第十六手 その名は広島中央棋王会

 「あ、あたしが大将⁈な、何でですか? 」

慌てふためく由紀の肩に手を置き、達川が答える。


 「それはな?由紀、お前の精神的負担を軽減する為だ。」

 理解できない由紀に土生が助け舟を出す。


 「つまり、うちは普通ポイントゲッターが座る大将を由紀ちゃんにして、隙のある先鋒と副将で、勝利をさらおうって事だね。」


 「よーするにだ、由紀。お前は勝ちを意識せず、好きなように指せ。大将ってんは実力者の集まりだ。勝てないとしても、その棋譜はきっとお前を成長させる価値が生まれる。」


 「そ、そうか、お二人が勝ったら、あたしは指さなくても……いいんですか?」


 「いんや、残念だけど、大会ルールは3人が一辺に指すんだ……お、そうだ。時計もあるから、押し忘れには充分注意しろ?三十分を使ったら、次の一手からは三十秒以内に指さなきゃならなくなるから、時間は絶対に無駄にするな。」

 そこまで行って、四人は車から降りて会場に向かう。


 「う……うわぁぁぁ……」由紀から思わずため息が漏れる。

 「すげぇ、人だろ?小学生の将棋大会にもこんだけ人が集まるんだぜ?」

 「夏休みで、カープの試合もあるからね、そういった人も混ざってて、余計多く居る様に見えるね。」 土生が、達川の言葉を補完する。


 「あ~~ら、なにやら線香の芳香がすると思ったら……達川さんじゃ御座いませんことぉ?」

 その言葉を聞き「ち」と舌打ちをして、達川が声の方向に振り向く。三人もその後に続いてその方向を見る。


 「ご機嫌麗しゅう。将棋教室の皆様。」そう言うのは、長谷川と同じくらいの背丈だが、まるで少女漫画から出てきたのではないかと言うほどの見事な金髪のカールした髪、真っ白いフリルのドレスに、日傘をさしたモデルの様な顔立ちの少女が居た。


 「ご機嫌麗しゅう。漆畑のお嬢様ぁ。」睨みを効かせながら、達川がじりじりと近づくが、向こうも負けず、おでこに達川の顎がぶつかりそうな程近づく。


 「聞きました話ですと……今年は、私に恐れをなして個人戦を辞退したとか?」

 「ふん、寝言は寝て言え。去年二回戦で速攻消してやったのを忘れたんか?」

 漆畑と呼ばれた少女は、下唇を噛み、怒りの表情で見上げる。


 「漆畑さん。そこまでだ。」そういうと、後ろから達川に並ぶほどの大きな男子が漆畑を止めた。その後ろから「紅お嬢様~、だいじょうぶですかぁ?」と肉付のいい男子も続き現れる。「ふん……まぁ、いいですわ去年の個人戦の借りは、今年の団体戦にて、ストレートの完全勝利で返させて頂きます事よ。」


 しかし、達川にもうそんな言葉は聞こえていなかった。


 「拓也……」「愛子……久しぶりだな……でかくなった……」

 漆畑を抑えている、眼鏡の長身男子が、そう達川の呼びかけに返した。その時、漆畑が後ろで立ち尽くしていた長谷川に気付く。

 「あ~~ら、昨年、一回戦でボッコボコにして差し上げた、穴熊使いのさんじゃ御座いませんか。身の程を弁えずにまた来られたのですね?おっほっほっほほ。」


 その言葉を聞き、達川が鬼の様な表情で漆畑に迫る。拓也と呼ばれた男子と、ぽっちゃりした男子が漆畑を庇う様に前に出るが、達川の前進を止めたのは、長谷川であった。


 「漆畑さん!私も‼愛ちゃんも‼去年とは違うから!負けないから!」


 その言葉に、強い決意と気迫が籠る。思わず一歩引いた漆畑は、その事実に眉を吊り上げると、詰め寄ろうと、前進した。その時であった。


 「何をしとる、お前ら………おぉ、土生先生。これはこれは本業をお休みされているのにまさか、こんな所でお会いするとは……」嫌味ったらしい顔で初老の男性が漆畑たちの背後からやって来てそう言った。


 「是非、来月の復帰戦では、お休みの成果を御見せ出来ればと思いますよ。植村うえむら先生。」

 それは、初めて見る土生の凄んだ表情であった。

 由紀は、ただただ、関係も、事の訳も分からず、その行方を後ろでおろおろと見守る事しか出来ない。


 「土生ちゃん‼構ってないで受け付け済まそうよ。」

 達川のその言葉で、土生が正気に戻る。

 大人たちのいきり立つ姿に、子どもたちの方が冷静さを取り戻していた。もう、既に達川たち三人は、会場の受付の方に歩き出していた。


 「お……驚きましたよ……皆さん殺気立って……」会場で受け付けを済まして、四人は休憩スペースのベンチに腰掛け、時間を待つ。

 「あぁ、あいつらとは、何でか知らんが色々と因縁があるんだよ。」

 そう言うと、缶ジュースを一口飲んで達川が話し始める。


 「奴らは『広島中央棋王会ひろしまちゅうおうきおうかい』市内で一番大きな将棋道場で、漆畑八段と、漆畑元女流名人が開いている名門なんだ。んで、うちに絡んできた、あの勘違いパツ金お嬢が、その一人娘。漆畑 べにだ。まぁ……プロの子どもってだけあって、うちと同等位の実力者だな。」


 「え」と由紀が驚く「でも、去年勝ったって……」


 「運が良かったんだよ、まぁ、そう言っちゃうと調子に乗るやつだからな。あいつは調子に乗せると厄介なんだ。そんで……後ろに居たのが佐竹さたけ 拓也たくや。去年の地方予選個人の優勝者だよ。あ、因みに団体戦もあいつらが去年、優勝してる。間違いなくこの二人を有しているここが、優勝候補として頭一つ抜けているだろうな。そもそもプロに手ほどきを常時受けている参加者なんて、こいつ等くらいだからな。」


 「あの……もう一人の太った人は……」


 「………絵美菜…、あんなのいたっけ?」由紀の言葉に一気に気の抜けた表情で長谷川に尋ねる。

 「う~~ん、わかんない。」

 「ま、頭数合わせだろ。それか、あのお嬢の忠実なシモベかな。気にスンナ。」

 「因みにな」達川が由紀の耳元に顔を近づけ、極端に声の音量を下げる。


 「あっちに引率で付いてたジジイも、プロ棋士でな。漆畑門下の植村七段ってんだけど……土生ちゃんら若手に偉そうに威張り散らしてて、非常に仲が悪い。」


 確かに、あんなに、凄む土生を由紀は初めて見たので、驚いた。


 その視線に気付いてか、気付かまいでか、気を取り直すと、土生が三人に気合を入れる様に言い放った。 

 「さあ、愛ちゃん、皆。もうすぐ開会式と抽選会だ。会場に向かおう。」

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