第5話 ラファエルのお手伝い

 ミカベルは夜空に橇を滑らせる。

 ところどころに橇を止めては、幾つかのプレゼントを白い大きな袋に詰めて肩に担ぎ、家々の壁を通り抜けて子供たちの枕元へプレゼントを置いていく。

 ミカベルが橇を降りている間、ラファエルはアゴトの体調をチェックし、次にミカベルが配達するプレゼントの山をリストで確認し、橇の手前に寄せておく。

 橇に残ったプレゼントが残り20個ほどになった時点で、ラファエルが備え付けの無線で転送センターに連絡する。

 しばらくすると、橇の荷台には新たに500個ほどのプレゼントが転送されてくる。

 ラファエルのサポートのおかげで、ミカベルの今年の配達は例年にも増して順調に進んだ。


「ねえね、さっきアゴトの足のケアも済ませたし、次の配達についていってもいい?」

 配達するプレゼントを取りに橇に戻って来たミカベルに、ラファエルが目を輝かせて尋ねてきた。

 かわいい恋人の上目遣いのお願いに弱いのは、人間も天使も同じである。

「いいけど…。あんまり人間に興味を示しすぎるなよ?

 特定の人間に思慕憐憫の情を抱くのは、社内規定で禁じられていることだからね」

「わかってる、大丈夫!」

 自信満々に言い切るラファエルに、ミカベルは少々不安を覚える。


 ラファエルは天使の中でも感受性豊かな女性だと思う。

 そこが彼女の魅力でもあるのだが、人間のさまざまな暮らしぶりを目にすることで、彼女の凪いだ心に変な波風が立たないだろうかと心配になる。


 田舎の村々での配達をすませ、ミカベル達を乗せた橇は住宅がひしめく首都郊外の町へと移っていた。


 ミカベルの後について家に入るたびに、ラファエルは寝ている家族を興味深そうに見つめる。

 これでは配達の手伝いに来たのか、人間を観察しに来たのかわからない。


 とある家族の寝室に入ったときだった。

 見えないはずのミカベルとラファエルの気配を察したのか、小さな女の子の隣に寝ていた赤ん坊がうええぅと声をあげて泣き出した。

 女の子の枕元にプレゼントを置いてさっさと戻ろうしたミカベルの袖をラファエルが慌てて引っ張る。

「ねえ!赤ちゃんが泣き出しちゃったの、私たちのせいかしら?あやしてあげなくて大丈夫なの?」

「こんなこと、配達していればよくあることさ。きっとおっぱいが欲しくて起きたんだよ。隣に寝ている母親に任せておけばいい」


 ミカベルの言葉どおり、赤ん坊の泣き声で目を覚ました母親がむくりと起き上がり、赤ん坊を自分の膝にそっとのせると、寝間着の胸ボタンを開けて乳房を出し、赤ん坊の口にふくませた。

 赤ん坊は反射的に口を動かしながら、もみじのような小さな手を母親の豊かな乳房に添える。

 小さく可愛らしいその口を、その手を見つめる母親の眼差しに引き込まれ、ラファエルはその場を動けなくなった。


「ラファエル?」

 壁を通り抜けようとしたミカベルが振り返る。

「もうこの家の配達は終わったんだ。次の家へ行くよ?」


「マリア様――」

「えっ?」

「マリア様を思い出したの。

 我が子を見つめるこの表情…。なんて清らかで美しいのかしら」


 ラファエルの視線の先を追ったミカベルの目にも、赤ん坊を抱きかかえて乳を飲ませる母親が映る。

 毎年一人でこなす配達のときには、目の端に入っても素通りするほどありふれた光景だったのに、ラファエルと共に見たそれは絵画のようにとても印象的で、ミカベルの心も清らかな温かさに包まれたような気持ちになった。


「…あっ!次の配達!」

 しばし見惚れていた自分に気づき、ミカベルは慌てて家の外に出る。

 こんなふうに、人間の暮らしにいちいち興味を持ってしまっては配達に支障が出る。気を引き締めて業務をこなさなければ――。

 目の前の業務に集中しようとしたミカベルとは反対に、ラファエルは静かな聖夜に垣間見た人間の暮らしぶりにすっかり魅せられてしまったようだった。


 隙があればミカベルの配達に同行し、寄り添って眠る親子を愛おしさを込めた瞳で見つめ、子供部屋のベッドで眠る子供たちの髪を撫で、壁に飾られた家族の写真や子供が描いた家族の絵をしげしげと眺めた。


 とある家で母子が眠る寝室にプレゼント置いたときだった。

 寝室のドアが静かに開き、仕事から帰ってきたばかりの父親が入ってきた。

 父親にはミカベル達の姿は見えないし声も聞こえない。

「さあ、次の家へ行こう」

 ミカベルがその場を去ろうとラファエルを促すが、ラファエルはなぜかその場から動かず、父親の行動をじっと見つめている。


 枕元に置かれたばかりのプレゼントに気づいた父親は目を細めながらそっとベッドに歩み寄ると、子育てで疲れて目を覚まさない母親の額にそっと口づけた。

 続いて母親の隣に眠る三人の子供たちの頬に、順番にそっと口づけていく。

 そして彼らを起こさないように、父親は静かに部屋のドアを閉めて出て行った。


「ねえ、ラファエル!僕の手伝いをする気あるの!?」

 配達のペースを乱され、少し苛ついたようにミカベルが言葉を投げた。

「あっ、ごめんなさい。幸せそうな人間を見るのがつい楽しくて…」

「言っただろう?人間に興味をもちすぎてはいけない。配達に支障が出る」

「うん…」

 橇に戻るミカベルの後ろを、ラファエルが慌てて追いかける。


「ねえ、ミカエル…」

 焦りと苛つきをにじませたミカベルの背中にラファエルがためらいがちに声をかけた。


「人間の家族がうらやましいって思う私って…変かな」

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