第十一手 事実上の決勝戦

 開会式は、隣の部屋で行われた。簡単なルール説明と、受付に参加記入をした時に渡された番号表が、組毎に分けられ、対戦表として張り出される。

 「ねぇ、由紀ちゃん、何番? 」後ろから、首を伸ばして、長谷川が由紀の番号を確認する。


 「23番です。」紙を見せながら、振り向いて答える。

 「あ、よかった。私、4番。

 やな数字だわ。不幸のフラグをビンビン感じるの。」

 そんな、二人の会話を聞いていた様で、達川も、後ろを振り向いた。


 「ばっか。参加番号なんかで将棋に影響が出て堪るか。

 因みに、うちは11番だな。

 どうやら一回戦で、うちらの潰し合いは無いみたいだ。よかったな。」

 そう言うと、達川は再度先に貼られた対戦表を確認した。


 由紀の23番は9番と、達川の11番は18番と、長谷川の4番は14番と対局が組まれていた。

 「さて、じゃあうちはもう会場に行くかな。」

 一歩進むと、達川は歩を止めて、振り向いた。

 「負けるなよ。由紀…………絵美菜もな。」


 「やだな、愛ちゃん。私おまけ? 」長谷川が由紀の頭を抱きしめながら、悪戯っぽく笑う。すると、達川は長谷川に近付く。

 「今日、どうしても勝ちたいのは由紀じゃけど、

 決勝で一番戦いたいのは、あんたよ。絵美菜。」

 真直ぐに見つめるその瞳に、長谷川は言葉を失い、頬を染めた。


 「あ、あああありがとう。どうしちゃったの? 愛ちゃん。」

 「どうしたも、こうしたも。こうやってあんたらと、将棋を公式に指す事がこれで最後かもしれんのじゃけ。そう思うのは、別におかしい事じゃないじゃろ? 」

 口元を歪めると、それ以上はやはり照れがあったのか、達川は隣の会場に行ってしまった。


 「変な、愛ちゃん。愛ちゃんが変なのは、普段いつもの事か。」由紀にそう言うと、長谷川は珍しく下手な笑みを浮かべていた。

 

 「じゃあ、由紀ちゃん。あたしたちも行こっか? 」長谷川の言葉に、由紀も頷き、二人も達川の後に会場へと向かう。


 「由紀‼ 」会場に入るやいなや、そう自分が呼ばれた方を由紀が振り向くと、眩しいフラッシュが焚かれた。

 「頑張れ! 」カメラをどかすと、爽やかな笑みで父親が由紀に親指を立てた。

 「も、もう。パパったら………」恥ずかしかったのか、返事もせずに、彼女は自分の番号の書かれた席へ駆け足で向かった。

 

 向かいには、もう対戦相手が座っていた。

 由紀は、その者を見ると、ぎょっと立ち止まり、再度自分の番号を確認する。出来れば間違いであってほしい相手だったからである。


 「何と。まさか、こんなに早く、君と指せるとは………」その相手はそう言うと、眼鏡を中指でゆっくりと掛け直す。鋭い目つきに、細長い輪郭。

 

 そして、そのテーブルを見て、周囲の者達も何人かがざわめいた。


 「お、おい! あの席‼ いきなり夏大会の個人優勝者と、団体優勝の大将が当たってるぞ! 」

 「本当か‼ よし、あの席の対局を観せてもらおう‼ 」

 由紀が着席する頃には、周囲に人だかりが出来ていた。それを、離れた場所から穏やかな気持ちでは見れなかった者が居た。


 達川と漆畑だ。


 ――佐竹と、由紀が一回戦で………だとぉ?

 冗談じゃないぞ! 消えんなよ! 由紀――

 ――御チビが、佐竹とですって!

 おのれ、借りは私の手で返したいのに……ですわ! ――


 複雑な気持ちを深呼吸で落ち着けると、二人は目の前の相手に視線を合わせた。こうなると、もう先の動揺は間もなく消え失せる。


 「どれ、わしも、見せてもらって構わんかの? 」そう言って、佐竹と由紀の席に、声を掛ける老人。

 「お祖父さん! 」

 「先生‼ 」二人は、喜びを声に混ぜて、その者を呼んだ。

 「二人とも、頑張ってな? 」達川の爺さんはにっこりと微笑むと二人に、視線を向けた。

 その言葉を、少し赤くした顔で受けると、佐竹は由紀に視線を戻した。


 由紀も、もう怯えた様子もなく、それに正面から受けて立つ。

 「よろしく、お願いします! 」


 周囲からも響く、その言葉が二人からも同時に出る。

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