20. At The Same Place As Usual

「え……松木戸先輩!」


 こんな状況で両手を制服ズボンポケットに入れて、スタイリッシュに立っている先輩の名を俺は呼んだ。


「朝に警察から連絡がきてよー、今後の取調べはないっつーから久々に登校したんだが、校舎に誰もいなくて廃校になったかと思ってドキドキしたぜ! それで体育館が騒がしーと気付いて来たら、放送室で後輩と生徒会長がなんか言い合ってやがるし」


 松木戸先輩が迷惑そうに言うと、生徒会長が立ち上がった。それを見て書記の女子生徒も秘書の様に立ち上がった。


「良かったな松木戸。疑いが晴れて」

「そりゃどーも、生徒会長さん」

「これ以上、諏訪高の評判は下げないでくれよ?」

「大丈夫じゃねーか? 生徒会長が最強なら、なんとかしてくれんだろ」


 やっぱりこの2人、仲悪いな。


「そんで久方さんよ、BECはどーなるんだよ?」

「……」


 生徒会長は無言のまま俺を見ている。


「何ですか?」

「……フッ」


 鼻で笑われた。ずっと無表情だった生徒会長が、俺の前で初めて笑った。


「今回は東雲君に免じて見逃すとしよう」

「……どういう意味ですか?」

「そのままの意味だ」


 すぐに元の無表情に戻った腹暗黒会長は俺達の横を通り、書記を連れて体育館の1階に下りていった。


「チッ、澄ましてんじゃねーよ」


 ステージでは、Eruptionsが予定してた最後の曲【理想と現実】が2番に入っていた。


♪叶わない事は

夢見たりしない

できると思うから

決意できたんだ


♪夢に近づくにつれて

明かされる真実

余計な思考が蝕んで

食い荒らされる夢


♪満足できてないなら

止まる必要はない

理想はもっと先にある

現実が邪魔するなら

遠慮する必要はない

ぶっ壊してしまおう

今度は僕の番なんだ


 Eruptionsを放送室から見ていると、松木戸先輩が話しかけてきた。


「この歌詞。作ったの東雲だろ?」

「よく分かりましたね」

「テメーらしーからな……」


 署名が集まってすぐ、美月に催促されて書き下ろした。思ってたよりハードロックな曲になっているが、歌詞に合っている。

 俺1人だけでは署名を集めきる事はできなかった。けど、俺が署名を集めようと動き始めたから、美月やくるみが手伝ってくれたのも事実だ。人が何かを変えようとする時、自分から率先して動かないといけない。他人を変えたいなら、それ以上に自分が変わっていかないとダメなんだ。納得いかない世界に対して自分がどうしたいか、自分をどう変えなければいけないかを、常に見失わない様にする強さも必要だと知る事ができた。その気持ちを歌詞にしたら、スラスラと1日で完成した。


「ていうか先輩、来るの遅いですよ」

「ちゃんとケリ付けたんだ。仕方ねーだろ?」

「本当は、俺達を巻き込まない様にしてくれたんですよね?」

「……んな訳ねーよ。最善を尽くしただけだ」

「……」


 世界一可愛くないツンデレだな。


『ウオォー!』


 ステージ上では【理想と現実】のアウトロが終わり、ゲスト紹介に入って歓声が響いていた。


「それでは、素敵なゲストを紹介しますっ☆ アイドルグループユニ×ユニのメンバー、和泉綾乃さんと西松楓さんですっ!」

「どーも! 西松楓です!」

「和泉綾乃です! よろしくお願いします!」

『ワァーーー!!』


 この予想以上の混沌。――最高だ。


「かえちゃん! 東雲、何でかえちゃんが諏訪高に来てんだよ!」

「綾乃先輩曰く、松木戸先輩との関係を黙ってた落とし前、らしいですよ?」

「う……マジか」


 西松さんが綾乃先輩に隠してた理由は何となく分かる。アイドル同士色々あるんだろう。今日はEruptionsの演奏でユニ×ユニの曲を1曲、2人だけで歌う。【小悪魔ピエロ女子】という曲だ。


♪朝目が覚めて

君の顔が思い浮かぶ

朝ごはん食べてても

君の事を考える


♪家を出ても 上履き履いても

廊下歩いても トキメキがエンドレス


♪(ねぇ)聞いて?

