19. Unlock The Future!
次の日の早朝6時半前。俺は諏訪園高校の校門前で自転車を停め、開門を待っている。元々早起きするつもりだったけど、予定より早く目が覚めた。恐らく昨日の朝ミックで体内時計が狂っているのだろう。朝に弱い俺が、2日連続で早起きして気付いた事もある。朝の日ざしが昼間の光に比べて白く見えるという事だ。校門前に立っていると、その光が白いコンクリートに反射していつもより眩しく感じる。俺はその眩しさに目を擦りながらあくびをすると、1人の女性教師が校門を開けに来た。
「あら、東雲君じゃない? おはよう~」
「おはようございます。八恵子先生」
上下赤ジャージにソフトボールの白サンバイザーを付けた八恵子先生が、毎度お馴染みのぽわぽわトーンで話しかけてきた。そういえば、ソフトボール部の顧問だったな。
「朝練ですか?」
「そうよ~、大会も近いのよね~。東雲君はどうしたの~? こんな早くに」
「署名活動です」
俺は手に持っていたボードを八恵子先生に見せた。
「もしかして、BECを続ける為の署名なのかな~?」
「そうです」
「良かった~。少し心配してたけど平気みたいね~。こうなったらとことん頑張ってね~」
「はい! ありがとうございます」
八恵子先生は手を振って校舎に向かっていった。その満面の笑みに、俺は肩の荷が少し下りた気がした。
―*―
俺は広くスペースの空いた駐輪場に自分の自転車を停めてから校門近くに戻ると、自転車に乗って向かってくる女子生徒が見えた。――ここからが本番だ。勝算はある。去年の会長選挙であれだけ論争になったBECだ。必要とされない訳がない。俺は大きく息を吸い込んで声を出した。
「BEC存続の為に、署名お願いします!」
こんな朝早くから、俺は何年ぶりに大きい声を出したんだろう。
『シャー……』
「……」
最初のチャレンジは、無情にも自転車が走る音だけが響いた。学校の体操着を着たインドア運動部っぽい女子生徒の両耳には、イヤホンがしてあった。……まぁ仕方ない。次も来た。
「BEC存続の為に、署名お願いします!」
「BECって何ですか? ちょっと朝練あるんで」
「……」
―*―
「BEC存続の為、署名お願いします!」
「邪魔だ。どけ」
「……」
―*―
「BEC存続の為に、署名――」
「なんか話かけてきたんだけど! ウケる!」
「……」
―*―*―*―
「BEC存続の為に、署名お願いします!」
「え! BEC無くなっちゃうんですか?」
「無くなりそうなので、継続の為に署名お願いします」
「ここに書けば良いですか?」
「はい!」
校門が開いてから約1時間。朝練の生徒が何十人か通った。署名してくれたのは、この1年生を含めて今のところ5名。
「……はい。これで良いですか? 頑張ってください!」
「ありがとう!」
今まで署名してくれた生徒達は、全員気の良さそうな人間だった。俺は2~3日で過半数以上の署名を集めて、翁教頭に提出するつもりだったけど、このペースだと何日もかかるかもしれない。
上等だ。望むところじゃないか。普通じゃない事が大好きな俺にとって好都合だ。この難しい状況を打破してこそ、真の天の邪鬼と言えよう! ククク……その辺の捻くれと、俺を一緒にするなよ。
「校門の前で笑ってる人がいる〜」
「なんか怖いね〜」
……舐めん……なよ。
「あっ、いたっ☆ ちょっとレン! 何してんのよっ!」
おさげを2つ、それぞれ赤いシュシュで括った美月が自転車から降りた。
「BEC存続の署名」
「……松木戸先輩には会ったの?」
「昨日会った。でも、ダメだった――」
「なんで言ってくれないのよ!」
美月は怒っていた……俺は忘れていた。
「ごめん。先輩見つけたら言う約束だったよな?」
「そうだよっ! 今日だって何度連絡しても返事ないからレンの家に行ったけど、サラちゃんがもう出てったって言うし……」
スマホを確認しようとしてポケットに手を触れると、家に忘れて来た事に気が付いた。昨日は展望台で今後どうするか考えた後、松木戸先輩のパソコンで署名用の用紙を作成した。IDとパスワードはBECのサイトと同じだった。家に帰って用紙を印刷してから寝て、朝起きてすぐに家を出てきた。携帯を見る余裕がなかった。
「色々ありすぎて携帯見てなかった。ごめん」
「……で、どうなのよ?」
