第7話 最後の配達
「ミカエル…?
何かあったの?」
次の配達先へのプレゼントを取りに橇に戻ってきたミカベルに、ラファエルが声をかけた。
「いや…。さすがにちょっと疲れてきただけだよ。」
「やっぱり私も手伝うよ?」
「あとちょっとだから、大丈夫」
ミカベルはできるだけラファエルを心配させないように、笑顔を作りながらプレゼントを白い袋に詰め込む。
「これで今日の配達分は全部ね」
「それじゃ、最後の配達に行ってくるよ」
「うん。がんばって!」
ミカベルは、重苦しい気持ちを吐き出すようにふぅーっと深く息を吐くと、袋を肩に担いで下に降りていった。
最後に残された地区は、いわゆるストリートチルドレンと呼ばれる子ども達が多く集まる場所だった。
もはや家という最低限の体裁すら整っていない小屋の中に、数人から十数人の子ども達が寝ている。
足を伸ばして寝るスペースなどないし、固まって寝ないと寒さをしのげない。
皆膝を折り曲げて背中を丸め、震えながら眠りについている。
この子達へのプレゼントは綿入りのジャンパーや手袋などの防寒着だ。
凍えて眠る子ども達に毛布を与えてやりたいけれど、プレゼント以外の施しをするのは規定違反だ。
せめて、今すぐにでも包みを開けて着させてやりたい。
いつもの年ならば、ミカベルはそっとその場を離れるのに、今年はそうはできなかった。
小屋の隅に落ちていたライターを手に取ると、コトン、と床に落とす。
その音で、眠っていた一人が目を覚ました。
上半身を起こして、小屋の隅に山積みにされたプレゼントを見つけると、
「おい!みんな!サンタクロースが来たぞ!プレゼントだ!」
と歓喜の声で皆を起こした。
慌てて飛び起き、夢中で包みを開ける子ども達。
真新しいジャンパーに袖を通し、マフラーを首に巻いて嬉しそうに微笑み合う。
寒さに晒されていた子ども達の真っ赤な頬に喜びの色が滲むのを見届けると、ミカベルはそっと小屋の外に出た。
そんな風に、親のいない子ども達へのプレゼントもほとんど配り終え、白い袋の中のプレゼントは残り二つ。
あの兄妹の分だ。
今年も彼らはあの場所にいるのだろうか。
ミカベルがスラム街の端に向かう途中で、空からぽつり、ぽつり、と水滴が落ちてきた。
雪になりきらない、冷たい雨。
天界から来ているミカベル達は濡れない。
けれどもあの子達は、雨を避けるためにいつもの場所から移動してしまうかもしれない。
見失う前に見つけなければ──。
ミカベルは走った。
雨粒は大きな水滴から、小さな粒へと変わり、しとしとと絹糸のように降り出した。
スラム街の端。
雑木林の手前に立つ、古い木造の祠の軒先に、寄り添う小さな影が二つ。
「カク!ヨム!」
聞こえるわけはないのに、ミカベルは思わず兄妹の名前を呼んで駆け寄った。
7歳の兄カクと5歳の妹ヨムもまた貧しさから親に見捨てられたストリートチルドレンだった。
3年前まで、彼らは小屋に住んでいるあるグループの中に混じって生活していたが、栄養失調と寒さのためにヨムが足を悪くして日常生活がままならなくなり、足でまといになったがためにグループからも追い出された。
それから二人は、雨の日以外はいつもこの祠の軒先を住処としていて、カクが空き缶を拾い集めて換金し、わずかな食糧を二人で分け合って食いつないできた。
カクは一昨年にミカベルが届けた綿入りジャンパーを、汚れて穴が開き、つんつるてんになったまま着込んでいる。
ヨムはさすがに一昨年のものは着れなくなったのだろうか、秋口に羽織るような薄手のボロボロのジャンパーを2枚重ねていた。
昨年も今年も、彼らの望むプレゼントはパンとスープだった。
それだけ毎日の食べる物にも困っているのだろう。
スープが冷めないうちに食べさせてやりたいと、ミカベルはあえて彼らの配達を毎年一番最後の夜明け近くに回しているのだった。
今年のプレゼントには、ミカベルの裁量でこっそりキャンディをつけることにしている。
それで少しでも幸せな気持ちになってくれたら──。
「カク…ヨム…?」
パンとスープ、そして10粒のキャンディを彼らの傍らに置こうとしたとき。
ミカベルは彼らの寝息がいつもと違うことに気がついた。
深い、けれども弱々しい。
そして、呼吸と呼吸の間が随分あいている。
彼らの頬や首筋を触る。
陶器のような冷たさ。
もはや震えることすらしていない体。
「ああっ!駄目だ!」
ミカベルは思わず叫んだ。
「こんなところにいて濡れちゃいけない!」
ミカベルは二人を抱きかかえるようにして自分の温もりを分け与え、空を仰いだ。
「ラファエル!アゴト!キルステン!」
程なくして、トナカイについた鈴の音がシャンシャンと聞こえてきた。
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