第3話 飼育課長にご相談です
飼育場入口にある事務所を訪れると、社員のほとんどは屋外へ出払っていて、飼育課長はただ一人デスクで書類のチェックをしていた。
「課長、お疲れさまです」
「おう、ミカベル。トナカイの調子はどうだった?」
「それが、アゴトの方なんですが、歳のせいか体力が落ちているようで、赤鼻の光も弱くなっているようなんです。橇を引かせるのは少し不安があるのですが、彼女は頑張るつもりのようで…」
「アゴトにとって君は3人目のパートナーだが、君に一番懐いているようだからね。私としても彼女の意思を尊重してやりたいが、体力的な問題はやはり不安が残るな」
片手で顎髭をさすりながら判断しあぐねている様子の課長。
ミカベルやラファエルとしても、アゴトのコンディションが心配ながら、なんとかアゴトに橇を引かせてやりたいという気持ちはある。
“僕が責任を持ちますから、なんとかアゴトに橇を引かせてやれませんか”
ミカベルが課長にそう提案しようと口を開いたときだった。
「では、橇を引くアゴトをケアするために、ミカベルの配達に飼育課の社員を同行させてはどうですか?」
事務所の入口から届いた声。
三人が視線を向けた先には、サキクルが微笑んで立っていた。
「飼育課の社員を同行させる?」
課長が驚いて問い直すと、サキクルは微笑みをたたえたまま頷く。
「ええ。僕たち配達員はプレゼントの配達で当日はてんてこ舞いですから、トナカイのコンディション確認までとても手が回らない。
ですから、飼育課の社員が同行して、アゴトのコンディションを都度確認し、必要に応じて栄養剤の投与や足のケアなどを施す。
それが可能ならば、老齢のアゴトでも仕事を全うできるかと」
「なるほど…。しかし、クリスマス当日は飼育課の社員にとっては貴重な一斉休暇になるんだよ。普段はトナカイの飼育のために交代制で出勤しなくてはいけないからね。だからその日に課のクリスマスパーティー兼忘年会を予定しているし、休日出勤に応じる社員がいるかどうか…」
「それなら私が同行します!」
課長が言い終わらないうちに、ラファエルが手を高々と挙げて立候補した。
「ラファエル!?本気なのか?」
ミカベルは目を輝かせる恋人に驚きの眼差しを向ける。
プレゼントの配達にトナカイ飼育員が同行することだって前例がないのに、その飼育員が自分の恋人だなんて!
公私混同もいいところではないかと戸惑ったのだ。
もちろん、最近忙しくてろくにデートができていないミカベルにとっても、ラファエルと配達に行けるなら願ってもないことではあるけれど。
「ええ。もちろん本気よ。
クリスマスパーティは楽しみにしていたけれど、アゴトが橇を引けるなら、私もできる限り協力してあげたいの」
やる気みなぎるラファエルを見て、課長は眉根を寄せて戸惑っている。
「しかし、君がミカベルに同行するというのは対外的にどう理由をつけたら…」
「アゴトはラファポワによく懐いていますし、彼女はトナカイドクターの資格もある。僕は適任だと思いますよ」
有能なサキクルが一押ししてくれたおかげで、課長の表情が晴れた。
「そうか。サキクル君の言うとおりだな。では、ラファポワをミカベルの配達に同行させることにしよう」
「ありがとうございます!」
ホッとしたミカベルが課長に頭を下げる横で、ラファエルが「やった!」と小声で手を叩いた。
無邪気なラファエルの様子に、やれやれと苦笑まじりに顎髭を撫でる課長。
助け舟を出してくれたサキクルにミカベルがお礼の会釈を向けると、サキクルはそれにウインクで応えた。
*****
配達課の社員たちは残業と休日出勤を乗り越え、なんとかクリスマスイブ当日を迎えた。
ミカベルはN棟地下にある給付物転送センターで積み荷の最終チェックを行っている。
「じゃあ、積み荷は例年どおり500件ごとに橇に転送するってことでいいかな」
転送センターの社員がミカベルに確認を求める。
「そうですね。それでお願いします」
「残り20件になったら無線で連絡ちょうだい。転送の準備するから」
「了解です」
ミカベルの担当する配達エリアは、東アジアのとある国だ。
彼の担当するプレゼントだけでも2万5000件ほどある。いくら天界の時間の流れ方が下界と異なるとはいえ、一晩で2万5000件のプレゼントを配達するのも、橇に載せきれるだけのプレゼントを転送し続けるのもかなりの労力を使う作業だ。
引き続き最終確認作業を行っていると、「ミカエル!」と手を振りながらラファエルがやってきた。
「ラファエル!その恰好…」
「配達課の総務の子が手配してくれたの。似合う?」
いつものライトブルーの作業着ではなく、真紅のビロードのワンピースに黒いロングブーツを身にまとったラファエル。
配達課の女性社員は普段から皆このユニフォームなのだが、恋人がそれを来ているのはなんだかとても新鮮で、ミカベルはくすぐったいような気分になる。
「びっくりした…。でも、よく似合ってる」
微笑んで見つめ合う恋人同士に、「はいはい。続きは外でやってよ」と転送センターの社員が手をひらひらと振って苦笑した。
「じゃ、僕たちは課に戻って出発式に出てきます。転送よろしくお願いします」
「任せておけ。配達がんばれよ!」
ミカベルとラファエルはこれから控えた大仕事に緊張感と高揚感を高まらせつつ、N棟の配達課フロアに戻っていった。
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