「どうって?」
「署名よ! 集まってるの?」
「今のところ5人――」
「5人! 嘘でしょ? ああ、もう! 貸して!」
俺が持ってたボードをふんだくられた。
「BEC活動存続の署名お願いしま~す! 多くの署名が集まりましたら、Eruptionsがライブを行いますっ!」
「は? それずるくね?」
「ただでさえ相手の時間奪うんだから、これぐらい言わないとダメでしょっ☆ ほら、レンも声出す!」
「……BEC活動存続の署名お願いします! 多くの署名が集まりましたら、Eruptionsがライブを行いまーす!」
「ご協力お願いしまーすっ!」
「え? ライブ?」
「美月さんだ! おさげ可愛い!」
「おはようございます!」
―*―*―*―……
さすが美月。登校する生徒も増えてくる時間になって、署名が一気に集まってきた。……反則技だけどな。
「朝からご夫婦はお熱いねー。ヒューヒュー」
煌士が俺が持ってたボールペンを奪って、署名しながら茶化してきた。
「黙れ童貞の末裔。早く絶滅しろ」
「ひどいな! まぁ、童貞の絶滅は少子化対策になるから良い事だね」
「ははっ……」
煌士の上手い返しに、俺は失笑した。
「僕も手伝うよ。会長と松木戸先輩に対しては中立的に見てきたけど、BECがなくなる事については僕も意義を唱えていこうと思う」
「……サンキュな。親友」
「らしくないね? しっかりしろよ親友!」
『パァン!』
俺は煌士と強めの右手ハイタッチをして、まだ記入のない署名用紙を3枚渡した。
「ウチももらうで! 何で先に言ってくれへんの?」
「くるみ! 頼んでも良いの?」
「なんや水くさいな! 当たり前やろ!」
くるみにも署名の用紙を3枚渡した。朝のホールルームの時間が近くなるにつれて生徒の数が多くなっていたので、美月と2人だけではさばききれなくなった時だった。煌士とくるみが手伝ってくれるのはありがたかった。
「わ、……わたしも、手伝います!」
声を振り絞る様に、千歩ちゃんも名乗りを出てきてくれた。
「ありがとう千歩ちゃん。でも、色んな人と話すけど平気?」
「う……だ、だだだだ、だ大丈夫です!」
大丈夫じゃないな。実家で接客して人見知りが改善され始めているとはいえ、署名はハードルが高そうだ。
「無理はしないでね。そうだな……署名の紙がもっと欲しいから、学校のコピー機で印刷してもらっても良いかい?」
「わ、分かりました。すぐ戻ります!」
俺から五百円玉と署名の用紙を1枚受け取った千歩ちゃんは、校舎に向かって走っていった。
「ちょっと美月? また勝手にライブするとか言ってるの?」
Eruptionsのドラム、伊勢崎さんが呆れたように話しかけて来た。
「ユウ。そこがミツキのクールなところね」
「傍若無人。良い意味で」
「えっへへー☆ みんないつもありがとうっ!」
色々言いながら、花蓮さんと霜園さんも手伝いに来てくれた。
「これはこれは、親衛隊として黙っておけませんね」
黒髪キノコ頭が、親衛隊の法被を着て登場した。
「藤松! お前、いつから親衛隊に入ったんだよ?」
「ふっふっふ……見ていてくださいよ! 美月さん!」
俺の話聞けよ。親衛隊は置いといて、ギターはどうしたんだ? ちゃっかり鉢巻しだしたし。
「ライブをする為に、我々も署名を集めましょう!」
『おー!』
藤松は俺を無視して親衛隊を仕切りつつ、勝手に署名用紙を何枚か取って手伝い始めた。
―*―*―*―……
その後も石子君や谷繁君含め、過去にBECが関わった人達も手伝ってくれた。その中には過去に松木戸先輩が再建したという野球部や、不登校から脱却できたという先輩の女子生徒もいた。またいじめられた側だけでなく、サッカー部補欠3人衆とかいじめてた側まで手伝ってくれた。気が付けば校門近くは多くの生徒が行き交い、たった1度の朝でみるみるうちに生徒半数以上の署名が埋まっていった。
俺がふと手伝う人達の様子を見ていると、美月が話しかけてきた。
「来ないね?」
「……ああ」
これだけの手伝ってくれる人がいる中で、最もいて欲しい当事者がいない。松木戸先輩と綾乃先輩だ。松木戸先輩は難しいだろうけど。
「2人とも、もうどうでも良くなっちゃったのかな?」
「――そんな訳ないでしょ」
この学校で1番制服が似合う美人、綾乃先輩の姿がそこにはあった。
