第十七手 地方予選開始

 開会式で、由紀は驚く。会場には自分と同学年くらいの子どもで溢れかえっていたからだ。

 ――この子たち皆……将棋指すんだ……

 学校では……高木君くらいしか自分から指す子なんて居なかったのに――

 由紀は、その沢山の子どもたちに不思議な共有感を感じた。


 開会式の途中、職員らしき人に番号カードを渡される。開会式が終ると、そのカードに書かれたアルファベット、数字と、同じ番号が書いてある席に向かう。そこが予選の一回戦の場所となるのだ。


 「A―13か。ラッキー、近い所だからトイレに行く余裕もあるな。よしっ、ちょっくら行っとくか。」


 「うん、いざとなれば対局中も制限時間以内なら退席して行けるけど……先に行っとく方がいいよ、由紀ちゃん、クマちゃんも……対局場には先に僕が行っておこう。」


 女子トイレは、男子トイレに比べれば思ったよりすいていた。そもそもBブロックになれば、棟を移動しなければならないので、行く暇も無いという事もある。

 しかし、何故か彼女は居た。


 「うげっ⁈達川愛子⁈」

 「あ、あんた。お嬢?」

 「しーん」とした空気の中、達川は「ふふん」と笑う。


 「まさか、あんたらもAブロックとはな……どうやらぶつかるのは、早めになりそうだな……」指をボリボリ鳴らして達川は凄む。


 「おーほほほほ、残念でしたわね私は、栄誉あるBブロックですわ。私と戦うには、決勝まで勝ち上がって及ばせ……おーほっほほ。」

 華麗に金色の髪をサラーっと靡かせて、高らかに笑う。


 達川が驚いたように、呆れたように目を丸くした。

 「お前……Bブロックの会場……隣の棟まで行かにゃあいけんけ……ここで、ゆっくりしょうたら、間に合わんぞ⁉ 」それと同時に女子トイレの外からも声がかかる。


 「漆畑さん‼急いで‼シードだからって、遅刻はできないんだよ! 」

 ようやく事態を察した漆畑は「覚えておきなさいよ⁉ 」と何故か捨て台詞を残して漫画のように立ち去って行った。


 「やれやれ」「愛ちゃんも、急がないと遅れるよー」長谷川と由紀は既に済ませて、出て行くところだった。「ちょ、ちょいっ待って。絵美菜‼由紀‼置いてかんでや‼ 」


 一回戦のテーブルに向かうと、既に相手は席に着いていた。そのテーブルには、4組の対局場が設けられており、一人大会職員がついている。勝敗が決せばそちらに報告に行くシステムで、その後、勝ち残った2組がそのままそこに残り二回戦を行う。つまり、負ければ場を勝者に譲らなければならない過酷で残酷なルールである


 由紀は、対局のその場を見る。折り畳みの将棋盤に、プラスチックの駒が並んでおり、左脇に時計の様なものが置いてある。


 ――これが……対局時計か。

 達川さんに聞いてた通りだ、近くの方のボタンを押せばいいのね――


 「それでは、Aブロック11番対12番、13番対14番。振り駒にて、先手後手を決めてください。」


 一回の勝負で決着を付けるため、予選ではこの振り駒の時点で勝負は始まっていると言って過言ではない。由紀は、振り側を相手に委ねた。結果は……「金」面が4枚。由紀の先手であった。これは由紀にとって大きく有利に動く。


 「それでは、持ち時間30分。対局を開始してください‼」







 決着は、あっという間についた。由紀たちは初戦、二回戦を危なげなく突破した。二回戦目で由紀が敗れはしたものの、長谷川と達川の棋力は相手のそれを遥かに上回っていた。


 「いや~、強くなったとは聞いていたけど……三人とも、予想以上だったよ。特に由紀ちゃん。二回戦は惜しかったけど、一回戦の居飛車からの速攻は見事だったね。クマちゃんも、見事穴熊に頼らず、堅実な将棋が出来ていたと思うよ。」


 「あの……」由紀が手を挙げ質問する。

 「あと、何回勝てばよいのでしょうか?」

 達川がずいと、前に出る。


 「Aブロックが14組だから……今残ってるのが、クジでシードを引いた1番と10番、んで勝ち上がったうちら13番と、別室で指してるところの勝ち上がったところだから……あと、二回勝てば、Bブロックの勝者と決勝だ。」


 「じゃあ、あと……」「全部で三回……」由紀と長谷川が言葉を揃える。

 「そんな先の事よりも、由紀ちゃん、クマちゃん。公式戦、初勝利、おめでとう。」


 土生がにこにこしながら、二人の頭を撫でる。

 「あ……そうか……勝負に夢中で、忘れてたわ。」達川が言う様に、実は当の二人もその事をすっかりと忘れていた。


 「さて、積もる話もありますが、3回戦は、昼休憩の後だ。今の内に、腹ごしらえと行こうよ。正直、僕はもうぺこぺこだ。」土生が腹を押さえ、項垂れるような表情をした。


 「土生ちゃん……何もしてないじゃん。まぁいいや、ここの食堂レストラン、なかなか美味いんだよねー、よし、じゃあ絵美菜、由紀、行くか。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る