第二十五手 変化する周囲。変わらぬ日常。

 二日後の朝。


 由紀達三人は、思いもしなかった舞台に立っていた。

 地方大会優勝を受け、由紀たちの通う小学校が急きょ激励会として、登校日を設けたのだ。


 「え~~~ですから、皆さん。この、全国の強豪たちに立ち向かう三名に……」

 校長先生の長いテンプレのような、有難いお言葉が流れる中、由紀と長谷川は、700名を超える生徒の視線に耐えられず、ずっと足もとに目を落としていた。達川は、面白くなさそうに、ただ、空を眺めている。


 「え~~~~ですのでっ、勇敢な三名の武運を祈って、皆さん拍手っで、見送りましょう。はい!拍手っう。」途端、全校生徒から大きな拍手が起こる。


 その光景に、由紀の胸は……不思議と、おどった。


 教室に戻っても、由紀に対する周囲の様子は、以前と違っていた。今まで会話もしなかった男子女子が、様々な質問を投げかけてきて、由紀は戸惑うばかりであった。


 「ねぇ?全国大会って、東京なんでしょ?お土産買ってきてよ?」

 「サインちょうだいよサイン‼

 すっげーな、苫米地さん、プロになれるんじゃないの?」

 「ひょっとして、テレビで阿南あなんさんと戦ったりすんの⁉」


 由紀は、そんな中「ちらり」と窓際の席に目を向ける。


 ――高木君――


 高木は、由紀と目が合うと、すぐに窓に目を背けてしまった。

 その態度をみて、由紀は悲しい気持ちになり、もじもじと俯いてしまう。


 急きょの登校日なので、掃除もなく、ホームルームが終ると、即解散となった。

 廊下が、混む中、由紀は教室で、二人を待っていた。


 「あっ、いたいたぁ。由紀ちゃんお待たせぇ~。」

 長谷川だけが、相変わらず安心するような声質で教室に入ってきた。

 「あれ?達川さんは?」

 その由紀の問いかけに、「ぷぷぷ」と頬を膨らませ長谷川が耳元に近づいてくる。

 「愛ちゃんねぇ、なんか校長先生にすんごい興味を持たれちゃったみたいでね?この後、先生からのお願いで、接待対局する事になっちゃったの~」


 「そ、それは……大変ですね……」

 「ねー」と言いながらも長谷川の表情は、嬉しそうでいけない。


 「おい、苫米地……ちょっといいか?」

 「え?」二人は驚き、声の方を見る。高木だ。あの高木が立っていた。

 「な、なあに?高木君……」由紀の声がうわずる。


 長谷川が気付くと、教室にはいつの間にか自分たち三人しか居なかった。先ほどまで賑わっていた廊下もすっかりと人気が無くなっている。


 「むふ」長谷川の乙女レーダーがこの状況を推測する。

 「ゆっきちゃーん、じゃあお昼に愛ちゃんちでねー。」一緒に下校する約束だったのに、長谷川はそう言うと、漫画の様に足を渦巻きみたいに回転させ、教室から出て行った。


 ――どうしよう!長谷川さんが張り切ってると、嫌な予感しかしない!――


 「あのよ、苫米地…」

 「ビクーー」と背筋に鉄骨が入ったように、身体が伸びる。


 「なななななな。何?高木君……!」

 「これ。」

 「?」高木から手渡されたのは、無造作に破かれたようなノートの切れ端だ。


 そこに、何か落書きの様なものが書いてある。

 「????」――な、なんだろ?これ?――


 「すげぇな、苫米地ぃ、全国大会とか。」

 「へ??ああ、ううん。達川さんとか、長谷川さんのお蔭だから……」

 「俺もさ、お前に負けないように、今度こそサッカーではJリーガーになるからよ。」

 「う……うん?」「サインを交換しようぜ。」

 「へ??」「そんでよ、どっちのサインが先に価値が出るか……競争だ。」


 由紀の頭が?でいっぱいだ。唐突すぎてその言葉の真意がわからない。


 「え……と?」「だからさ、俺の将来価値が出るサインを特別にお前にやる!」


 「あ……」――これ、サインだったんだ……――


 「ほら、苫米地……お前も寄こせ。」高木が落書きだらけの自由帳を取り出し未使用のページを広げた。


 「きゅ、急に言われても……」「いいから」由紀は、恐る恐るそのページに『苫米地由紀』と書き込んだ。きっと彼女は押しに弱い女性になってしまうだろう。


 「よし、じゃあこっから競走開始な!」高木は、とっとと教室を出て行ってしまった。

 ――へ?それだけ?――「ちょっ……高木君……」


 誰も居ない教室に空しくその呼び声が流れる。


 ――男の子って……意味わかんないよぉ…仲直り…出来たの?――




―――――――



 「おおおおおおおおーーーーい。由紀いいいいいいい。」

 明日の予定を立てるため、達川の家にやってきた由紀を迎えたのは、大興奮した達川だった。


 「おい!おい!男子に告られたってマジ??マジ??誰??誰々?? 」

 デリカシーの欠片もない発言である。


 由紀は顔を真っ赤にして否定する。

 「こ、告られてませんってば。」

 「はぁ~~~?絵美菜がそう言ようたぞ?」

 こそこそと、ある人影が二人から距離を取ろうとしていた。

 「ちょっと!長谷川さん!」



 「いやぁ、由紀ちゃんごめんごめん。でも、あんな雰囲気だったら、どう考えても、告白しかないじゃん?」

 じろりと涙ぐんだ瞳で長谷川を睨む。


 「だからって、何で達川さんに報告する必要があるんですか?」


 その言葉を聞くと同時に達川が少女漫画の様に可憐に倒れ、それを美少年ばりに長谷川が受け止めた。

 「うう……そうね。

 うちなんてあんたの人生から見たら、そんなちっぽけな存在なのね。」


 「由紀ちゃん!ひどい!友達に内緒ごとなんて!私、出来ないよ! 」


 「…………」冷ややかな視線を浮かべ「はいはい、もういいです。」と冷静に返した。

 その様子を二人は暫く見つめ、立ち上がる。


 「あ~あ、昔はむきになって可愛いとこあったのにな、うちの由紀は。」


 「由紀ちゃん……経験者そう言う事になっちゃったのね……」

 由紀は、更に顔を真っ赤にして叫ぶ



 「もう!そんな事より、早く、明日の予定をたてましょうよ! 」

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