第十七手 リベンジマッチ

 必死で、感情の奥のそれを噛みしめ……佐竹は耐えた。

 そっと、暖かい何かが自分の顔を覆い隠す。

 達川の爺さんの胸だと

 佐竹は、すぐに気付いた。


 「強うなったの。佐竹君。

 そして…………

 君なら、きっと。

 もっともっと

 …………強くなれる‼ 」

 ――この、敗戦すら糧にして……――



 ――佐竹が敗れた⁉ ――

 己が敗れた時と、勝るとも劣らぬ衝撃が、その対局を見守っていた漆畑の心中に宿る。

 相手が格下であった為、速攻で決着をつけ、彼女はこの対局を中盤から観戦していたのだ。


 ――苫米地由紀………あの時よりも強くなっている……――

 そして、愛用の扇を噛み、未だに盤面を見つめ続けている由紀を睨んだ。


 ――安心なさい……佐竹……束ねる者として……私が貴方の敵を討つ……‼ ――

 

 「おい、お嬢。この対局‼ どうなったんだ⁉ 」そんな漆畑の肩を掴んだのは達川だった。よっぽど急いでいたのか、肩で息をしている。


 「佐竹の負けですわ……」

 「……ッッ‼ ………そ、そうか……ありがとよ……」

 

 ――由紀………――

 複雑にグラデーションを施された感情が、達川の胸を満たす。



 「……………あ? 」ようやっと由紀はその集中を解いた。

 「参ったよ、苫米地さん」眼鏡の奥、真っ赤になった眼で、佐竹はそう言うと彼女に向けて手を差し出した。

 「え? あ‼ 」慌てて由紀はその手をしっかりと握り返す。


 「次は………次は、負けないよ……‼ 」

 「! ………はいっ‼ 」



 由紀達の対局が済むと、もう周囲も半分以上が終局していた。

 

 「やったね。チーム盤上の戦乙女。無事、全員一回戦突破じゃん‼ 」長谷川が嬉しそうにそう言うと、由紀を抱きしめた。

 「うああ………じゃ、じゃあ‼ く、クマちゃんも……勝ったんですね? 」由紀が戸惑いながらも、その事実で嬉しさを素直に言葉のトーンに混ぜる。


 「うんっ‼ 穴熊炸裂だったから、ちょ~っと時間掛かったけどね」そう言うと、由紀にVサインをつくって見せた。


 「二回戦。早くも参加者は半分になるんだ。うちらのなかで当たる可能性も高くなる。 

 そうやって慣れ合っていざ勝負に全力を出せないなんて事は勘弁せぇよ? 」

 そんな雰囲気をぶち壊す様に、冷たい口調で達川は言った。

 対して長谷川は、頬を膨らませる。

 「何よぉ。そんなに怒らなくてもいいじゃん‼ 愛ちゃんのオコリンボ‼ 」

 そういって、ぷんすか二人から離れていく。


 達川は、小さい溜息をつくと、由紀に向きなおる。

 「由紀………あんたも、同じじゃ。

 例えうちや、絵美菜に次ぶつかっても。遠慮なんかすなよ‼ 」

 そう言うと達川も、次の対戦表を確認しに由紀から離れる。


 ――何だか………やだな…………――

 勝った喜びよりも……二人と仲良く出来ない悲しさの方が、由紀の心を覆った。






 「……………! 」

 一足早く自分の対局席に着いていた長谷川は、やって来た相手を目を見開いて捉えた。


 「………あらっ、これはこれは将棋教室の先鋒。さんじゃ御座いませんか。」

 「………ちぇ。ちょっと、最近可愛まるくなったな。って思ってたのに。相変わらず憎まれ口なんだね………漆畑さん………! 」

 盤面に駒を並べるその時、何気に漆畑が呟く。

 「あれから……一年半ですか………貴女がどれ程鍛錬を積んだのか。遠慮なく見せて御覧なさい。」

 その、余裕のある言葉に長谷川は口を尖らせる。

 「すっごく上からだね‼ 言われなくてもやっつけちゃうよ‼ あの時の私とは違うんだから! 」

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