番外編 漆畑 紅の華麗なる将棋講座

番外編 第一局 紅と愉快な仲間達

 「パンパカパーーン」陽気な効果音が鳴ると、スポットライトが中央に当たった。その瞬間、そこに映し出された少女が、小気味よく笑い声をあげる。


 「お~ほっほっほっほっほっほ。

 遂に私が主人公に躍り出る時が来たのですわね~」

 口元に手を当てると、金色のフリフリ巻き巻きヘアーを揺らしながら、そのドレス姿の少女は更に笑い声を大きくする。


 「あ、あの~紅お嬢様。」ステージの端から腰を曲げ、手を擦りながら柔らかそうな体系の少年がそそくさと現れる。

 「ちょっと‼ 竜太郎⁈ 何、貴方が神聖な私のステージに上がってきているの⁉ 」


 その言葉に、高月は両手を振って、慌てた様に言う。

 「え、ええ⁉ 紅お嬢様、聞いていないんですか? 今回は番外編という事で、俺と紅お嬢様と、ゲストの人で『将棋』のルールや囲いなどの事について、読者の人達に説明をするというお話なんですよ。」


 「な、なんですって⁉ 『由紀 10歳 夏』の後は、『可憐なる少女 漆畑 紅12歳 冬』に章が変換するのではなくて⁉ 」

 電気が点くと、そこは意外に小さく狭い会議室の様な場所だった。


 高月は、椅子を三つ並べて、そこに在った机に将棋盤を置く。


 「ああ~いえ、多分、その話は嘘ですよ。だって、冒頭でこの作品は『苫米地 由紀と言う少女と将棋が交わった半生の物語です』って、作者が素人作家のくせに、大物ぶって、語ってますからね。」


 その、のほほんとした説明に、紅は怒りをはっきりと象徴してみせた。


 「冗談じゃ有りませんわ‼ こんな番外の番外の番外編。みたいな司会進行役を、そんなメタ全開で渡されても、嬉しくもなんとも有りませんわ‼ 今から、作者に掛け合って、この役目から降ろさせて頂きます‼ 」

 美しい顔を般若の様に変えながら、入り口の方へ向かう。

 

 「ま、待ってください‼ 紅お嬢様‼ 」高月の懇願を込めた切実な声が響いた。

 

 「将棋の話を書くに当たって、将棋の事を説明するというのは、これはとても重要な役目なのです! 憶えていますか?この作品が○○●●大賞に送った時の書評で『将棋の事の説明が無い為。初心者に入りにくい作品となっている』と編集者の人からダメだしがあったのを‼ 作者はそれを真摯に受け止めたのです。」

 高月は、どんどんとテンションを高めていく。紅は足を止めて、背中でその言葉を聞いている様だ。

 「しかーーーーし‼ 最早、本編にそんな内容を入れる事は蛇足も蛇足だし、何より、完成された物語をいじる技術なんて、我々を生み出したこの作者には無いのです! 」断言された。

 高月は、回転を加えると、両手を伸ばした。


 「しかし‼ 作者は諦めていません‼ この作品がいずれ、陽の下に芽を出す事を真剣に、希望を持っていたのです! だからこそ、この無料投稿サイトで、大会の書評に書かれた反省点を‼ 全てこの番外編『漆畑 紅の華麗なる将棋講座』に詰め込んだのです! 因みに、本編と違って、かなーり、はっちゃけてるのは▲■●文庫大賞さんの書評『ちょっと、重い話が多い、もうちょっと気の抜ける様な、ふざけを挟んだらいいよ。』を参考にさせて頂きました‼ 」

 全てを言い切った高月は、恍惚の表情を浮かべ「はふぅ」と唾液の混じった溜息をつく。


 しかし、紅は未だに背を向けたままである。

 「だからって…………」そう言うと、肩を震わせた。

 「だからって、何故まだ本編でも出番のありそうな私が‼ この様なポジションに立たなければならないの⁉ これこそ、最早本編で出番が無い様な者に、やらせればいいじゃないの‼ 」

 「お嬢様ッッッ‼ 」

 迫力満点の高月の叫びに、紅はビクンっと身体を固めた。

 「お嬢様……お嬢様でなければ…………駄目なのです。」顔部品の総合バランスは、不細工だが、目だけがイケメンのものに変化し、真剣な眼差しで紅を捉える。

 

 「では、逆に尋ねましょう。紅お嬢様の他に、一体誰が将棋の講義なんて、出来ましょうか? 」

 紅は、下唇を噛んで、言いくるめようとしてくるその肥満児を、睨みつける。

 しかし、彼は止まらない。加速する。

 「本編主人公の、由紀ちゃん?まさか、本編で初心者から特殊能力で火事場のクソ力を使いながら、成長していく。と言うのが彼女の持ち味の一つなのに、いきなりその主人公が読者様に将棋の説明をしてくるなんて、愚の骨頂もいいとこですよ? 」


