第七手 友への疎外感
「うん、わかったよ。ママ。お仕事頑張ってね。」
由紀は、受話器を戻すと、リビングの父親の元へ向かう。
そこには、チェーン店のフライドチキンや、クリスマスケーキが豪勢に並ぶテーブルがあった。
「ママ、お仕事で遅くなるって。」
「そうかぁ、しょうがないなぁ。
じゃあ、由紀。パパとパーティー始めようか。」
「うん。」由紀は、座布団に着席すると、派手な色の三角帽子を被る。
「よ~~~~し‼ メリークリスマーース。」
「メリークリスマース‼ 」由紀は、満面の笑みで両手を広げた。
二人が、クラッカーに手を掛けた時、再び、電話のベルが鳴った。
「あれ? ママかな? 」
「あたしが出るね。」そう言うと、由紀は、走って電話の元に向かった。
「はい。苫米地です。」
「あっ、由紀ちゃん? 」
その優しそうな声に由紀はすぐに返す。
「クマちゃん? 」
「そう、長谷川です。由紀ちゃん。早速だけど、明日暇? 」
「明日? 」世間では平日であっても、彼女たちにとっては、先日から冬休みという、大型休暇に入っている。
「はい。でも、明日は教室開いてませんよね? 」
そう、明日は火曜日だ。
「うん。将棋じゃなくってさ。偶にはゆっくりデートしよ。」
「で、デート?? 」その声に、リビングに居た父親が、立ち上がり、こちらを伺ってきたので、由紀は子機を持ち、そのまま階段の方へと消えていく。
「あはは、ごめんね。由紀ちゃん。明日エーガ観に行こうよ‼ チケット代はお姉さんが持ってあげるからさ‼ 」
「映画ですか? でも、ここの映画館、今何かしてますかね?」
「あそこは、最近は夏休みだけ開いてるみたいだからね~
隣町まで行こうよ。」
由紀は、戸惑う。今までに集まる時は三人揃ってたからだ。
「……あの、ひょっとして、私達二人で、ですか? 」
その由紀の言葉に、受話器の向こうで少し間が空く。
「うん……あたしと二人きりだと由紀ちゃん、嫌? 」
由紀は、思わず「ギョ」と口に出して言っていた。
「アハハ、ギョッと驚く人初めてだよ、由紀ちゃん。」
由紀は、咳払いを一つ、二つ入れた。
「あ、愛子ちゃんは? 誘わなくて……いいんですか? 」
「うん、いいのいいの。」
由紀は、あまりの即答にため息を漏らした。
「い? いいんですか⁉ 」
「だってさぁ、由紀ちゃんと二人だけで遊びに行く事なかったじゃん? 」
「ね? 行こうよ。」
由紀は、そこで父親が待ちくたびれて、こちらをもじもじと伺っているのを確認した。
「わかりました。じゃあ、明日……何時くらいに? 」
「うん、朝十時に、じゃあ、駅前で。」
伝え終ると、長谷川はあっさりと電話を切る。
由紀は子機を戻しに部屋へと戻った。
「由紀……何か『デート』とか聞こえたけどさ………
まさか、彼氏とかじゃないよね? 」
部屋に戻るなり、父親が近づき焦った表情でそんな事を言ってきた。
「うん、明日隣町の映画館に、朝から行ってくるね。」由紀は満面の笑顔でそう言ってやった。
父親が、赤と白の服の漫画家さんのキャラみたいな顔になっている横をすり抜け、由紀は冷めたチキンをオーブンにかけた。
翌朝。肺の奥に氷が入る様な冷たい空気を吸い込むと、由紀は時計を確認して外出の準備を始めた。
リビングに、ソファで眠っている母親が居た。
「ママ。」起こそうかと思ったが、由紀は言葉を止める。遅くまで仕事をした母親に、気を遣ったのだ。ずれ落ちていた毛布を拾うと、母親にそっと掛ける。
――ん? いい匂い――
母親から、洗い立ての洗濯物の様な匂いがした。
