女神の櫛
一視信乃
女神の櫛
1月3日。
二宮に住む
そこの縁結びのお守りが、どうしても欲しかったからだ。
国道沿いに立つ赤い鳥居を潜り、道を横切る東海道線の架道橋を抜けた先にある神社は、大きな木が多い割に明るくて、とても賑わっている。
入ってすぐ、参道の両側は池で中に
お守りもあそこで買えるんだろうけど、まずは神様へご
「あ、あったよ。
由比ちゃんの目線の先には、鈴と紐が付いた小さな月形の櫛が並んでいる。
それが、欲しかったお守り――
実はこれ、ただの縁結びのお守りではない。
なんでも、祭神である
だから、女性が身に付けると、良縁の道が開かれる他、様々な災厄から守って
そして、女性が男性に真心こめて贈れば男性に困難打開の道が開かれ、男性が女性に贈る場合は『かけがえのない大切な女性』の証となるなんて、なんか素敵。
いろんな色の紐があって迷ったけど、おめでたそうな紅白のものにした。
*
「買えてよかった。付き合ってくれてありがとね」
二宮まで戻り、由比ちゃんと別れたわたしは、神社で
電車とバスを乗り継ぎ、家の近くまで来たとき、前から走ってくる人影が目に入った。
黒いジャージを着た背の高い男子。
嘘っ! あれって、
同じクラスの長門
中学のときから、ずっと好きな人。
冬休みの間、一度も会えなかったのに、こうして会えるなんて夢みたい。
もしかして、もうお守りの効果が?
ドキドキしつつ見つめていると、向こうもこちらに気付いたようだ。
「よう、
「ううん。箱根駅伝観てきた帰り」
「わざわざ行くなんてよっぽど好きなんだな。そういやうちの練習もよく観てたっけ」
お目当ては、陸上部じゃなく長門くんだけどね。
「そっちは何してるの? ランニング?」
「ああ。実は再来週の日曜にある市の駅伝に、急に出ることになってさ。チームの足引っ張んないよう、特訓してるってわけ」
「そっか、大変だね」
わたしに何か出来ることないかな。
そう思ったとき、チリンと微かに鈴の音が聞こえた気がした。
ひょっとしてお守りの鈴だろうか。
そういえば、あれには確か――。
「あげる」
わたしは、神社の袋に入った湯津爪櫛御守を、彼に差し出した。
何の迷いもなかった。
「何? お守り?」
彼は受け取り、袋を覗く。
「『女性災禍除』って、書いてあるけど?」
「そうだけど、それには櫛稲田姫の霊力が
「へー」
お守りをしげしげと眺める彼を見ているうちに、なんだか無性に気恥ずかしくなってきた。
だって、今まで何かをプレゼントしたことなんてなかったし。
ああ、ダメ。
意識し出したら、顔が
「そういうわけだから、頑張ってねっ」
なんとかそれだけいって、その場を逃げ出した。
*
それから一度も彼に会わないまま冬休みは終わり、その後も接点のない状態がずっと続いている。
お守りを手放したから、開きかけた良縁の道も閉じてしまったのかな。
駅伝も応援に行きたいけど、他に知り合いが出るわけでもないから行きづらいし。
そうこうするうちに当日となり、わたしは散々迷った挙句、観に行かなかった。
行けなかった。
そして翌日、もやもやしたまま登校したわたしは、昇降口でばったり出くわしてしまった。
学ラン姿の長門くんに。
「周防、昨日来なかったな」
「あ、うん」
「オレたち3位だったぜ。優勝は無理だったけど、チーム最高順位だって」
「すごい。おめでとう」
しかし、彼はあまり嬉しそうではなかった。
むしろ、どこかぶっきらぼうで不機嫌そうだ。
もしかして、怒ってる?
続く沈黙に戸惑っていたら、突然何かを突き付けられた。
これって、わたしがあげた神社の袋?
受け取って中を覗くと、湯津爪櫛御守が入っている。
えっ、何?
もういらないから返すってこと?
本当は迷惑だったってこと?
意図が掴めず、お守りを凝視していると、何か違和感を覚えた。
あれ、紐の色が違う?
紅白のを買ったはずが、この紐は赤い。
まるで、運命を繋ぐ糸のように。
「これ?」
「お礼だよ、お守りの。あれ、
そっか、お礼か。
しかも由比ちゃんが買ったのだなんて。
ふたりが、そんなやりとりするほど親しいとは知らなかった。
「ありがと。でも、これを女のコに贈ると大切な人の証になるそうだから、誰彼構わず贈ると誤解されちゃうよ」
ちょっと嫌味っぽくいってやると、彼は
「知ってるよ。つか、誤解じゃないし」
「えっ?」
「本当は昨日来てくれたら、そのお礼に渡そうと思ってたんだけど、来ないし」
「ゴメン」
素直に謝ると、彼は真直ぐこちらを見た。
「いいよ、謝んなくて。約束もしてなかったし、ただオレが、勝手に期待してたというか、来て欲しいと思ってただけなんだから。それで、その、もしまた何か出るときは……」
「行くっ! 絶対応援行くからっ!」
「おう。約束な」
相好を崩した彼に釣られたかのように、わたしも笑いが止まらなくなる。
これも、湯津爪櫛御守の、櫛稲田姫のご神徳のお陰だろうか。
とりあえず、もう少し暖かくなったら、お礼参りに行こうと思う。
今度は、長門くんとふたりで。
女神の櫛 一視信乃 @prunelle
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます