第十八手 可憐なり、その者の名は漆畑 紅

 食券自販機で、由紀が財布を開いていると、土生が「いいよ、好きなの食べな」と、千円札を入れてくれた。達川と長谷川もこれには感動したようで、三人は嬉々して礼を言った。


 「いやー、なかなか土生ちゃんも男前な所あんじゃんよー」大盛りのカツカレーをトレイに乗せ、達川がテーブルに座る。既に座って待っていた由紀と長谷川は、目の前に親子丼を置いている。


 「おいおい、愛ちゃんそんなに食ったら太るよ。」その少し後に、ラーメンを持って土生が座る。


 「よしゃ、皆揃ったし、食おうぜ……ぇ?」

 達川の目の前が影になったので、思わずその先を見る。


 「佐……佐竹……!」

 「相変わらず、よく食うな……愛子」

 眼鏡を中指で戻しながら彼はそう、達川に言った。


 「てんめぇ、何の用だ?スパイ活動にでも来やがったか?」

 佐竹は、そんな達川を相手にもせず、土生の方を向く。


 「ご無沙汰しています。土生先生。」

 土生も、持っていた割り箸を置き、立ち上がって優しい表情を浮かべる。

 「うん、佐竹君も頑張ってるな。東京の僕の所まで、噂が来てるよ。」

 「いえ、僕など……まだまだです。早く土生先生の様に強い棋士になりたいです。」


 すると、遠くから勢いよく走ってくる影が見えた。フリフリと揺れる金色の頭髪で、誰だかは一発で分かった。

 「ちょっと、佐竹⁉貴方、敵と何を和やかに話してるの‼ 」

 「………土生先生、失礼します。」漆畑から逃げる様に足早に佐竹は去った。

 「ちょっ、まだ話は‼………まぁいいわ……それよりも、達川さん‼ 」

 鼻息の荒い声で怒鳴られて、達川はうんざりした目を向ける。


 「なんだよぉ、飯が冷めちまうだろ? 」

 「貴女‼個人戦はおろか‼団体戦でも私との勝負を避けて、副将にエントリーしているそうですわね‼ふんっ、貴女がここまでの臆病者だとは思いもよらなかったですわ。」

 達川は、そんな言葉も意に介さず、カツカレーを口いっぱいに頬張る。


 「くっ……、まぁいいですわ、せいぜい頑張って勝ち上がっておいでなさい。決勝の舞台では昨年以上の辱しめを味あわせますわ。」


 そう言って後ろを向く漆畑を打って変わり達川が引き止める。

 「待ちな、お嬢‼あんたらもポカなんかせずに、きっちり上がって来いよ⁉……それとなぁ……‼ 」隣にいた由紀の肩を思いっきり引き寄せる。


 「あんた、うちばっか見てて相手のこいつの事を全然見てねぇな……油断してっと……こいつは、あんたを喰っちまうぜ‼何たって(六枚落ちの)うちにも勝った実力者だからな‼」


 「な⁈」「‼」その言葉は、さらに離れていた佐竹すらも驚かせたが、一番驚いたのは由紀であろう。


 「ふ……おーほっほっほっほっほ、面白いですわ‼御チビ‼名乗りなさい‼ですわ。」

 達川がゆっくりと力を緩め、由紀を離す。


 「と、苫米地由紀です。」

 「苫米地 由紀……覚えましたわ……いいでしょう。この漆畑家8代目当主(予定)の漆畑紅がお相手いたしますわ‼覚悟なさい。」


 「おーほほほっほっほ」と高笑いを入れながら今度こそ漆畑は去って行った。



 「ひ、ひどいですよ達川さん。急にあんなことするなんて!」

 「そうか?一試合目とか、見てたらお前も、絵美菜も相当レベルアップしてたよ?正直、お嬢にも、劣ってなんかないと、うちは、正直に思ったのさ。」

 長谷川がその言葉に「キュウ」と下唇を噛む。


 「それに……心配すんな、あの眼鏡とデヴゥをうちと絵美菜が倒せば問題ない。なぁ?土生ちゃん。そうじゃろ?」

 土生は、すっかりとのびたラーメンを啜っていたので、慌てて飲み込んだ。


 「う、うん。ごめんね、色々有って話せんかったけど、三人とも強くなっとるけど、特に、クマちゃんと由紀ちゃんの伸びしろには、正直驚いたよ。それと……改めて、公式戦初勝利おめでとう、二人とも。」


 「あ、ありがとう土生ちゃん……三回戦も……頑張るね。」

 長谷川は、やや硬い表情で微笑む。









 「紅お嬢様‼どうぞ‼大好物のウナギの肝焼きでございますよ。」


 会場駐車場にて、キッチン付の巨大キャンピングカーを従えテラスチェアーにサングラスといった風貌で漆畑は休憩を堪能していた。

 「ご苦労様、竜太郎りゅうたろう。あとで、イチゴ……甘杉王も持ってきて頂戴。」


 すると、顔を真っ赤にして喜び、小太りの男子は「畏まりましたーー」とキャンピングカーに駆けて行った。


 「相変わらずに、親の脛に甘えきった贅沢の限りだな。」

 木陰から、サンドイッチを齧りながら佐竹が皮肉を口にした。

 「選ばれし者……永遠の勝者……漆畑紅にこそ許された権利で御座いますわよ。貴方にも特別に、味あわせてあげているのだから、感謝の言葉が聞きたいわね。佐竹。」


 「愛子は自分が負けたなどと嘘で言えるような気性はしていない。油断していると、あの女子に寝首をかかれるぞ。」


 「ふふふ、佐竹、貴方こそ彼女らと戦うには、まだ二組、別に相手がいることを忘れているのではなくて?心配なさらないでも、彼女らが決勝の相手だろうと何だろうと、慢心は致しませんわ……今年こそ……全国に棋王会の名を知らしめる事こそが私の使命です事よ。」


 「紅お嬢様~~、甘杉王です~。」

 竜太郎と呼ばれた男子が、両手いっぱいに夏場とは思えないほど瑞々しく真っ赤に彩られたイチゴを持ってきた。


 「む?何だ佐竹、貴様、紅お嬢様に無礼を働いていたのではあるまいな。」

 二人の様子に、不信感を感じた高月が、キッと佐竹を睨みつけた。


 「馬鹿な事を言うな。高月。君こそポカはよしてくれよ。唯でさえうちはシードで実戦感覚が空くから、先鋒だからと言って、いつまでも漆畑さんと僕に頼ってもらっては困るぞ。」


 そう言われると、明らかに不機嫌そうになり高月は、そっぽを向いてしまう。


 「およしなさい。二人とも。それよりも、そろそろ三回戦の時間ではなくて?さぁ、頭を切り替えなさい。棋王会は強くあれ……ですことよ。」


 「ふん」

 ――さっきまでおちゃらけた空気だったのに、一気に表情が引き締まり、チームの士気が高まった……このカリスマ性が、唯の我儘お嬢様で無い所以……か――



 「さぁ、参りますわよ。棋王会。」

 金色の髪が、夏の陽に反射し、美しく輝いた。

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