「いつも裏口から登校するんだけれど、翁教頭に通行止めだって言われたのよ。こういう意味だったのね」
よく考えると綾乃先輩は有名人だし、この場を手伝うと余計混乱しそうだ。……でも俺は敢えて止めない。混沌を望んでいるから。
「当然、手伝いますよね?」
「……練君さ、最近奨に似てきてない?」
「え?」
誰が。あんな人みたいになる訳がない。
「どの辺が似てますか?」
「まぁ、いいわ。BECがないとダンスの練習場所を取るのにお金かけなくちゃいけないのよね」
この人も素直になればいいのに。
「楓から少し聞いたわ。あの子、やっぱり侮れないわね。これまで秘密にされるなんて、落とし前付けてもらわなきゃ」
「どうするんですか?」
「こうよ」
そう言って綾乃先輩はメガホンを取り出した。
「皆さん! ユニ×ユニの和泉綾乃です! もしライブが実現したら、ユニ×ユニもお邪魔します!」
「え? ユニ×ユニ?」
「すげー! 本物だ! 和泉綾乃だ!」
実現するのかはともかくとして、綾乃先輩の公言で校門付近はかつてない混沌ぶりになった。有名な某人探しの絵本みたいに、署名しない人も簡単に通り抜けられないくらいの混雑ぶりだ。1度署名せずに通り過ぎた生徒たちも、噂を聞きつけて戻ってくる事態になった。在籍生徒の過半数どころではない数の署名が一気に集まった。
―*―*―*―*―*―*―*―……
「え~、5月も半ばに入り、運動部の生徒達には忙しい時期になってきました――」
土日を挟んで次の週。毎週月曜日の朝にある全校集会。体育館に全校生徒が集まって、黒スーツの白髪校長によるいつもの世間話が始まった。今日のテーマは、今頑張っている部活動みたいだ。
俺達は今日、この集会をジャックする。……って言うとカッコ良すぎるけど、ちゃんと許可を取ってある。あれだけの署名を集めておいて、ライブせずにBECを再発足させる訳にはいかない俺達は、教頭経由で全校集会後にライブの時間をもらう先生方の承認をもらったのだった。
ここで1つ問題もある。全校生徒の8割以上もの署名を集めた俺達だが、まだBECの再開について生徒会の承認を得られていない。校則では校長を含めた先生方の許可はあっても、生徒会の許可なくして委員会の活動はできない仕組みになっている。だからこそ、俺達はライブの場に全校集会を選んだ。自称最強でいつも忙しい誰かさんも、参加せざるを得ないからだ。
「――という訳で、卒業生の皆さんにも負けない活躍を、在校生の皆さんに期待したいと思っています。以上で今日のお話は終わりにします」
校長の話が終わり、俺達は全員配置に就いた。翁先生が締めの言葉を述べたのを合図に、カーテンを全部閉めて水銀灯を消し、生徒が暗さに目が慣れる前に楽器をステージに一気に運びこむ予定だ。
「以上でぇ、全校集会を終わります」
『プツッ……』
手筈通り俺は水銀灯のスイッチを切ると、2階で待機してる野球部達がカーテンを閉めた。そして残りの全員で楽器を運んだ。その間、待っている生徒はざわざわしていた。ほとんどの生徒は署名してるから、ライブがあるのは察しがつくだろうけど。
『キイイィーーーン……あー、あー、テステス』
『オォー!』
マイクのハウリング音の後に美月の声が入ると、体育館には生徒達の歓声が広がった。
『レディースアンドジェントルマンっ☆』
『うおぉー!』
『Eruptionsですっ☆』
『イエーイ!』
『まず、この場を借りてお礼を言いたいと思います。たくさんの署名、ありがとうございました!』
『パチパチパチパチ!』
「ありがとー!」
「愛してるよー!」
『予告通り、ライブしちゃいますっ☆』
『ワァー!』
真っ暗なまま美月が掴みのMCをしていると、楽器も運び終わって準備が整った。
『……じゃあ、準備は良いかいっ?』
『おー!』
『いくよっ☆』
『ウオォー!』
楽器でのイントロが始まると、さっきまでと違う歓声が広がった。そして、ライトが点かないまま美月は歌い始めた。その様子を俺はステージ袖で見守った。
♪心が通いあえたらきっと
綺麗な虹が架かるよ!
【
♪大人になればなるほど
心の色が変わってく
色んな世界に触れて
色んな色が混ざってく
♪空気に触れて 地面に触れて
音に触れて 君に触れたら心が振れて
世界を彩ってく
♪心が通いあえたらきっと
綺麗な虹が架かるよ!
