第二十六手 東京へ。

 「と……言う訳で、明日は朝9時に新駅に集合な。」


 「そうね、新駅ならみんなの家から反対方向だし、現地集合の方が効率がいいかも。」


 「向こうで泊まる所って、どこなんですか?」由紀が達川に尋ねる。


 「うん、そこんとこは、もう土生ちゃんが手配してくれてる。」

 「あの……東京までは、私たち三人だけで……行くんですか?」

 「あん?そりゃあ、そうだろ?」


 由紀は不安そうな表情をする。

 「大人の人無しで……大丈夫でしょうか…?

 あたし、電車に一人で乗った事もないんです。」


 その言葉に長谷川が同調する。

 「確かに…女の子三人だけってのは危ないわね。

 こんな可愛らしい幼気な娘だとなおさら……ね。」


 達川が困った表情をして、両手を使ってジェスチャーを加えながら反論する。

 「でもよぉ、誰がいる?絵美菜ん家も、由紀ん家も……忙しいだろ?」

 「愛ちゃんのお爺ちゃんは?」

 達川が毛を逆立て恥ずかしそうな顔をする。


 「じょっ、冗談じゃないぜ!加齢臭の相手は校長だけで御免だっての!」

 ところが、由紀がもじもじしながら、その提案を援護する。


 「あたしも……達川さんのお祖父さんが居てくれたら安心です。」

 「ほらぁ、愛ちゃん。お願いしてよ。」

 「えぇえ~~」と明らかに嫌な顔をした。 


 その時、引き戸が何の前触れもなく開き、三人は驚きその方向を見る。

 「じ、爺ちゃん……何だよ急に。」

 「うむ、明日なんじゃが、やはり大人が付き添っておくべきだと思ってな。

 わしが付いていく事にした。」


 「本当ですかぁ」と喜ぶ二人をしり目に、達川が苦痛に歪んだ顔で突っ込む。

 「待て!ジジイ。タイミングが良すぎるぞ!廊下で盗み聞きしてやがったな!」

 爺さんは「ピシ」と達川の顔面にどら焼きを投げつけた。「ウガッ⁈」


 「じゃあ、そういう訳じゃから、二人とも、責任をもってわしが東京まで連れて行くからな。安心しなさい。」


 「はい!」「え~~~」二人と一人で正反対の感情が零れた。








 「ああ、よかったわぁ。

 小学生三人だけで東京までなんて、ママ心配だったのよ?」

 夜、今日決まった予定を話すと、母親と父親は、心底安心した表情を見せた。

 「いやぁ、さすがにパパとママもそんなに仕事を休めないからなぁ。

 大会はいつまであるんだい?」

 由紀は、リュックに明日の荷物を準備しながら父親に答える。


 「え~とね、代表は8つあって、一回戦だけ、二日に分けるみたいだから……優勝したら開会式の前日も併せて……六日間!」


 その言葉を聞き終えると、父親が勢いよく由紀を抱き上げる。

 「困るぅ~そんなに由紀に会えんと、パパ、困るぅ~」

 「ちょっと、パパぁ?いい加減にしないと、由紀に嫌われますよ?」

 母親が、包みの箱を持って由紀に手渡す。


 「これ、紅葉饅頭。新幹線で皆で食べてね?アイちゃんとエミちゃんと、お祖父さんにご迷惑お掛けしちゃ駄目よ?あと、知らない人にも付いていっちゃ駄目よ?何かあったら、ママに電話できるように、テレカ入れとくからね?あと、お金もいっぱい入れとくけど、無駄使いはしちゃ駄目、あと落とさないようにして……それから……」

 「ママぁ、そんなに覚えらんないよぉ。」


 由紀のうんざりした表情を見て、父親が笑う。

 「よぉし、じゃあ今日はパパとお風呂に入るか。」

 由紀はにっこりと微笑んだ

 「やだあ。」



――――――――――――



 「…………」

 「…………」新幹線内では、今までにない張り詰めた緊張感が漂っていた。

 「おーほっほっほ、庶民の乗り物もなかなかよろしいでは御座いません事よ~」

 そんな中、天真爛漫な声が一か所だけ響いている。 


 達川が明らかに、不愉快そうに片肘を付きながら苦言を弄す。

 「おい………なんであんたらも一緒に来てんだよ?

