おぼれしね。

緑茶

第一話「最終話」

ここに創造されるテキストは自発的に発生したものであり、如何なる介在者の意志に寄ることもなく、産み落とされた。


>男「こういう話があるんだよね」



 私の高校時代の友人の話をしようと思う。名前は。そう、仮にRとしておこう。今をときめくジェイケイである私にもようやっと友人ができた。素晴らしいことだ。

 Rは眼鏡に黒髪の映える美人……というわけではない、程々の顔つきだ。親友相手にそういう発言はなんというか、こう、『ザ・女の悪口』って感じで凄い嫌なんだけど、R自身がそう言ってたからしょうがない。

 Rは明るくて物知りで、だけどとってもおっちょこちょいで、いつも何かに急き立てられるような喋り方をする子だった。でもそんなRだからこそ私は好きだった。一緒にいて面白いし、何に対しても自分の意見を口にできるRのバイタリティが素敵だなと思っていた。

 普通なら愚痴で済ませるところを、Rはなんというか、自説にしてしまう。本好きなだけあって、その喋る内容も分かるようなわからないような。

「あのね、○○チャン――私はこう思うの」

 だ、なんて。

 時として彼女はなんでも言いすぎるし、なんでも真に受けすぎる。すぐ怒るし、すぐ泣いちゃう。時々面倒くさい。でも、そんなRだからこそ、私は友人になれた。

 そこに整合性を求めたってしょうがないじゃないか。


 Rは音楽が好きで、いつもよくわからん外国の音楽とかのCDをたっぷりとレンタルしてきて、休みの日のたびにそれを爆音で聴かせてくれる。まあ大半はよくわからない。ジャズとかブルースとかよくわかんない。私は普段アニソンしか聴かないし。(Rもアニソンは聴く。でもあれは聴くではなく聞く、だそうだ。これにも自説があるのかもしれない。今度聞いてみよう)

 三割ぐらいは私の劣悪な感性でも「おっ」と思えるものがあり、その場合は黙って手を差し伸べる。するとRは途端にキラキラした顔になってそのCDを貸してくる。

「あの、その……よければ聴いた後感想きかせてよ。絶対」

「よければ、だったのに絶対、になったね今」「あはは……」

 それにしてもRは私の知らないことをなんでも知っている。こと音楽に関しては、Rは同年代の子よりもずっとマイナーなものを知っていた。

 どうしてそんなに詳しいの、と聞いたら、Rは恥ずかしそうに身体をひねって答えた。

「……実は私ね。バンドとかやって、音楽。やりたいの」

 全然、意外でもなかった。既にやっているものだと思っていた。

 だから私は、キョトンとした顔で言ったのだ。「え? ……やればいいんじゃない?」と。

 するとRは、顔を真っ赤にして泣きはらす。そして私の手を握りしめて言った。

「ありがとう、ありがとう○○ちゃん……私。私、


 その言葉の意味することは、わからなかった。



 Rはまもなく、本腰を入れて音楽の練習に励み始めたらしい。駅前近くの音楽教室に行っているのを見た。……実を言うとその後、ついていって様子を覗いたのだが。



「練習は?」

「うーん。ぼちぼちかな。でも、確実に毎日伸びてってるよ」

「ほんとに? 夢は武道館かな??」

 ……今の今まで、気付いていなかったわけじゃないんだ。

「まずはフジロックだよ」

「大きく出たねー」



「練習は?」

「あー。駄目ー……全然スランプだ。それで悪いんだけど、ちょっと聞いてみてくれない? 多分ヘボヘボだけど」

「いいよ」

「~~~~♪」

「うーん。下手じゃないのは分かるよ」

「うん、流石に下手って言われたら死にかねないかなっ」

「ちょっと!?」

「冗談だって。さて、どこが悪かったか教えて」

「熱心だなあ」

「そんなことないよ。先輩たちに比べれば、練習量も。情熱も」

 

 Rは、そんな上等な人間じゃないってこと。



 ある時いつものようにRの後ろをこそこそついていって、音楽教室の様子を見た。そこでは、Rが泣いていた。

 相手は線の細い青年。まあ、言ってしまえば美男子。それはどうでもよくて、Rは泣いていて、その傍らの彼が困った顔をしていた。その会話を聞く。

「ごめんなさい。ごめんなさい。全然出来なくて。ごめんなさい、私……」

「いや、別に謝ることはないよ。君が自分で練習しに来たんだから、ここに」

「でも私全然練習してないじゃないですか。皆さんに比べて」

「でも家庭の事情があるんでしょRさん。それなら仕方ないよ。ほら、これただのスクールだから。お金はもらうけど……――――んー、よし。分かったこうしよう、今日はタダだ。で、僕に言いたいことあるなら、言ってくれ。カウンセラーじゃないけど、聞くぐらいは出来るよ」


「……本当ですか?」

「うん」


 私は舌打ちをした。

 何故だかわからないけど、Rにムカついた。



 それから一ヶ月ぐらいだろうか。

 Rは音楽はやめないと言いつつも、練習について楽しいというようなことを一切言わなくなった。

 だけど相変わらず喋ってる時は楽しいし、表情も暗くはない。だからそれがかえって、私の不安を煽った。

「……大丈夫? R」

「んーーーー????」

 Rはいつも通りの顔で、作ったように『もう無理』みたいな顔を作って言った。

「なんかねー。色々、もう無理になっちゃった」

「何を――」

 その後ふいに、意識が薄れた。



 目を覚ますと湿っぽい暗がりにいた。

 そこはトイレだと気付いた。便器にこびりついた糞のカス。手足が異常に長い、痙攣するように動き回る蚊のような何か。ぴちゃぴちゃと足元で跳ねるのは掃除の水なのか小便の残滓なのかわからない。洗面台の芳香剤は経年してすえた臭いを放ち、蛇口の奥には老教師のはなった痰や昼食の残り物の小松菜みたいなものが飛び出ている。呆れ返るぐらい、普通のけしき。

