第二十八手 魔人の影

 「…………ちゃん。………マちゃん。………ク……ちゃん。」


 ――誰……、ここはどこ?――


 「お……。絵………菜……」

 ――愛ちゃんの声が聞こえる――


 「おい‼絵美菜‼ホテルに着いたぜ‼おっきろーー」

 長谷川は、その声で、意識を戻し、飛び起きる。


 「だらしねぇな、土生ちゃんの運転でお前も、由紀も気を失いやがったんだよ。ほら、予定のビジネスホテルに着いたから、荷物降ろすぞ‼ 」

 よく見ると、達川は、頭の上に、さらに頭がのっているかのようなたんこぶをつくっていた。



 ――もう、愛ちゃんのせいで、わりかし最新情報の走馬灯、見ちゃったわよ――






 ――同時刻 都内某所――


 薄明るい間接照明の中、ひたすら木駒を打つ音が響く。


 「精が出るな。」古葉が、キセルに火を着ける。

 その言葉に、雑賀が盤面に目を向けたまま返答する。


 「古葉師匠。今日ごぞわ、歯ごだえのある相手を用意してぐれるんでずよね?」

 古葉はキセルを一息つく。


 「おいおい、先日の二人では相手に役不足だったと? 」

 駒を一層強打し、今度は小早川が口を開く。


 「そうよ、智美。勝てたのはあの人たちが序盤に私達を小学生と思って油断した為。初めから勝負に来ていたら、私達の実力では勝ててはいなかったわ。」


 「あんだげ、おぢょぐって、ムギにならねぇなんで、だいしたおなごじゃねぇ。」

 「慢心は駄目。それに訓練なら私たち二人でも充分。むしろ普通では出来ない貴重な体験が出来たと思うべきだわ。」


 「ち」と雑賀が舌打ちする。それは、二つの意味での敗北を意味していた。「これで、私の勝ち。三勝二敗で、トータルでも私の勝ち越しね」「くそっ」悪態をつきながら、雑賀が、駒を払う。


 そして、古葉の方に振り返ると、威勢を放つ。

 「古葉師匠!桃子と指させてけろ、あの二人よりも、桃子の方が強え。それは、間違いねぇでんしょ?」小早川は、散らばった駒を片付けながら、その様子を伺う。


 「駄目だ。」畏怖を帯びる眼光に、雑賀の身体が固まる。


 「ボクなら構わないよ…先生……」

 消え入りそうな声が、古葉の後方から聞こえた。


 「桃子。」小早川と雑賀が同時に名を呼ぶ。そこに居た少女は、人形のような長く細すぎるほどの脚を白いワンピースから覗かせていた。身長は小学生高学年としては決して高い方ではない。一見普通の小学生の少女だが、明らかに異端なものがある。


 白い。全身が白いのだ。比喩的な意味の範囲ではない。白色人種という言葉でも表現に弱い。白い。全てが白い。唇と瞳に僅かな血色の色を残すのみで、頭髪、顔色、肌。果ては眉毛、睫毛、そして手指の爪までもが。


 「先生……これ。もう全部覚えた…返す…」桃子が古葉にCDケースを数枚手渡す。

 「全部か? 」古葉が何の感情もない問いを返す。「全部」桃子は目を合わさず返答する。


 「桃子! 」雑賀が桃子に詰め寄る。桃子は顔を背け「いいよ、しよう。智美」言葉と態度が一致しない。しかし、そんな二人の間に古葉が割り込む。


 「いい加減にしろ雑賀。そんなに実力者を相手にしたいのなら、俺が指導してやる。」

 それを聞くと、顔を背けたまま、桃子は振り返り「残念」と呟き出口へ向かう。


 「どこか、行くのか? 」と古葉は、桃子に問いかける。「図書館」とだけ呟き桃子はその場を後にした



 「師匠……おら、強ぐなっだ。もう、あの時のような無様な敗けかたはしねぇ。」

 「雑賀、上を目指すのは、一向に構わん。だが、それなら奴の後ろには付くな。奴が歩む道は、奴のみが許された道。俺を含めて歩める者は誰もおらん。それを理解せず行く者は、音の棋神道の餌にしかならん。お前たちを音にくれてやるわけにはいかんのだ。」

 その言葉を聞き、雑賀が奥歯を噛みしめる。


 「師匠でも……勝てんのですか?」その言葉を聞き「ハハハ」と古葉は笑う。

 「まさか、阿南に比べれば、桃子もまだまだ赤子よ。」



―――――――――――


 「何だ……この棋譜は……」

 その場に居たのは、土生、長谷川、そして、達川の爺さんだった。

 「いや……これは由紀ちゃんに見せん方がいい。こんな浮世離れした将棋をわしは、久々に見たよ。」


 「昨年からの公式戦のデータ……その全てが……全く違う戦法ながら……全て、最善かつ最少の指し筋で勝利している。」達川の爺さんは、次々と棋譜を捲っている。


 その中、土生が、目を見開いて、ある棋譜を眺め続けていた。

 「……これは……!昨年末の、ぬこ生放送世界将棋大会?」


 そのただならぬ様子に達川の爺さんと長谷川が、説明を無言で求める。


 「あ、ああ……いや、僕たち棋士の間ですごく話題になったんだよ。これ、今ねインターネットの動画サイトで、将棋の中継が少しずつブームになってるんだ。そこで、年末のお祭り企画という事で、予選を勝ち抜いた、一般の方たちを含めた優勝賞金100万円のワンナイトトーナメントが行われたんだよ。」


 「ふむ、この音という女の子がそれに出ていたという事か。」爺さんはあまり驚かなかった「しかし、そんなに驚く事なんか、それが?」と土生の態度が理解できなかったからだ。


 「ところが、この大会は、主催側の出来レースの予定だったんです。ゲストと称して二名の奨励会の棋士を一般人として用意していたんです。この大会を視聴していた我々プロ棋士も、間違いなくその二人のうち一人が優勝するだろうと思っていました。」


 長谷川が息をのむ「その棋士って……」


 「野々垣ののがき三段と、金石かねいし三段。二人とも限りなくプロに近い奨励会の棋士でした。」

 「おい、まさか……」達川の爺さんが思わず嫌な予感を先に口にする。




 土生はゆっくり頷く「そう、二人は、ある一般の参加者に続けて敗れました。」

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