(あのさ……)私……

(君の)君の事

(好き)嫌い!


♪何があればこの気持ちに

気付いてくれるかな?

どうしたら君は私に

夢中になってくれるかな?

告りたいけど告らせたい

君の前だと小悪魔ピエロ♡


『ウオオオォーーーーーー!!』


 ユニ×ユニの2人が1コーラスを歌い上げて同時にウインクすると、主に男子からとんでもない大きさの歓声が響いた。割れんばかりの歓声に、体育館の建物自体が揺れている様だった。



 色々と混乱はあったけど、何とかここまで辿り着く事ができた。署名を集めてすぐにライブの用意を始めて、先生方からBEC再開とライブの承認をもらい、生徒会長とのやり取りを終えた。達成感に溢れる気持ちを抑えながら、埃っぽい部屋から見下ろす体育館の光景は、俺にとって一生忘れられない瞬間になった。



―*―*―*―*―*―*―……


 次の日火曜日の朝。空は雲ひとつない真っ青の快晴。俺はいつも通り自転車に乗って登校していると、いつもの交差点で親友が話しかけてきた。


「レン! おはよう」

「おう、煌士! おはよう」

「昨日はお疲れ。また捻くれアイズが生き生きして個性が死んでるね」

「うるさい。童貞の生き残り」

「そんな! みんな僕を置いて、童貞じゃなくなったというのか! って、レンも生き残りだろ!」

「ワスレテマシター」

『ドンっ』

「――痛て!」


 突然俺の背中を誰かに思い切り叩かれて、バスドラムみたいな音が響いた。俺に突然暴力を振るうのは1人しかいない。美月だ。


「おっはよーさんっ☆ 童ティーンズ!」

「おはよう。また僕ら童貞の新しい呼び名だね? 逆に格好良いかも」

「いや煌士、感覚麻痺してるんじゃないか? おはよう美月。なんで叩くのか分からないけど、昨日はありがとう」

「こちらこそだよレンっ☆ 全校生徒の前で歌えるなんて、幸せだったよ~。今までどんな場所で歌っても、全校生徒は集まらなかったからさっ☆」


 いつも通りふざけ合いながら3人での登校。いつも通り美月の髪型は昨日とは違う、ポニーテール紺色バンダナバージョンだ。そして、いつになく美月は上機嫌だ。……まぁ、俺も上機嫌だけど。



―*―*―*―……


「おはよう3人衆! ひとまず一件落着やな!」


 2年2組の教室に着くと、新聞部副部長が話しかけてきた。


「おはよう。くるみもありがとう!」

「やっぱり水くさいなぁ、何のお礼やねん? ウチは納得いかんから手伝っただけやのに、人見知り過ぎるで!……お礼を言いたいのはこっちや。おおきに」


 そんな事はない。俺はくるみに感謝している。彼女の協力が無ければ、今頃BEC再開の目処は立っていなかったかもしれない。


「くるみおはよう! 僕はあまり手伝えてないけど」

「おはようっ☆ くるみん閣下!」

「誰が閣下やねん! あの相撲好きデーモンに掛けるにしても、『ん』しか合ってないやろ! 白塗りしたろか?」

「おお~☆ 見たい見たい!」

「は~い! みんな席に着いて~。ホームルーム始めるわよ~」


 いつも通りの2年2組。



―*―*―*―*―*―*―……


『ガララッ』


 放課後。俺は廊下からLL教室の引き戸を開くと、開いていた窓から俺の後方へ風が抜けていった。カーテンが盛大に揺れる中で教卓には、ガラの悪い金髪の男子生徒が座ってタイピングをしている。


