第二十七手 驚異的な絶対王者
――12時間前―――東京某所――
「今日は、御呼び頂いて有難うございます。古葉棋聖に、ご指導いただけるなんて…感激ですっ!」二十代前半と思われる二人の女性が、着物を着こなした長髪の男性にそう、声を掛けていた。古葉と呼ばれたその男はキセルに火をつけ、一服をつき、こう返す。
「いや、此方こそ、遠くからわざわざすまなかったね?女流棋士期待のホープのお二人の若い指し筋を私も是非見たかったんだ。」
二人の女性が嬉しそうに笑う。しかし、古葉はさらに続けた。
「と、だがその前にね、折角だから、うちの弟子たちに君たちからも指導をしてやってくれまいか?私の手に余る生意気な娘でね?手を焼いているんだよ……」
「は、はあ……」お預けを喰らった二人は若干、面白くなかった。
「え?あの娘たちですか?」そこに待っていたのは、自分たちよりも明らかに若い少女だった。
「ああ、髪をくくっている方が、
古葉の紹介に、女流棋士の一人が反応を見せた。
「小早川さんと、雑賀さん?確か昨年の……」
その言葉に古葉は妖しく微笑む。二人は背筋に寒気を覚える。
「そうなんだ、あれでどうやら天狗になっちゃたみたいでね?ちょっと、プロの力でこらしめてやっちゃあくれんかな?」
古葉の妖しい笑みに、只ならぬ嫌な予感を感じた二人だが、頼んできている相手は、棋界の天上人。棋聖である。嫌と言える筈がない。二人は、少女の待つ盤へ向かう。
「え……え~~っと?指導手ってことだから……角落ちくらいでいいかな?」一人の女流棋士がそう声を掛ける。
「構いません。」「え?」
「平手で構いません。」「おらも、そんで構わねぇ。」二人の少女が何の感情も込めずそう返答したのだ。
――な、なんて生意気な……小学生王座程度の分際で……――
その表情をみて、雑賀が笑う
「そだ、女流棋士だがらっで、おだづしねで、本気で来てくろ。」
―――――――――――――
「あ~~~~、くっそーーイライラするぅう!佐竹めぇええぇ‼ 」
土生の車の中で、達川が先ほどから叫び続けている。
「ちょっと!愛ちゃん⁉東京の道路は神経使うんだから、静かにしてよ! 」
「きゃああ、土生ちゃん土生ちゃん⁉センターラインはみだしてるよぉぉ! 」
既に白目を向いて意識を失っている由紀を抱きかかえて達川の爺さんが、達川の頭を小突く。
「ば……バカツーが、何を考えとるんじゃあ!」
「痛っ!ジジイ、やりやがんのかぁ!今のうちは、カミソリより切れるぜぇぇ。」達川が運転席を蹴り上げた勢いで、後部座席に襲い掛かる!
「いやあああああああああ。」
断末魔の様な叫びをあげる中、長谷川の意識は、数時間前の世界へ飛んだ。
「関東代表? 」漆畑の言葉に長谷川が聞き返す
漆畑は、どこから用意したのか紅茶に口をつける。勿論小指は立っている。
「そう、小学生将棋大会が開催されてから十年間……関東代表は、一度も入れ替わった事はありませんわ。常に東京都江戸川棋神門……表面は、下町の将棋教室ですが、実は
その言葉に、長谷川がすぐに反応した。
「古葉清澄って、あの、古葉棋聖の事? 」
漆畑が、首をふるってその金色の髪をなびかせる。
「そう、その古葉棋聖ですわ。」
「へぇ~」と呑気にため息をつく長谷川に由紀が尋ねる。
「え?有名な人なんですか? 」
由紀の方を二人が一斉に向いたので、「ひっ」と由紀が怯えた。
「由紀ちゃん、阿南名人の事は知ってる?」
すると由紀は、表情を和らげ答える。
「はい、日本で将棋が一番強い人ですよね。」
「そう、将棋界史上最強の棋士、阿南名人。古葉棋聖はね、去年唯一その阿南名人と五分の勝敗をつけた相手。つまり事実上日本で二番目に強い人だよ。」
「へ、へ~~」由紀は感嘆をもらす。
「でも、プロが教えたからと言って、同じ小学生ですもの。」
「は~~、これだから全国未経験の田舎者は……」漆畑がさげすんだ目を向ける。
「む、何か感じ悪くなった。さっきまで可愛い漆畑さんだったのに‼ 」
漆畑が頬を染め、顔を背ける。「き、棋譜を見てみなさい‼ 」
その様子をにやにやと眺め、堪能した長谷川は、関東代表のデータに目を通した。
一ページ目から、その異変に気づく。
「なに、これ。」
「なにも、これもありませんわ。
ただ、そこに記入されているのは明らかな事実。」
「だってこれ……」
「そう『棋神門』の小学生将棋大会の本戦の戦績は…無敗。
つまり、大会が開催されてから、目下十連覇中ですわ。
しかも……個人、団体両方でね。」
「あ。ホントだ『棋王会』も去年敗けてるね。」漆畑は、歯ぎしりをして、顔を背ける。
「………去年のメンバーは、大将に当時十二歳の小学生名人、
長谷川が、その名前を読む。
「
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