全てを分かり合えるくらいきっと
消えない橋を架けるよ!
繋がる僕らのRainbow heart!
歓声、拍手、笑顔。Eruptionsのライブにいつも俺は、圧倒されている。
『ワァー!』
『ありがとうっ☆ それじゃ、次の曲いくよっ!――プツッ……』
突然ライトが消えて真っ暗になり、マイクが音を拾わなくなった。こんな演出の予定はなかったはずだ。暗闇の中で美月は何度もマイクに声を当てたがダメみたいだ。
「どうした? トラブルか?」
「演出じゃない?」
「愛してるよー!」
音響関係の仕切っている体育館2階の放送室は、アナウンス部に任せていたはず。俺はステージ袖から2階に続く階段を上っていると、マイクを通して1人の生徒の声が聞こえてきた。
『キイィーーン……全校生徒の諸君、最強の生徒会長久方誠だ。トラブルが起きた為、少し待ってくれたまえ』
「えー、聞いてないよー」
「待ってれば再開するかな?」
「使えるマイク、そこにあんじゃねぇか!」
「生徒会の陰謀じゃないの?」
「勝手に決めんな! 親衛隊に中止の許可を取れ!」
「愛してるよー!」
『諸君、静粛に!』
「アンコール! アンコール!」
『アンコール! アンコール!』
混沌。大きくなるアンコールの声。生徒会長が何らかの邪魔に入るのは想定済みだ。俺は2階の放送室のドアをノックして開けた。
「失礼します。生徒会長にお話があります」
体育館の放送室はかなり狭く、少し蒸し暑い。畳でいえば四畳半くらいの広さだ。あまり使わなくて掃除してないのか、埃っぽい臭いがする。音声機器の前にある2つのイスには生徒会長と、ブレザーやセーターを着ずに白シャツ赤紐リボンを着用した生徒会書記の女子生徒が占拠していた。元々いたアナウンス部の女子生徒2人は放送室の外に出ていったらしい。俺は入口付近に立ったまま会長に話しかけた。
「君は確か……汐留君、だったか?」
「会長。2年2組、BECメンバーの東雲練さんです」
会長の隣に座る書記が訂正した。
「俺は――」
「言わなくても分かるさ。BECの存続についてだろう?」
「……はい」
「君達が集めた署名を見たよ。あれだけの人数を短時間に、大したもんだ」
「それで、存続の許可についてのお答えはいただけるんでしょうか?」
「その前に、ライブを再開させよう」
生徒会長は幾つかのスイッチをオンにした。 ステージのライトが再点灯した。
『あー、あー……お待たせしましたっ☆ ライブを再開しますっ!』
『ワー!』
ライブは再開した。それを確認した生徒会長とその書記は回転式のイスを回して、体を俺の方に向けた。
「まず謝らせてもらう。史上最強のボクは、ライブを中断すればBEC存続への思いが最も強い人物が現れると踏んでいた」
『史上最強』ってこの状況で言われると、かなりイタイ人に見えてきた。まぁ、BEC再開の目処が立たない元凶が自ら対峙してくれるなら手間が省ける。俺としても好都合だ。
「君を試す様な真似をした事をお詫びする」
「いえ、丁度あなたと話したかったので構いません」
「最強のボクは、君が来る可能性が1番高いと読んでいたよ。そんな君に幾つか質問させてもらいたい」
名前は覚えてなかったくせに。
「俺の答えによってBECの再開を判断するって訳ですか?」
「そう捉えてもらって構わない。君がそう考えるのは自由だ」
煮え切らない答えだ。あれだけ署名が集まっていれば再開を受け入れるしかないだろ。俺が変な発言をして、揚げ足取られたりしないようにしないとな。
「まず1つ目の問い。君は松木戸奨についてどう思うか?」
「見た目と言動はヤンキーですが、いじめを撲滅する事に真っ直ぐな人です」
「彼の過去のせいでBECが解散された。彼はクロだと思うか?」
「もし、罪に問われる事があるとすれば冤罪です。松木戸先輩はいじめに加勢したのではなく、被害者の相談相手でした」
「……なるほど」
何が『なるほど』だ。どうせ知ってて訊いてるんだろ?