 というか……なんで、椅子の向きを変えて……向き合ってるんだよ?

 あぁ?佐竹! 」


 達川の隣に座っていた爺さんが、それを制するように佐竹に声を掛ける。

 「いやぁ、個人戦優勝おめでとう、佐竹君。昨日、わざわざ電話で報告してくれてありがとうの。」それを聞いて「ああ? 」と達川が更に機嫌を損ねる。


 「ジジイ、まさかいきなり一緒に行くって言ったのは……! 」

 「いえ、先生には直接ご報告したかったので……わざわざ有難うございます。」

 「おい、ジジイ、聞いてんのか⁈ 」


 そんな隣の席とは変わり、由紀たちの席で高月は天国を満喫していた。


 ――あ……あああぁ…何という事だろうか……!この高月竜太郎……真面目に生きたおよそ十二年間、遂に……遂に…報われる時が来たのですね……あああ~紅お嬢様……金色こんじきの髪がよく似合う、凛々しい顔立ちと、小学生読モ、顔負けのそのスタイル………。そして、向こう……ちっこい方も、たれ目のたぬき顔に、ゆるふわショートボブと、ゆるっゆるの、ほわっほわで、自分の需要をよく理解して、素材を生かしているぜ。そして、も一人のこいつ……忘れないぜ俺との対局の時の「羨ましいでしょ?」と凄んだあの瞳……!あぁあ、この齢で攻めの何たるかを理解してやがるぜぇ……ああ、どいつもこいつも急に俺に惚れないかな……――



 「竜太郎‼ 」


 「え??は、はいい‼ 」妄想夢から覚めた高月は飛び跳ねた。

 「何をボーっとしているのよ?先程から私が棋譜を出しなさい、と言っているのに……すぐに出しなさい‼ 」大急ぎで高月が、事前に漆畑が用意していた棋譜を取り出す。


 「それが、さっき言ってた? 」長谷川が尋ねる。


 「そう、これが……ん?ちょっと、竜太郎、そこに棋譜を広げたいから、貴方隣の席に移動なさい。ほら、向こうも佐竹の隣が空いているでしょう? 」 


 「げぇえ‼…………はい……畏まりましたぁ……お嬢様ぁ……」

 かくして、高月のハーレムボーナスは、十三分で終了となった。


 「わあぁ、すごぉい。」由紀がそう言うのも無理はない。


 すごい量の棋譜が、見やすいようにそれぞれ地方代表ごとにファイリングされている。


 「こ、これをわざわざ私たちの為に⁈」長谷川の言葉を聞き、漆畑が眉を上げる。


 「冗談じゃ御座いませんわ!これは、個人戦で出場する佐竹の為に。貴女がた庶民たちには、絶対に真似できない漆畑家の力を見せつける為の、云わば嫌がらせですわ! 」


 その言葉を無視して長谷川が棋譜を捲る……


 「へぇえぇ~~、でも……これ、ぜーんぶ、団体戦のデータだよ? 」


 「うぬっ⁈⁈ 」その反応に、にやあっと長谷川が笑う。


 「やっさっしーんだねー、漆畑さーーーん。」


 「な、なななななな。

 庶民無勢が、この漆畑紅に、ななななんとぶぶぶぶ無礼な‼ 」


 ――ああ、いいなあ、向こうの席……楽しそうだなぁ――


 「と、ととととにかく‼貴女たちが全国大会で無様に負ければ‼地方大会で敗れた私達『棋王会』の恥になるのですわ‼ちゃんと、相手の研究をして‼万全に備えなさいいいわね⁉ 」

 赤面した漆畑の叫びが新幹線に木霊した。

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