「あ、由紀ちゃん。こっちこっち。」
自転車で横断歩道を渡ると、駅前に居た長谷川がすぐに声を掛けてきてくれた。
「あ、駐輪場に停めてくるので、ちょっと待ってて下さい。」
長谷川は、電車の中でもにこにこと笑顔を浮かべていた。
「今日は、誘ってもらってありがとうございます。」
「うん、いいのいいの。由紀ちゃんも自転車、上手くなったね。」
そう、由紀は夏から達川と長谷川に教わりながら、自転車に乗れる様になっていた。
「うんうん、年下の成長はやっぱり嬉しいわぁ。」
「ふふふ、お二人のおかげですよ。」
由紀は、交友と言えば達川と長谷川くらいしか居ない。かつての友人の高木とも学校以外で遊ぶ事は無かった。ましてや。
「ママ以外の人と二人で出かけるの、初めてです。」
由紀が電車でそんな事を言うもんだから、長谷川は堪らなくなる。
「あ~~~、由紀ちゃんが妹だったら、
あたしが色んな所に連れてったげるのに~~~。」
そう言いながら、由紀を抱きしめて頬を頭にぐりぐりと押し付ける。
「ねぇ、由紀ちゃん。」
その流れから、突然真面目な雰囲気で長谷川が口を開く。
「由紀ちゃんって、将来の夢とかある? 」
由紀はその声の雰囲気を察して、長谷川の顔を見る。
「ゆ、夢……ですか? 」
「うん。」
長谷川の目に、いつもの茶らけた色はない。由紀は指を額に当てて、考える。
「わ………わかんないです。」
「正直………なんとなく……本で読んで……
お仕事に興味を持ったものもありますけど……
それを目指してるかと、言うと………何にもしてないですし……」
その由紀の言葉で、真剣だった長谷川の表情が緩む。
「だよね‼ あたし達、小学生なんだし‼ 普通そうだよね? 」
そして、はしゃぐ様な勢いで、そう続ける。
「クマちゃん、なにかあったんですか? 」
由紀は、不思議だったのだ。いつも、ムードメーカーの長谷川はこちらの気を汲んでくれるし、場を和ませようとしてくれる。その長谷川が、この質問だけには異様な緊張感を帯びていた。
長谷川は、由紀のその言葉に、一瞬驚いた表情を見せた。そして、力なく笑う。
「最近さ。」
「ほら、東京の『棋神門』の小早川さんや、雑賀さん。音さんとか? 『棋王会』の人達とか。将棋を通じて、色んな人に出逢ったでしょ? 」
由紀は、小さく頷く。
「あの子達ね、皆『将棋』に一直線でしょ? 嘘でしょ? って言うくらい。それでさ。夏の大会以来、愛ちゃんもそんな感じだったんだよね。」
「前からさ『女性のプロ棋士になる』て口癖の様に、言ってたけど、色々な遊びも一緒にしてさ。何て言うか……『隣に居る』って実感できたんだよね。」
由紀は、黙って話を聞いていた。
「なんかさ。私だけ置いて、皆すごい、先の事を考えて動いちゃうからさ。最近、焦っちゃうっていうかさ。付いていけないんじゃないのかなって、考えちゃうの。」
そこまで言うと、長谷川は暫く沈黙を守った。由紀からの言葉を待っているのだ。
しかし、由紀はなかなか言葉が見つからない。そんな中、電車のアナウンスが聞こえる。
「次は、~~……~~……」
「あ、もう着くね。出口のとこいっとこ。」そう言うと、長谷川は立ち上がってしまう。
「あ……」
由紀は、先程の長谷川の問いへの答えを伝えようと、口を開きかけ……閉じた。
最も、親しい相手の投げかけた言葉だからこそ。
由紀は早急に返事するのを躊躇ったのである。
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