「次は君自身に聞こう。東雲練君個人として、何故BECを存続させたいんだ?」
「俺はいじめが自分の高校にあるのなら、黙認する側になりたくない。だからBECに入りました」
「君は周囲に流されるのを嫌うようだが、人がやらない事をやりたかっただけではないのか?」
俺の事を調べてるのは明白だな。名前を忘れたふりは演技だったらしい。だけど、ちょっと調べたぐらいで俺を分かった気になってるなら残念だ。
「それもありますけど、俺個人の意見なんてどうでもいいんじゃないですか?」
「組織に所属する者として、個人の意志というのは重要だ。君がなぜ今この場に来てまでBECを存続させたいのか、最強のボクには見極める義務がある」
個人の意志。この前も同じ様な質問を教頭にされてばかりだが、全く違うニュアンスだった。会長は上から目線で腹の内を探ろうとしてくる。……俺はくだらない探り合いをしに来たんじゃない。
「綺麗事を仰ってるところ申し訳ないんですけど、単純に久方先輩が松木戸先輩を気に入らないだけなんじゃないですか?」
「最強のボクが松木戸を? そんな訳ないだろ。何故そうなるんだ?」
「この高校であなたの最強を崩せる、唯一の存在だからです」
「何をバカな。……まあ、君がどう思うかにケチを付ける権利は、最強なボクにもない。松木戸に対して何も感じないが、そう思いたいなら構わないさ」
「嘘ですよ。プライドが高くて自分が最強だと豪語する人間が、自分より目立つ存在を放っておくでしょうか?」
これだけ追及しても、生徒会長は表情1つどころか声色1つ変わらない。本心はどこにあるんだ?
「その推測は面白いが、こうも考えられるぞ? 最強なボクには生徒会を去った者なんかに興味がないのかもしれない」
「……」
あくまで腹の内は明かさないらしい。腹黒過ぎて黒さの正体も分からない。まるで宇宙の暗黒物質――腹ダークマター会長だ。腹黒さはある意味最強かもしれない。
「最強のボクが色々答えたのだから、そろそろ捻くれ者の君が何故BECを存続させたいか、理由を聞いて良いかい?」
「……」
なぜ今更そんな事聞くんだ? 理由聞いてプラスになるのか?
「……俺がBECに入った当初、『いじめなんて少ないから毎日LL教室に集まる必要はない』とか、『本音を言って松木戸先輩と関係が壊れるくらいなら辞めてもいい』と考えた事もありました」
「ほう?」
「けどいじめを身近に感じて、松木戸先輩といじめについて一緒に解決したりして、BECは必要だと思える様になりました」
「生徒自身でいじめを解決する事が、リスキーだとしてもか?」
「リスキーですけど、BECには生徒の問題は生徒自身で解決するべきだというスタンスがあります。親や教師に頼って解決するのは限界がありますし、被害者が自身の問題を自覚しないままその場を凌いでも、別のいじめが発生する可能性が残ります。それでは根本的解決になりません」
「だが精神的に未熟な高校生が介入すると、拗れて大事になる事もあるのではないか?」
「拗れる可能性もあります。ですが、未熟な人間が人に頼り続けていたらいつまでも未熟なままです。人が成長するのにリスクが伴うなんて当たり前です。そのリスクを他人任せにするのか、本人も関わるかという話なら、自分の事くらい自分でやるのが普通じゃないですか?」
今でこそ分かる。同じ学校の同じ生徒が、いじめ撲滅をする意味が――。
「それなら尚更BECは必要ないんじゃないか? BECに頼るよりも自分で解決した方が成長できるのだから」
「いじめの種を抱える生徒はどこか孤独なんです。自分から依頼に来れる生徒もいますが、ほとんどが強がって誰にも相談しなかったり、深刻な状況の生徒は人から話しかけられるのを待ってたりします。人と関わるのがどこか苦手だからいじめの種を作るんです。それを見張って察知し、手助けする身近な存在が必要なんです」
美月に連れられて来た千歩ちゃん、SOBはないと信じて強がった綾乃先輩、何を言われても耳栓をしていた石子君、親に本音を言わない藤松。共通していたのは自ら他人を頼ろうとしないところだ。一般的な人間の心理として人をあまり頼らない存在は格好良いし、他人を頼ってばかりいる存在は格好悪く見える。高校生にもなれば大人ぶり始めて、より見栄を張ろうとする。
「いじめられる側が人に頼るのが苦手だからこそ、頼りやすい存在が必要という訳か。だが、常に見張るほどいじめは存在しないのではないか?」
「俺も以前にその疑問はありました。実際に表面化してるいじめはほとんどないですけど、SOBに関してはどのクラスにもあると言っても過言ではありません。人間が集団で行動していれば、自然な事だと思います」
「――東雲の言う通りだな」
背後から聞き慣れたヤンキー口調。俺は振り返ると、金髪狼頭の男子生徒が開いたドア枠に寄りかかって立っていた。
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