 私はそこの窓際で、手を縛られていたらしい。

 向かい側にはRがいて、私を見るとにこりと微笑んで扉をバタンとしめた。

「何を……」

「あのさ。○○ちゃん」


 Rは近づいて。

 ……腹に、衝撃がきた。

「……私の事、馬鹿にしてんだろ。お前」


 私は呻いて倒れ伏す。そこから私に一億の呪詛が降り注いだ。Rは大仰に顔を上げて、それから髪の毛をくしゃくしゃにかきはじめる。元々綺麗でも何でもない髪。

「何を――」

「私の事友だちと思ってるかもしれないし実際そうなんだろうけど、それって結局私がどんくさくてめんどくさいやつだからでしょ。その枠から乗り越えた私は気持ち悪くて近寄れない。でもそれを乗り越えようとしない私も結局私だから、あんたは結局私の事心のなかで馬鹿にしてたんだろ。ああこんなこと言ってる私もあんたからすればうざいし黙っとけって感じなんでしょ、しってるわよ。何事も領分ってあるもんね。私は親しげにあのちょっとギャルっぽい子たちとの会話についてあんたに喋って、あんたは『羨ましいなー私コミュ障だからー』とか抜かしてたけど。はい残念、あ、残念でもないか。私はあのギャル達のいじられキャラなのでした。はいそうですね、見た目のことも言われたしおしゃべりな割にノリが悪いってことも言われました。でも一緒にいるのは見てて面白いからだそうです。ちなみに私からカラオケに誘ったらあっさり断られました、なんででしょうねー。はい正解は、『私がどうしようもない構ってちゃんだから』でしたー。はははははは、ゴールデンひとしくん」

「――……か」

「……なに?」

「ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、」

「なんで、」

ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、。

 知ってるよ。だってRは何もかも中途半端だから、手を結んでる紐なんか簡単に解けちゃうもん。だから今目の前のRは死ぬほどおののいてる。頭を隠している。ああそうか、昔誰かに殴られたことあるんだっけ?

 あはは。すっげー面白いわ、今のお前。

「なんでも糞もないじゃない。だってあんたそうでしょう。あんた今までの人生の中でなーんにも持ってこなかったもんね、なんでも持てる環境はあったのに全部中途半端だったよね。趣味も何もかも、全然半端だし。読んだ本だってうろ覚えとか言ってたけど私知ってるよ、大半は『読書メーター』でそれっぽい感想読んで妄想してただけ。虚栄心埋めたいだけ。なにもないなら探せばいいのに。あんたは音楽を選んだ……なんで音楽選んだかって? そりゃかっこいいしかわいいし、ちやほやされるからでしょう。ふざけんじゃねえぞ。私は吹奏楽部だ、ボケが」

 私はRを殴った。

 Rの顔は面白いぐらいひん曲がって、轢殺されたアザラシみたいになった。

「おげええええええ、おえええええええええええええ」

「音楽だって自分のやれるものとやれないものがあるの。そもそもそれを見分けなきゃなんにもならないのにあんたはそれをしてこなかった。ちやほやされたかっただけ。あわよくば彼氏が欲しかったんじゃないの?????あんたモテないもんねえ。そういう見た目してるよ」

「おえええっ、おえっ……」

「それでSNSとかで交流して神とかなんとか言ってもらって、それっぽい感想タグみたいなのとか付けてもらって。そういうのが目的だったんでしょ。まあそれでもいいわよ。でもね、あんた本当に本当に何にも何にもしてこなかったわよね。知識だけ無駄にためこんで、あー勿体無い勿体無い」

「黙れ、黙れ――……」

「せめて今から努力でもすればいいのに。あんたは本当にドジで間抜けだから、それをする時間も精神的余裕もいくらでもあるのに、くだらない虚栄心に全部使ってるんだもんね。あーしょうもないしょうもない。あんた死ぬほどしょうもないよ。面白いわ。まじうける。……ねえ、あんた、帰ってから何してる?


 曲の練習、した????」


「黙れええええええええッ!!!!!!!!!!」


 拳は当たらない。Rはよわいから。

「更に救いがないのは、音楽をやめようとしてもやめられないところよねー。音楽する気がないのに音楽やらないとか、マジで失礼じゃない????」

「黙れ、黙れ」

「ねえ。ずっと思ってたから今言うけどさ。


 あんた。ほんっっっっっっっっっとうに、普通だから。」


「ッ……じゃあ。私、そんなんじゃ私」

 Rは力なく笑って、ずるずると扉にもたれかかった。目に光はある。

「死ぬしか、ないじゃない」

 そうしてナイフを取り出して、自分の首に突き刺した。

 でも。出来なかった。

「う、ううう……」

「どうしたの? なんで出来ないの????」

「だって……死ぬの、こわいし」

「ぶはは、まじうける」


 だってさ。

 本当、かわいいよ。R。

 そのまま、私のくだらないおもちゃでいてね。

 ヘンに私の領域に入られても、困るから。




 翌日からのRは見違えるようになった。容姿端麗、明るい性格。文武両道。

 皆からも愛されて、この間ついに彼氏をゲットした。

 音楽をやめたRは、こんなにも普通なんだ。


 ――私は嘔吐した。




 という話なんだけどね。続きは無いんだ。


 ――だって、書いていないからね!!」




 以上でこの文章は自動的に演繹的に終了される。

 よはすべて、こともなし。












































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