第八手 巣立ちの時

 「いや、面白かったね。」

 二人は、映画を見終わり、駅の方角へと向かう途中だ。


 「はい‼ 原作の雰囲気がすごくよく出てたと思います‼ 」

 「あ、そっか。本の方も有名なんだよね。由紀ちゃん読んでたんだ。」

 「はい‼ 児童文学にあたるけど、ストーリーも壮大ですし。何より、魔法使いって、すごく夢がありますよね‼ 」

 長谷川が、にっこりと微笑むので、由紀は我に返る。


 「ご、ごめんなさい。はしゃいじゃいました………」

 「ううん、そんなに喜んでくれると来た甲斐あったなぁ、って感じ。」

 「お腹空いたし、ハンバーガーでも食べに行こうか? 」

 そう言うと、長谷川は由紀の手を握る。

 「あ、長谷川さんじゃん‼ 」


 その時、駅の方からそんな甲高い声が聞こえた。

 「あ…………遠藤えんどうさん………」そう、長谷川の呟く声と一緒に、由紀の手を離す。

 由紀もその声の先を見る。

 「ひっ‼ 」由紀は思わず息を飲んだ。


 「あっれーーー、珍しいねーー、達川さんと一緒じゃないんだ―。」

 長谷川に声を掛けてきた中央の女子。いや、脇に居る二人の女子も含めて、小学生とは思えない派手な化粧と派手な服装。そして、真冬と言うのに、声を掛けてきた遠藤と言う女子は、胸の周りの露出がすごい。そして。


 ――う、嘘でしょお……あ、愛子ちゃんよりすごいよぉ……――


 無論、小学生でそこまで成長しているのは稀である。後に長谷川に教えてもらったが、この世には、嘘。いや魔法が存在して、主に女子がおっぱいに使用できるそうだ。いや、男だって嘘はつくさ。


 「ん~~~、そのちっさい子………妹? 」

 由紀に気付いたようで、三人の派手な女子が由紀をじろじろと見る。

 由紀のこめかみに、一筋汗が流れる。それを見て、長谷川が前に出て、由紀を自分の後ろに隠した。


 「遠藤さん、野間のまさん、一岡いちおかさん。そんなに上級生に見られたら、彼女怖がっちゃうでしょ。」笑顔で、長谷川が三人を制する。


 「この子は、習い事の後輩。今日は一緒に映画を観に来たんだよ。」

 「ふ~~~~ん。あれ? この子、夏休みの時に…………確か、一緒に校長に激励されてた子じゃない? 」遠藤の右隣の女子がそう言った。確か、野間か、一岡のどちらかだ。

 「ち。」由紀は、長谷川が表情を一瞬厳しくしたのを、見逃さなかった。


 「あ~~~、あれだ。じゃあ達川さんと一緒に将棋してた子だ。」

 その言葉を皮切りに、三人はニヤニヤと嫌味な笑みを見せた。


 「うん、そうだよ。じゃあ、私達、ご飯食べに行くから。」そう言って、長谷川は、由紀の手を引いて、三人の間を抜ける。



 「将棋って…………ジジイかよ。」


 三人のうち、誰が言ったのかまでは聞こえなかったが、由紀は確かに聞いた。その言葉が、やけに悲しく、怖く。寂しく。由紀は、思わず手を引く長谷川を見た。

 長谷川の目が、潤んでいる様に、そして怒っている様に見えた。






――――――――


 「えぇ‼ 土生ちゃん‼ 東京に行っちゃうの? 」

 愛子が、驚きの声をあげる。


 「うん、奨励会に受かったんだ。これも、何も、全て達川先生のお蔭です。」

 その普段聞き慣れない、土生の真面目な言葉に、愛子は不思議な感じを覚えた。

 そう、これは……巣立ちの瞬間である。


 「たわけが……黒田八段に……迷惑をかけるんじゃないぞ………それと……風邪を引くなよ………」達川は、後ろを向いたまま……そう返した。


 「おめでとうございます。土生さん。」佐竹がそう言って、右手を差し出す。

 「次は、佐竹君の番だな。」そう言って、土生はその手を握る。

 「応援してますよ。プロになって下さいね。」


 「君もな。」愛子は、自分より長く将棋で繋がっていた二人のその姿に、少し羨ましさを覚えていた。

 

 「じゃあ、そろそろ行ってくるよ‼ 」土生は、そう言うと、大きなスポーツバッグを一つ背負い………入り口に向かい……立ち止まる。


 「………達川先生‼本当に………ッッ……有難うございました‼ 俺は……貴方のお蔭で‼ 両親とも向き合えて…………‼ 俺は‼ 将来の夢まで見つける事が出来ました‼ 」

 「必ず‼ 奨励会で勝ち抜いて‼ プロになって‼ 貴方が、俺を自慢出来るほど‼ 強くなります‼ それまで‼ どうかお元気で‼ 」


 愛子は、その言葉に付属する重みを知らない。

 だが、また彼も、この人に救われたのだと……共感を感じたのだった。

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