「お疲れ様です。松木戸先輩」

「おう東雲! お疲れ!」


 松木戸先輩はパソコン画面から目を離さず、いつも通りの挨拶。美月は軽音部に寄ってから来るらしい。


「……」

「……」


 俺は教卓から数えて4列目1番左側の窓際の席にいつもの様に座った。……まるで昨日までの事が嘘の様だ。


「なんか……いつも通り過ぎて、逆に不自然ですね?」

「35秒」

「……俺が挨拶から話を振るまでの時間ですか?」

「そうだ。早いもんだな」


 知るか。いちいち計んなよ。


「気にし過ぎじゃねーか? いつも通りの普通ってのも、悪くねーだろ?」

「悪いですよ。1回以上経験している事を繰り返してるんですからね」


 強がっている訳でも、天の邪鬼ぶってる訳じゃない。本心だ。


「――私は落ち着かない非日常と落ち着く日常、学校生活なら後者を選ぶわ」


 最も諏訪高の制服が似合う現役アイドルが、教室に入ってきた。


「綾乃先輩、昨日はお疲れ様でした」

「練君もお疲れ様。生徒会長とのやり取り大変だったでしょ?」

「まあ、それなりに……」


 大変だった。でも結局、俺のBECに対する考えを聞かれただけだったな。あの腹ダークマター会長は、結局何がしたかったんだろうか?


「あと奨、あんた練君と美月ちゃんに感謝しなさいよ。あと楓にも」

「そーだ綾乃! なんでかえちゃんが諏訪高にいたんだよ! アイツも学校だったんじゃねーのか?」

「……かえちゃん?」

「何だよ。悪りぃーのかよ?」

「ふぅーん……」


 綾乃先輩は疑う様に、遠くから松木戸先輩の顔を覗いた。


「楓の女子高は、ちょうど創立記念日で休みだったのよ」

「……そーゆう事か」

「BECとーちゃーくっ☆ 4番乗り~!」

「乗れてないだろ。そんな言葉ないし」

「え~なんでレン! 国語辞典に書き込んでよっ☆」

「そう! 時点に書き込めば新語に登録! っていやいや、そんなシステムじゃないだろ」

「おっ☆ 松木戸軍曹殿。ご帰投お疲れ様ですっ!」


 スルーかよ! しかも軍曹って。本当、色々ぶっ壊していくよな。


「新倉もお疲れ。良いライブだったな」

「本当ですか~☆ えっへへ……」

「美月ちゃん。昨日はお疲れ様でした」

「綾乃先輩も、お疲れありがと様でしたっ! 本当良いライブになりました~!」

「ふふっ、そうね。体育館のステージで歌うのは初めてだったけど、同世代が大人数いる中で歌うのも悪くないわね。機会があればまたやりましょ?」

「おっ☆ 良いですね~! 次に向けて、さっそく練習しましょう!」

「ふふふ、気が早いのね」


 LL教室後方で歌とダンスの練習が始まった。いつも通りだったBECの風景がまた再現された。約1週間なかった姿を取り戻したんだと、俺はやっと実感が湧いてきた。


「――東雲」

「何ですか?」

「また普段通りになったが、不満か?」

「まぁ……たまには良いかもですね」

「……そーだろ?」


 自力で取り戻した日常、という意味ではいつもと違う。俺はガラにもなく心地良く感じた。いつも通りがいつも通りじゃなくなった時、本当の大切さが分かる。俺はこの1週間、BECから離れた事が不安で仕方なかった。クラスや委員会でいつも同じメンバーが顔を合わせるというのは無意味な様で、心の安定を図るには必要な事かもしれない。


「松木戸先輩」

「何だ?」

「どうして先輩は、いじめを撲滅したいんですか?」

「言ってなかったか? 簡単な話だ――」


 前に訊いたかもしれない言葉をもう1度先輩にかけると、パソコンのタイピング音が止まった。


「いじめが無くならねーからだよ」




 高校生が作った、高校生による、高校生の為のいじめ撲滅委員会。入った1ヶ月前よりも、俺はいじめ撲滅への気持ちが更に強くなったかもしれない。老若男女問わずいじめが存在するこの世界で、未熟な人間同士が関わる学校において、生徒同士が衝突しない事はあり得ない。SOBはどこにでも存在しうるんだ。

 もう1度BECの解散という話になったとしても、俺はまた戦うだろう。BECよりも生徒の近くで、いじめを真剣に撲滅しようと考える組織が、存在しない限り。

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BEC -諏訪園高校いじめ撲滅委員会- 京国 辰典 @Aki_Kashiwagi

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