第六手 小さな絆
三人の座ったテーブルに、爺さん特製のキンキンに冷えた麦茶と、特別にどら焼きが置かれていた。
「あの、くそじじい。なんて解りやすいんだ。」
言葉は乱暴だが、嬉しそうにどら焼きに齧り付きながら話す達川の顔も小学生のそれであった。
「由紀ちゃんは、大人の男の人が好きなんだね。」
にっこりと長谷川が由紀に微笑む。
「え?いや、青森のお祖父ちゃんとか、岡山の苫米地のお祖父ちゃんと、比べると、すごく若くて、大きくて……パパ……みたいだったから……」
もじもじと答える。由紀の姿を見て達川が「フフン」と笑う。
「パパ…………ねぇ……あんた、ガキ丸出しのファザコン?」
にやにやしながら見つめてくるその視線に、由紀はいらつきを覚えた。
「かわゆいねぇ、由紀ちゃあん。」
にっこにっこしながら「ギュウ」とぬいぐるみを抱きしめるように、長谷川が由紀を包む。
「ふわぁ。」母親よりもいい匂いがする長谷川の髪に、由紀はくらくらした。
「あ~~~、もういい加減にしろ。将棋するぞ将棋‼」
齧りかけのどら焼きを口に放り込むと、達川が将棋盤に駒を一斉にぶちまける。
「パチン」「パチン」と駒を並べる手つきは手際がよく、由紀には美しく見えた。
ものの数秒で準備が整うと「じゃあ、絵美菜。あんた相手してみろ。」と言って、用意した盤の前を長谷川に譲る。
「ほれ、あの日の時みたいに、あいつと打ってみな。」
突然の提案に由紀は驚いた。
「え?え?あたし……見学じゃなかったんですか?」
ポカンと口を開けて、達川が由紀を見続ける。
「イケねっ。」
「え?愛ちゃん、ちゃんと伝えてなかったの?」
「え?え?」由紀は、キョロキョロと達川と長谷川を交互に見ておろおろとする。
急に「ガッ」と達川が由紀の肩を抱き寄せる。
「ごめんなぁ、あの将棋を真面目にやってる人が一杯居るって、話……あれ、嘘なんだわ。メンゴッ!」
「え?えええええ、じゃあ、あたし何のために来たんですか?」
「……何のため?将棋するために決まってんじゃん。」
「あ、あたし、将棋なんかあんまり知らないし……弱いし……」
「……はぁ?」
今度は、力いっぱい由紀の両肩を握る。
「痛っ。」
「何か?うちは将棋も知らん、ド素人に負けたって言うのか?あんたはっ! 」
「愛ちゃん!ダメッ。」
慌てて、長谷川が止めに入る。
由紀を抱きしめて、頭をなでる。もう由紀は泣いてしまいそうだ。
「でもね、由紀ちゃん。愛ちゃんを許してあげて……愛ちゃんね、すっごく嬉しかったんだよ?だって、由紀ちゃん、とっても将棋が強くてね?大人の人でも勝てない人が多いのに、自分より年下の、しかも女の子が勝ったって。すごく喜んで私に話してくれたんだよ? 」
ゆっくりと撫でられるリズムに合わせて、由紀も落ち着いてきた。
「ほら?将棋って。私たちくらいの子って、やってる子全然少ないの。だから、きっと考えてるよりも、愛ちゃんはあなたを認めてるんだよ?」
ようやく落ち着いた頃合いを見計らい、長谷川が、由紀を離す。
「将棋は嫌い?由紀ちゃん。」
由紀は、その言葉で今までの事を思い出していた。友達のいなかった自分と高木を繋げてくれた将棋という物。しかし高木との別れも将棋であった。由紀は、答えを見つけられず、沈黙した。
「私は好き。ほら、だって将棋のおかげで、愛ちゃんと由紀ちゃんと友達になれたもん。」
「え……」
「そうだよ?だから……ほら、一緒に将棋しよ?愛ちゃんもね、ずっとずっと将棋が出来るお友達を探してたんだよ……愛ちゃん、あんな性格だから、きっと悲しい事もあったと思う。それでもね?将棋が指せる子がいるって聞いたら、何が何でも会いに行くし。
ほら、それは由紀ちゃんも知ってるよね?ふふふ。」
長谷川は、立ち上がると後ろを向いてる達川の方へ向かう。
「愛ちゃん?上級生の方から言わないと? 」
「………」
達川がサッと振り向き、由紀の方に近づき「バッ」と右手を出した。
「………?? 」由紀はこれが何を意味してるのか解らなかった。
「……ちっ、何で解んないかな……」聞こえない呟きを達川が口にする。
「悪かったよ。あんたと一緒に、将棋がしたいんだ!絵美菜と…………ぁと、ぅちとも……友達に……なってくれよ……」
由紀は、高木に声をかけてもらえるまで、ずっと一人でいた時を思い出していた。ただただ本を読んで時間を潰すあの日々、思い出す。あの本のつづり。
達川の右手をその小さな右手が……重なる。
「よし、今日からうちらは、友達だぞ。」
――あ~、うちってばこんなキャラじゃないのに……まぁ、この子は大会の戦力として必要だし……まぁ、絵美菜もいるし、上手くやってくか――
「はぁい、じゃあ由紀ちゃん。友達になった記念に私と、指しましょう?」
「は、はい。でも、あたし本当に弱いですよ。」
「由紀ちゃん……?愛ちゃんに勝ったんだよね?」
「で、でも、あれは達川さんにハンデを頂いたから……」
「ふぅ。」達川がため息をつく。
「由紀ちゃん。愛ちゃんが将棋で有名なことは聞いたんだったよね?」
「は、はい。」
「この教室、今は子どもは私たちだけなの、他は大人の人しかいないの。」
「は、はぁ……」
「その人たちの中でも、愛ちゃんの6枚落ちに勝てる人って数えるくらいだよ?」
「……え……ええええええええ⁉」
余りに、大声だったので、周囲の老人たちも振り返った。
長谷川が「何でもないですぅ、ごめんなさいーい」とすかさずフォローを入れる。
「ちょっとは、自覚が出たか?あんたはな?6枚落ちではあったが、中国地方小学生2位のうちに勝ったんよ?自称初心者のあんたがね。」
長谷川が、また由紀の方を向き、口を開く。
「愛ちゃんのお爺ちゃんも、アマチュア将棋でかなり有名な人でね?プロになった人もお爺ちゃんに教えてもらった事が、あるんだよ。そんな人に言葉使いより先くらいに将棋を教わってたんだから、それは、もう。」
ようやく、由紀は達川愛子という人物が、広島の将棋界でどれほどの大きさかを、理解した。
「あ~~、これが柔道とか?サッカーとかだと、あんたみたいな文学女子でも知っててもらえるんだろうけどね?まぁ、そういう事よ。」
「なんで……あたし……勝てたんだろう……」
「? あんた、自覚がないの?」
「へ?」
「まぁ、いいわ絵美菜と指しんさい。そしたら、すぐわかるけん。」
かくして、長谷川絵美菜との対局が始まった。
ルールは、互いに平手。先手は長谷川がゆずる形で由紀が取った。
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