番外編 第二局 叛逆の佐竹
「はいっ‼ と言う訳で、仕切り直してですね‼ 」何事もなかったように、それは明るく始まったが、明らかに佐竹に疲労の色が見えていた。
「皆さま、ご機嫌麗しゅう。この度この盤上の戦乙女【ワルキューレ】の番外編の解説役兼主演を務めます、棋界の秘宝。秀麗にて、端麗。貴方の傍で、そっと咲く、一輪の薔薇の如し。漆畑紅で御座います。」彼女の希望で、背景に薔薇の花が咲き誇った。
「と、言う訳で俺達で、今日は駒の動かし方を。」
「おい。」そこでようやく、佐竹が口を開いた。
「……ち………本日、一回目のゲストは、第二部冒頭で、主役の苫米地由紀さんに、噛ませ犬よろしく敗北を喫した、棋王会の副将。佐竹拓也君でーす。」
その紹介に、佐竹の顔が一気に青ざめる。
「お、おい。高月………君は、今何を言ったんだ?」
それは、本人である佐竹にも知らされていない、未来の出来事。
「さて、それでは本日は、将棋の最も基礎である。『駒の動かし方』をご紹介していきまーす。」高月のその言葉の後、三人の机の上に大きな駒が置かれていく。
「では、まずは金将の可動範囲を………」
いきなり、紅が金の駒を取ろうとしたので、素早く佐竹がそれを奪った。
「何をするの⁉ 佐竹‼ 」
しかし、即座に彼が初めて見せる、やさぐれた視線に背筋を震わせた。
「いきなり、大駒の説明を始めるなんて、初心者に対して、君は何を考えているんだい? そもそも、前から言おう言おうと思っていたんだ。君は、余りにも他人の気持ちを踏みにじりすぎている。天真爛漫と言えば、傍からの響きはいいかもしれんが、それと傲慢を履き違えているのではないか? 」
「佐……………竹………?」本編内では、一度も見せた事の無い、眼鏡越しの狂気を宿したその瞳に、紅は恐怖に震える声で彼の名を呼んだ。高月も口を開けたまま、肩を震わせ、司会が中断している。
「佐竹君。落ち着いて。」スタッフが、場の空気を察して、仲介に入り、ようやっとその場が落ち着いた。
「で、では、まずはこの駒。将棋にとって最も数多く動かす事になるであろう。『王将』ですわね。」迷う事無く、最も大きな駒を紅は手に取った。
「君は、頭の中まで、その髪の様に、フリフリパーマになってしまっているのか⁈ 」
佐竹が机を「バーン」と叩き、立ち上がった。
「ひぃ。」二人がその鬼の様な表情に怯え、一歩距離を取る。
「金将を、一番に紹介し始めたら、次は王将だと⁉ 可動範囲の多いものから紹介していったら、後に回した駒の紹介の時におかしな事になると。それに…………何故気付けないんだーーーー‼ しかも、王将はそんなに矢鱈滅多羅動かす駒ではなーーーーい‼ 」
少年の清廉された輪郭から顎が突き出し、瞳孔は針の如く縮こまっていた。
「も、もう、よろしいわ。な、なら、佐竹。貴方に任せるわ。わ、私はこ、今回は貴方の将棋に対する熱意に免じて、裏方に引きますわ………」
その狂気に満ち満ちた瞳から視線を外し、震える声で強がりを言う。
普段ならしゃしゃり出る高月も、先程からのよく知る男子の姿ではない佐竹に対し、はっきりと恐怖を表情に見せて、紅の背後に隠れている。
「ふーふー」と荒げた息を整えると、彼は中指で眼鏡を整え、大きな深呼吸をついた。
「では、始めよう。」
その言葉と同時に、周囲に「ちゃーちゃーちゃっちゃっちゃちゃちゃーー」と、間抜けなBGMが流れ始める。
「まずは、駒の種類から説明しよう。日本で行われている将棋で使われる駒は、歩兵、香車、桂馬、銀将、金将、王将。そして飛車に角。以上の計八種類、二十駒からの開始となっている。それでは、それぞれ駒の可動範囲を説明しよう。」
そう言うと、彼は歩と書かれた駒を手に取った。
「物語の序盤でも、苫米地さんが高木という少年に最初に習っていたね。将棋で最も弱いが、最も勝負を動かす駒がこの歩と言ってもいい。」
紅はその言葉を聞いて、パクッと口を開いた。
――そうでしょうか? 私はそうは思いません。歩なんかよりも、金将や王将の方が将棋の云わば主役であり、勝負を左右する力を持っていると思いますわ――
言おうと思ったが、先程の変貌が彼女の心を蝕んでいたらしい。結局心中で呟いただけだった。
「盤上の戦乙女【ワルキューレ】の世界とは違うが、現実の世界では『歴史上最強の棋士』として有名な『
「あら?
紅の言葉に、佐竹が眼鏡を中指で上げる。
「成は、まとめて後で説明した方が早いからね。金将の説明の後が、色々と省ける事が多いから。」
そう言うと、次に手に取るのは香と書かれた駒。
「さぁ、次はこの
「では、次はこちらを説明しよう。」
佐竹の活舌がどんどんと流暢になる。意外にもこういった講師的なものが好きだったらしい。
「次は桂馬だ。」桂と書かれた駒を手に取った。
「この駒の最大の特徴は『小駒で唯一、隣接していないマスに動かせる』という事だ。動かせるのは『駒前方2マスの左右どちらか』というものになっている。つまり駒が密集している箇所で最大に力を発揮すると言う訳だ。実際にプロの対局では、止めを刺す役割になる事が小駒で一番多いと言えるだろう。」
「次は銀将と金将。どちらも遊戯開始時に、王将の傍に在ると同時に『将』の名を持つ駒であるだけに小駒でありながらも大駒を時には凌駕する力を持つ。銀将は『前方、または前後斜め1マス』に動かせ、金将は『後方斜め以外、6方向に1マス』動かす事が出来る。囲いにもよるが、序盤中盤終盤と、どれにもに異なった役割が与えられ、盤上を動かす鍵になる事が多いのが、この2駒だ。」
「以上がいわゆる『小駒』となるが、ここで『大駒』の説明の前に先程チラッと出た『成』の説明に入ろうと思う。」
思わず、説明に聞き入っていた二人に佐竹が視線を送る。
「漆畑さん。ここからは任せていいかな?」
「えっ‼」思わず、その大きな瞳が飛び出そうになる。
「いや、ゲストに喋らせきりのホストも流石にまずいだろう?」
気持ちよく、講義が出来たのか、佐竹の顔は憑き物が落ちたかのように清々しかった。|
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