庭の都合により。急遽欠席となりました………とても、残念でしょうがありません。」
紅は、眉をぴくぴくと動かした。
「むむむ、確かに今の御チビの環境は、私も心配ですわ。一体あの子はこれからどうなってしまうの? 」
ネタバレに気をつかった高月は、その言葉には返さず、高月が座っていたテーブルの下から将棋盤を取り出すと、正面から見やすいようにそれを後ろの壁に引っ付けた。
「さぁさぁ、今回はじゃあゲストも居ない事だし。真面目にやってみましょうか。お嬢様。」
その言葉に、紅はむっと目を三角にした。
「私は、いつでも真面目ですわ! 竜太郎‼ 貴方こそ、真面目に将棋に取り組みなさい! 二章ではいつの間にか敗北と。対局自体がオールカットだったではありませんか! 」
「も、申し訳ありません………」紅の叱り言葉に高月がしょんぼりと、お腹を揺らした。
「まぁ、いいわ。じゃあ囲いという事で、早速『金無双』の説明に………」
その口元に、人差し指を指して、高月が言葉を止める。
「なっ、一体誰に向かって指を指して………‼ 」
怒りの表情を見せる紅を諌める様に、高月が顎の肉を揺らして言う。
「実は、今回の第二十二手『雁木崩し』にて、登場した『雁木』という囲いを説明してほしいと上から要望がありまして………お願い出来ますか? お嬢様。」
紅は、そう言われ、先の怒りを忘れ繰り返す。
「雁木⁉ また、それは珍しい型ね。」
他者から頼まれるという優越感が、紅の大好物だと高月は承知だったのだ。にやり。
「では、説明致します。
雁木囲いはルーツを辿れば、なんと将棋が日本に伝来して間もなく。江戸時代に誕生したと言われています。発案者は桧垣 是安だという説が有力ですわ。
7六歩 ☞6六歩 ☞7八銀 ☞6七銀 ☞5六歩 ☞4八銀 ☞5七銀 ☞7八金 ☞6九王 ☞5八金 ☞3六歩 ☞4六歩 ☞9六歩 6五歩 ☞4八飛
といった流れが、一般的な一例ですわね。」
高月が、手元の将棋盤を動かして、今、紅が言った盤面を構築する。
「この雁木。プロでもまぁ~。滅多に………というか、真剣勝負ではまず見られない囲いですわね。
この囲いが一躍有名になったのは、柴田オクサル氏の大ヒット作品、集英社発行『ハチワンダイバー』の影響ですわね。登場人物の一人がこの囲いを使って、主人公を追い込む所で、平成になって初めて。といってもいい程、この囲いにスポットライトが当たりましたわ。」
高月が、資料の紙を広げてみる。
「へぇ~……と、言う事は………この囲いは………弱いのですか? 」
「弱い………という言葉には疑問があるわね。でも、確かに弱点が多いのも事実ですわ。」そう言うと、紅は相手の駒を動かす。
「はい。これが雁木囲いよ。竜太郎、何か思う事はあるかしら? 」
その盤面を見て、高月は表情を引き締め返答した。
「いえ、全く。」
パァンと、小気味よい音をたてて、高月の腹が叩かれた。
「あぁふんぅ。」堪らず、キモい悲鳴を挙げて、高月が嬉々と微笑む。
「おバカ者‼ いいですか? 雁木囲いの特徴として右四間飛車になる事が多い。という特徴があります。つまり飛車前の筋が非常に攻撃策に富んだ形となる訳ですわ。」
その説明に高月が問う。
「えっ‼ じゃあ、聞いた感じだと。そんな悪い囲いとは思えませんね⁉ 」
紅は、息を大きく吐き、眉を下げて高月を見やる。
「あのね。攻撃に富んでいるからといって、それが優秀かと言えば、そうでないのが将棋の奥深さなの。
この雁木。横からの攻めにとにかく脆い。横に手駒を打たれるだけで、簡単に型を崩されてしまうの。確かに、攻めに強いけど、攻めとは守りと表裏一体のもの。どちらかに傾いているとなると、どちらかが疎かになってしまうのよ。そう言った意味では、竜太郎。貴方が何故か夏の大会で使った『鬼殺し』に近い戦法と言えるのかもね。」
「はぁ~なるほど………」
おまけ。と言わんばかりに、紅は続けた。
「ただ、あまり使う人が居ない。という事は、案外アマチュアの大会等では奇を衒う意味合いもあって、有効だったりするから。この囲いを得意とする人も、少なからず居るわね。まぁ、対策を知っておいて、決して無駄では無い型よ。」
「さて、ではいよいよ『金無双』の説ッ明ッよぉ~」
ウキウキとしたトーンを織り交ぜて、紅がその場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。
――やべぇっ。むっちゃかわええ‼ お嬢様‼ 急にどしたん⁉ ――
ふはぁふはぁと呼吸を荒げている高月を無視して、紅は見本の将棋盤を素早く動かす。
「二の筋に、右から銀、王、金、金と並べるのが金無双の特徴ね。まぁ、見て分かる通り、振り飛車の型となるわ。」
高月が、タブレットを操作して、カクヨムを起動すると、盤ワルのページを見る。
「作中では『壁銀』が最大の弱点。と言われていますね。」
その言葉に紅が「キッ」と睨みを利かした。
「………あん………っ。」高月はその睨みに、軽く感じてしまった様だ。彼も、来年から多感な中学生だ。しょうがない。
「確かに。確かに。金無双は壁銀が最大の弱点であり、それにより将棋の主要な囲いから消えていった。と。非常に遺憾ではありますが。それは事実ですわ。」
わなわなと、肩を震わせている。
「でもっ‼ 私が作中でも証明してみせた様に‼ 壁銀を開いてしまう等、進化の道筋は幾らでもあって、金無双を使う棋士は、皆来る日も来る日も、その囲いの進化を追っております‼
因みに、プロ……もとい、女流棋士の『
高月がその言葉を聞いて、声に弾みをつける。
「勝たれたのですか⁉ 」
「………残念ながら、その局は千日手で、流れています。しかし、これにより、金無双は金の使い方次第では、例え相手が相振り飛車でこようとも、通用する囲いである事を証明して下さいましたわ‼ 」
高月は、そんな言葉に見向きもせず、手元のタブレットに注視していた。
「こ、この竹俣女流棋士は………な、なんとお美しい女性だ………」鼻息が荒い。
「スパァン」
「あうぅんっ‼ 」
紅の手刀が高月の重なった顎を揺らす。
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