 その言葉に、紅は遂にその可憐な腕を壁に叩き付けた。

 「私が主役では無かったと言うの‼⁉ 」


 「そこぉっ⁈ 」高月は、思わず噴き出た両眼をカポっとはめ直して、咳払いを一つ入れた。


 「そして、他にはあの、乳も背もでかい女は、無茶苦茶、口が悪いし。あっちのドSの女は、圧倒的な力不足です。白い子はコミュ能力に問題があるし。」


 高月は両手を広げて見栄を切った。

 「ほら‼ そもそも番外編の主役をはれる能力を持っているのが、紅お嬢様以外に登場人物の中に居ないんですよ‼ 」

 その言葉を雷を浴びた様な衝撃で、紅は受けた。

 「そ、それはつまり。私が主役に相応しいという事なの⁉ 」

 なんかもう面倒くさくなった高月は、一度大きく頷いた。


 「⁉ 」紅は白目で、その衝撃の快感に溺れる。


 「おい…………高月。漆畑さん………いい加減そろそろ、始めないか? 」

 席に座っていた彼は、溜息をつきながら眼鏡の位置を中指で整える。


 「佐竹⁉ 」二人が一斉にその少年に向かって叫んだので、佐竹がガタッと、椅子から落ちそうになる。


 「ど、どどどどどどどどどどどういう事だ⁉ このコーナーは、俺と紅お嬢様だと聞いていた‼ 何故、お前が居るか⁉ 」

 その言葉に、佐竹は椅子に座り直して、説明を始める。

 「第一回だから、二人が気の使わないゲストの方がいいだろうと、いう事で僕が選ばれたんだ。ゲストが毎回来る事は事前に聞いていたろう? 」

 理解はしたが、納得が出来ない高月をしり目に、漆畑はようやっと席に向かい進みだした。

 「あ~~、なんだよぉ………結局いつもの『棋王会』じゃねぇかよぉ………」そうがっかりと肩を落とした高月に。

 「なに、しているのよ⁉ 竜太郎。早くいらっしゃい。貴方が進行しないと、番外編が始められないでしょ‼ 」

 その愛しい声が掛けられた。

 「はいいいぃ‼ ただいま、参ります~お嬢様~」嬉しそうに彼も席へ駆けだしていった。

 


 






 「え~、と。いうわけで‼ 第二部が開演されるまで、番外編という事で『漆畑 紅の将棋講座』が始まりまーす。司会は俺、棋王会の福山雅治、高月竜太郎が務めさせていただきまーす。」

 そう言った瞬間。扇が、高月の頭に投げられた。


 「あ、痛ぁ‼ 」ポカーンと、いい音がしてぶつかった。眉を顰めて、扇の飛んできた方向を見ると、金色の髪を逆立て、美しく怒る紅が立っていた。


 「竜太郎‼ 貴方‼ ことをかいて、この番外編で主役である私を差し置いて、先に名乗るなど、不届き千万‼ こうべを地面につけて、私に謝りなさい‼ 」


 流石に、その言葉に、いつも冷静な佐竹も止める。

 「おい、漆畑さん。いい加減にするんだ。全然話が前に進まないし、進行中に司会を土下座させるなんて、完璧に悪徳な金持ちのすることじゃないか。」


 「黙れ‼ 佐竹‼ 」

 しかし、その助け舟を威喝したのは、何と高月本人であった。

 「何⁈ 」まさかの人物からの発言に、あの佐竹でも驚愕の声を挙げた。

 「これは………これは、契約なのだ。」

 余りにも凛々しいその表情に、佐竹は息を飲んだ。


 ――なんだ………なんで、この状況で……そんな綺麗な瞳をしているんだ⁈ ――


 佐竹には理解出来ぬ、その情愛。

 いや、それは最早熱情と言ってもいいのかもしれない。

 高月は、ジャケットのボタンを全て外すと、一度それを靡かせ、眉を引き締め、紅を見つめた。

 そして、両膝を地に着ける。顔は紅を見上げる様に動かさない。それはあまりにも真剣な眼差しで、思わず佐竹は視線を外した。


 ――な、何故僕は、ドキドキしているんだ……………‼――


 「主役のお嬢様より先に、自己紹介をしてしまって………

 どうも、すいませんでしたーーーーーーーーー」


 その声を皮切りに、一気に、でこを地面に叩き付ける。

 土下座。

 キングオブ・謝罪。

 土下座。


 それは、一点の曇りも、迷いもない、美しい固形を象っていた。

 「………」佐竹の顎に、こめかみから流れた一筋の汗が流れた。




 愛深し

 こうべ地に伏せ

 我語り


 美しき君に

 届くと願わん



 「……………」

 ――……………短歌うたった?――

 佐竹は「ごくり」と生唾を呑み込んだ。

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