第三十一手 勇言、闘志を灯す

 「ねぇ、愛ちゃん‼由紀ちゃん……大丈夫かな……」ひそひそと長谷川が囁く。


 ――あのバカ……――


 達川も気になって入り口付近をちらちらと見ていたが、大会職員や参加者らで映画館の様な式場はざわつき始めていた。


 「来たぞ‼『棋神門』だ‼」そんな中、誰かがそう叫ぶと、一斉に会場端に居たカメラを持った大人たちが入り口に向かって走り出した。その光景に会場に居た参加者たちも一斉にその方向を向く。そこには真っ赤な、ど派手スーツに身を包んだ少女が三人並んで入場していた。


 「あれが『棋神門』か……」達川がその姿を確認する。

 が、長谷川はそれよりももっと別の事に注目していた「あ……愛ちゃん。うしろ……」


 「あん?」その言葉にもう一度入り口を確認する。「んがっ‼」

 大量のカメラに写されている彼女らの後ろに、由紀が真っ赤な顔を俯かせ立っていたのだ。


 「たっく、開会式が始める前から、早速ミソ付けてんじゃねぇよ……」顔を真っ赤にして二人の間に座っている由紀に、笑いながら達川がからかう。


 ――おかげで、ちょっと緊張が楽んなったわ……ホントこの子は……――


 やがて開会式が始まったが、周囲の注目は変わらず『棋神門』の少女たちに注がれる。


 「流石、になるな『帝都の白雪姫と古葉の二本刀』は」

 「写真もバッチリ納めたっすよ、先輩。

 開会式始まると撮れないから、かなり気合入ったっす。」そんな会話をしているのは、週刊少年少女将棋の担当者とカメラマンだ。


 「あれ?」デジカメの画像を確認するカメラマンがそう言ったので、彼は「どうした?」と尋ねた。「いや、三人の後ろに、何か女の子が写ってんすよ。」確認すると、確かに参加者と思わしき少女が写っていた。「『棋神門』以外は特集組む事も無いだろう。戻ったら、編集で消しておけ。」「了解っす。」



 そして、開会式終盤、いよいよ対戦の抽選が行われる。代表がくじを引くのかと思ったが、どうやら違うようで、何やらデジタルな方法のようだ。


 参加者含め会場全体の注目は『棋神門』の一回戦の相手だ。色々な思惑が重なる中、会場前面部のスクリーンにルーレットが映し出され、一斉に対戦表が決まる。


 それを眺めながら何となく達川は思っていた。


 ――そういや、昔から嫌な事を決める時に限ってだけ、うちってじゃんけん弱かったな~………――








―――――――――――





 「なるほど、つまり考えられる最悪のケースになってしまったと。」

 土生は、電話で達川の爺さんから今日の事柄の説明を受け、そう言った。


 「うむ。まさか初日でぶつかるとはの。」

 「それで、彼女たちのモチベーションは? 」

 爺さんは、少し口を閉じて答える。「それなら……心配なあじゃろ? 」 


 「いや~、まさか‼『盤上の戦女神【ワルキューレ】』が週将(略)デビューを果たすとは‼思いもよらなかったぜ~」そう言うと達川はコーラをラッパ飲みする。

 「ねぇ~棚ボタならぬ棋神ボタね~。」長谷川がチョコを口に放りこむ。


 「お、お二人とも……明日の相手の研究は……」由紀ただ一人、棋譜を持って、明日の対局に備えていた。


 「おう、対局前日ってのは疲れが残らないように、寝る前に流す程度がいいんだぜ? 」

 「そうそう、由紀ちゃんも一緒に食べようよ~」2つのベッドは既に居場所が無いほどのお菓子やジュースが並んでいる。しぶしぶ、由紀も長谷川から菓子を一つ受け取り口に入れる。「おい、今日こっちの部屋でうちも寝るから、長谷川と由紀、同じベッドで寝ろよ。」「え~、お爺さん一人にするの~?」「いいんだよ、いびきがデカくて、寝れやしねぇんだ。」由紀は何となく二人が無理に明るく振る舞っている事に気付き始めていた。



 散々騒いだ為か、由紀たちは普段より数時間早く、就寝に着いた。


 由紀は夢をみていた。それは達川とも、高木とも出逢う前いつも一人で本を読んでいたあの日。本に書いてある『絆』や『繋がり』といった文字に憧れや理想を持って未来を信じていた時もあった。他人と上手く交れなかった時『現実はそんなものか』『所詮本の言葉か』と思い、本の内容が通用しない現実に、失望していた。

 『嫌いだ。あんな偽善者』あの少女の言葉がよぎる。あの子は、昔の私だ。何故か不思議とそう確信していた。




 陽光と、まだ熱の日差しに温められていない涼風が、頬を撫でるくすぐったさで由紀は目を覚ます。

 

「長谷川……さん?」隣に眠っていたはずの長谷川が、窓際のチェアーで棋譜を眺めていた。その由紀の言葉に気付くと、にっこりと微笑み「おはよう由紀ちゃん。」と応えてくれた。「早い……ん……ですね?」まだ若干、夢見心地だ。


 「なんか、目が冴えちゃって。折角だから棋譜で相手の研究でもしようかな~ってね。」そういうと、長谷川は悲しげな眼で窓を見た。

 「ねぇ、由紀ちゃんは……夏の朝って……好き?」

 「え?……そうですねぇ……うう~特に考えた事も無いです。」

 それを聞くと長谷川は、にこりと微笑む。


 「私もね、特に考えた事無かったんだけど……最近すごく好きになったの。」

 その理由の続きを由紀が尋ねた。「何でですか?」それを聞くと、長谷川が由紀を見つめる。


 「だって、起きたら毎日愛ちゃんと由紀ちゃんと一日中一緒だもん。」

 由紀は、胸が締め付けられるような痛みと熱さを感じた。


 「んなもん、冬になってもおんなじだろうよ。」後ろから達川の声が聞こえた。

 「愛ちゃん、起きてたの?」長谷川の問いに「まさか、お前らが五月蠅いからだよ」と憎まれ口で返す。しかし布団の中に見える棋譜を長谷川は見ないふりをした。


 「そっか、ごめんね愛ちゃん。」

 「もっと私たち、早くに出逢えてたらさ、もっともっと三人のチームで将棋が出来たのかな?」と長谷川が二人にそんな質問を投げかける。


 「何だよ急に。」その言葉を聞き、長谷川が身震いをして続ける。

 「もっと……もっとこんな日が……ずっと続いたらいいなぁって、なんか思ってさ。ほら、私と愛ちゃんは来年はもう中学だから……」



 「続きますよ。」二人が聞いた事も無い由紀の力強い声。


 「あたし負けません。」二人がその声に驚く。


 「だから、明日も明後日も‼

 あたしたちは『盤上の戦乙女【ワルキューレ】』です! 」



 その言葉は、消えかけていた二人の闘志を再び呼び覚ますには充分すぎた。

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