第十四手 大阪の中心
「おっさん、ミナミまでは、どれ乗ればええんや? 」
落ち着きのない声で着物をはだけさせ、そう尋ねて来た少年に、壮年の鉄道員が振り向いた。
「なんや、坊主ミナミ何ぞ物騒な所に、お前みたいなゴボウが行ったら身ぐるみ剝がされるぞ、やめとけやめとけ。」そう言いながら、切符を切って渡してくる。
「あんがとよ。釣りはとっとけや。」そう言って、金を握らせた。
「ホンマか‼ って、勘定ぴったりやないかい‼ 階段上って、二列目のホームで待っとけや。ぼちぼち来るのに、乗りや。」
煩わしくも漫才の様に会話に明るさを取り入れるのが、この町の復興へのやり方だったのだと、少年だった敬治は、今では思っている。
機関車の窓際は嫌いだった。窓の移り行く景色は魅力的であったが、トンネルの都度、排煙で窓を閉めねばならない役目が煩わしいからだ。
機関車の中は、騒がしい神戸の町とは違い、静かで。
物事を考えるには好都合であった。
袖の下に、両手を交差させ頭の中で将棋の型を巡らせる。ふと、あの住処の子ども達とひまわりの笑顔が浮かんだ。
敬治は、慌てて首を振り、その気の散りを警戒した。どんな将棋であろうと、勝負に全神経を注がなければ、敗ける可能性が高まるという事を恐れたのだ。
あたたかい戻るべき場所を思い出すのは、孤独な勝負に勝った後だ。
「びぎゃあああああ‼ 兄ちゃんが、おいらのドロップまで食うたぁあ‼ 」
その金切声の様な泣き声で、敬治は瞑想を中断させた。
声の方を見ると、自分よりも一回りは小さいであろう丸坊主の男の子二人が喧嘩をしている。
「兄ちゃんのバカバカバカ、最後のドロップは、楽しみにとっとたんやーー。」
「やかましわ。わいは兄やんなんやさかい、腹がよう減るんや。」
その子どもに近付く、体格のいい男が一人。
「あ。」
敬治がそう言った瞬間にその男は、二人の真ん丸頭にげんこつをいれた。
「飴玉如きで、兄弟が喧嘩をすな‼ ミナミに着いたら、また買うてやるわい‼ 」
そう言うと、その男は周囲の乗客に「お騒がせしてえろうすんません。」とぺこぺこと腰の低い態度をとっていた。
どうやら、子ども二人は兄弟でこの男は父親なのだと敬治は推測した。
よっぽど、父親が怖いのか、泣いていた弟の方は、じっと唇を嚙みしめて地面を睨みつけて怒りと涙を我慢しているのが見えた。
「よかったら、これ食いや。」
その子と、周囲の人間の目が一斉に敬治の方を見た。
何故、その様な行動を起こしたのか、敬治にはきっと上手く説明は出来ないだろう。
「ちょ、チョコやん‼ 」そう言うと、その子は敬治の手からそれを受け取る。
「ほ、ホンマかいの、そりゃ。ドロップなんかよりも貴重なもんやぜ?」兄の方が、身を乗り出すと、弟の方は、それを体の後ろに隠す。
「兄弟で、仲良く分けろよ? 」敬治がそう言うと、父親が敬治に近付いた。
「こんな、高級品、ようもらいまへんわ。」子どもからチョコをとると、敬治に返す。
「別に、無償でやる訳やない。」その言葉に、父親が眉をしかめ、鬼気迫る視線を向けた。
「わいが、ミナミに着くまで、それで静かにしてくれとったら、それでええんや。」そう言うと、またチョコを弟に渡した。
子ども二人は、父親の方を見て経過を窺っている。
父親は、相変わらず厳しい表情を崩さなかった。しかし。
「えろうすんまへん、有難く頂戴します。」と遂に頭を下げたのだ。
「おら、お前らも、あの兄やんに礼を言わへんか。」その父親の言葉に「ありがとうございます。」「兄ちゃん、ありがとうな。」と、子ども二人が元気よく続いた。
少し、照れくさくなった敬治は、そのまま後ろの車両に姿を消す事にした。
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