娯楽としての爆弾

金村亜久里/Charles Auson

(一)

  核兵器平和的処理に関する娯楽的興業に関する声明


 一.西暦二二五〇年三月一日より、地球地下貯蔵の全核弾頭の宇宙空間における   娯楽的使用を全面的に認可する。

 二.また、この声明は、各国及び地域に、積極的に核弾頭を娯楽的に使用するこ   とを奨励するものである。

 三.起爆に際しては事前に座標及び日時の提出を含めた手続きを行い、当日当座   標付近への接近の危険を周囲に十分に呼びかけることを義務付けるものとす   る。


 具体的な書式、奨励される座標の選定の方法等については別途資料を参考すること。


     西暦二二四七年十一月五日

     新国家連合委員会平和推進部会


   *


 球体の炎が生まれた。

 ひとつ、ふたつ、みっつと連続して光が生まれ、白と橙色の火が現れては熱線と衝撃波と放射線が周囲三百六十度の空間に展開されていき、観覧席が震え、どよめいた。

 時は二十三世紀、無数の宇宙コロニーを建設し外宇宙に進出した人類だが、彼らは母星地球に、祖先が残した厄介な大荷物を残していた。核爆弾である。

 二十世紀の後半から百年続いた核軍拡競争の間、天文学的な数の核弾頭が製造された。二百年以上が経過した二十三世紀の技術をもってしても遅々たる核物質の無害化処理に対して新国家連合委員会が打ち出した打開策こそ、くだんの核兵器平和的処理に関する娯楽的興業に関する声明、略して『核娯楽声明』である。

 これは人類が広く宇宙に進出した今だからこそ可能な戦略だった。興業の爆発点の周囲に円形やアーチ状の観覧席を設け、その中心点で弾頭を起爆、爆発による光や余波的な衝撃を楽しむのだ。地球をはじめとする惑星の地表では生物への影響から絶対に実行できない手段だったが、今なら、外宇宙での建築技術が発達した今ならば、簡単に観覧席を設け、起爆装置を組み、理論上は宇宙のどこでも興業を行うことができる。

 これを読んでいる二十一世紀人類は放射線の影響を心配するかもしれないが、大気を通さない宇宙線に適応した二十三世紀人類を相手にすれば、五千キロメートル以上の彼方で起こった核爆発による放射線など微々たるものである。

 その爆発の例を見ない派手さや、どこか前時代的な風情も相まって、この『核娯楽興業』はすっかり全人類的に人気のアクティビティになった。すべての興業地点の一年間の来場者数は述べ三百十億人、人類総人口が百十億人だから、平均して一年に一人約三回は『興業』を見に来ている計算になる。

 残る核弾頭は一万九千五百十八。開始から十年足らずでおおよそ半分と少しを消費し、核弾頭の消滅も時間の問題と思われた。

 そんな『興業』の観客の一人であるマルイに、声をかける人影があった。

「マルイさん、どうです、今日のソ連製弾頭は」

「おやトキタさん。素晴らしいですね、やはりツァーリボンバ級には劣りますが。ほら、覚えていますか。二年前この辺りで打った奴が……」

 トキタとよばれた恰幅のいい男も、マルイも、揃いのグラスをかけていた。二十一世紀には太陽を見る際目を保護する目的で使われていたのと同じ系列の素材を用いた眼鏡で、赤外線や紫外線の一部をも可視化する特殊な機能を備えている逸品である。平均より少し稼ぎのある人間の間では、このグラスをかけて『興業』を鑑賞するのが流行りになっていた。

「今となっては秘密裏に大量の弾頭を作っていたアメリカやロシアに感謝しなくてはなりませんな。当時核戦争の恐怖に戦々恐々としていたご先祖には悪いが、当時の指導者たちがきちがいみたいに核弾頭を作り続けてくれたおかげで、二十三世紀のわれわれはこうして『興業』を楽しむことができる」

「大気中だと『きのこ雲』なんてものができるそうですが、やはり球体の爆発というのはいいですね。余計な飾り物がない、ただ爆発だけがある」

 そう言ってマルイはふたたび意識を強化アクリルの向こうの爆発に向けた。白い光はそろそろ出収めになり、次第に橙色の光が優勢になってきている。暗い紫色の紫外線やX線、暗い赤色の赤外線も、中心点から活発に噴き出し周囲へ広がっていた。一部の放射は線として表現されていた――そしてその先端は途切れることなく、宇宙の果てまでもつながっているかのように、どこまでもどこまでも遠くまで伸びているのである。


 無論、放射の筋はこの場で起きた爆発のものだけではない。無数と言っていいくらいの(いや、それは言い過ぎか)数の『興業』がオールトの雲圏内を含めて行われているのであるからして、莫大な数のエネルギーが宇宙に放射され続けている。

 とはいえ宇宙では核爆発程度の爆発は、日常茶飯事とは言わないまでも、「あるにはある」ことである。それにその規模は、巨大な恒星が一生の終わりに見せる超新星爆発に比べれば微々たるもの。先述したように放射線の影響もない。

 しかし、ちょうどマルイとトキタが『興業』の終わりに差し掛かって爆発の最後の余韻を楽しんでいる頃、その不幸な事故は起こった。

 オールトの雲から二光年ほど離れた某所に、一隻の恒星間航行船が浮かんでいた。空間転移機能をはじめとする高度な機器と武装を備えたこの航行船は、地球でいうところの私掠船・海賊船に近いことをして食いつなぐならずものどもの所有する船で、今さっき遥かかなたの宇宙で略奪をはたらき空間転移で追手を振切って、ちょうど『戦利品』の勘定をしようというところだった。

 あるいは、だから、彼らに日頃の行いの罰が下ったのかもしれない。二年前に太陽系某所の『興業』で起爆されたツァーリボンバから発せられた放射の一条が、航行船の機関部を貫き、空間転移装置の計算基盤をめちゃくちゃに破壊した。おまけに船内の密閉機能まで壊され、開いたハッチから空気や盗んだ宝飾品の数々や船員が投げ出されていく。船内は阿鼻叫喚の大騒ぎとなった。

「どこだ、どこからの攻撃だ!」

 船長と思しき大柄な人物が声を張り上げた。船員の一人が立体映像を飛ばして座標の大まかな向きを示すと、船長は銅鑼声でこう叫んだ。

「広域プラズマ砲全門解放! 同じ座標狙ってフルエネルギーで発射だ!」

 砲手が手元の黒いタブレットを起動、立体映像を展開し、この航行船の主武装である五門の広域プラズマ砲のフルエネルギーチャージを確認。十分に充填されたエネルギーを攻撃の座標即ち太陽系めがけて薙ぎ払うように撃ち出せば、赤い可視光線をまき散らしながら五条の光が飛んでいく。

 間もなく航行船の脇から小さな影が飛び出した。地球でいうところの脱出用ボートのようなものである。宇宙の海賊船は打ち捨てられることとなった。脱出艇に食料や物資は積まれているとはいえ、この海賊たちの命もそう長くはもつものではないだろう――

 ここまでが今からちょうど二年前のことである。即ち不幸な事故とは、この恒星間航行船を襲った放射ではない。

 さてこれから二年後、ふたたび視点をマルイ・トキタ両名に戻すと、『興業』から帰る際に爆発跡を振り返ったマルイは、彼方に新たな赤い点が現れたのを見つけた。

「おや、あれは」

 トキタが振り返った。しかし「何です?」と言うより前に、二人は、二光年先から飛んできた赤い光線によって観覧席もろともプラズマ化して消滅した。

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