感想戦 桃子の手紙
親愛なる苫米地由紀様
突然、このような手紙を出して驚かせているでしょう。
ごめんなさい。でも、由紀。君にどうしても伝えたい事があったんだ。
由紀、君は今を生きている事を……なんて思う?
君は、ニーチェが好きだと言っていたから、前向きで明るいものなのかな
……いや……普通はそんな事を考えたりなんかしないよね。
ボクはね、由紀。両親と離れてから、毎日毎日自分の居場所とは何なのか、自分の存在する理由とはなんなのか。そればかりを考えていました。それが『孤独』という事すら解らなくなるほどに。そんなボクに『漆黒の世界』はとても優しかった。集中力を高めればすぐにボクをそこに連れて行ってくれる。そこにはボクしか居ないから『寂しさ』も概念から存在しなかった。きっとこの事は、由紀。君には理解出来る筈だね。
何も無い『漆黒の世界』は、ボクに色々な力を与えてくれた。その力が、ボクが存在している証明だと思っていた。だから、将棋もその時のボクにとっては『解くだけ』の事だったんだ。解答にただ、向かっていくだけ。それだけのもの。
でも。
由紀、君との対局は違った。君は、あの世界に居ながらもボクという存在を見て指していたんだ。だからこそ、あの127手目の金の筋が見えた。あれが同じ『世界』に居ながらもボクと君との差だったんだ。
今、思えばボクは『孤独』すらない『漆黒の世界』で計算式や将棋をする事で、本当は探していたのかもしれない。
それは、広大な
千里浜辺に残る足跡の様に。
ずっとずっと、自分と共に
由紀、君が教えてくれたんだ「将棋って楽しいね」って。
そう。ボクも間違いなく、あの時あの瞬間。
『楽しかった』んだ。
自分一人では決して見えなかった。あの盤面を君と共に創り出したその事実が。
だから、もう考えない。
自分の存在する……意味も……理由も。
そんなものは、必要なかったんだ。
生きているだけで。他者と触れ合うだけで。心の底から言える。
「生まれてきて本当に良かった」と。
「ボクを産んでくれて、本当にありがとう」と。
その言葉こそ、ボクがずっと。
ずっと探していた『
色々な人が、物が、音が、光が。
全てが響き合うこの世界だからこそ。
悩み
苦しみ
そして、気付く事が、喜ぶ事が、触れ合う事が、出来るんだね。
もし、これから先、君に何かあったら教えてほしい。
今度は、ボクが君の力になりたいから。
PS・会場のトイレでは、失礼な事を言ってしまったね。本当にごめんなさい。
音 桃子
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