第4話 文芸部員、帰路

 ― 無頓着、可能性


 先生に入部届けを出して、ついでに職員室で「私、文芸部の部長をやります!」と声を張り宣言をして、隣にいた俺を壮大に恥をかかせた浅井さんとの帰り道、浅井さんは自転車をと言っても姿、格好に似合わないロードバイクを押しながら歩いていた。

 おかしい、浅井さん自転車なのになぜ歩いてるんだ?

 別に一緒に帰ろうとも言っていない筈だが、何故かこんな形になっていた。

「自転車、乗らないのか?」

「え? 逆に、多田さんはなんで歩くんですか?」

 変な会話だ。

「最寄り駅で電車に乗るから、自転車なんて邪魔だ」

「電車に? 何処の駅で降りるんですか?」

「自宅の駅ってどっちですか?」

「山の方に二駅の無人駅が最寄りだが」

 そう言うと浅井さんは、嘲笑うようにふふっと笑った。

「おかしいですね」

「何でだ?」

「私の方が遠いですよ。私は山の方に3駅目です」

 回りくどい自慢話だったらしい。浅井さんは狙ってやってるのだろう時折、深い意味は無いのに意味ありげな仕草、言動をする。

 非常に面倒臭い。

「そう言えば、さん付けはやめてくださいね?

 知り合いなのに他人行儀は、こそばゆいので」

「そうか。なら浅井、こっちも敬語は使わなくていいぞ」

 他人行儀と言えば、浅井の方がそうだろう。

「え、あー……、いえ、まだこの時期は敬語の方が色々と楽なので追々」

 はぐらかされた。

 別に敬語だからとかで他人行儀とかよそよそしいとかは気にしないが、まあいいや。

 夕方の少し冷たい風を感じながらしばらく、無言で田んぼ道を歩いた。

「多田さんは何で、文芸部に入部したんですか?」

 本が好きで……と言うわけでもなく、入部理由を聞かれると返答に困る。

「強いて言うなら、言い訳のため」

「言い訳?」

「俺、深高には入ってるけど、深高で競い会うと特別成績がいいわけじゃないから、部活を励んでましたって言い訳が欲しいから入っただけ」

「そうなんですね。いいと思いますよ」

 本当か?

「浅井は、どうして部活に入ったんだ?」

 もう一度、聞くことにした。はぐらかされるのがオチだが。

「そうですね。これならいって言いかも……。

 私、本が好きでこういうシチュエーションに憧れていたんです。

 誰も入ろうとは思わない部活、偶然にも異性の新入生が入部……そこから紡がれる謎やミステリーの数々。

 憧れなんです! 学園ミステリー!」

 入部理由を語った浅井からは、まるでオペラ調のミュージカルを見ているような気分で熱弁していた。

つまり、

「俺は、その学園ミステリーの男子生徒を演じろと?」

 冗談じゃない。俺は、高校生探偵として高校生活を贈りたくない。

 俺は、無関心で無頓着、学校の問題事は横目で見るだけいい。

 そうでなければならない。

「演じるなんて思ってませんよ。先程、まさにやってのけたじゃないですか。

 今の文芸部の垣根となる事を暴いたじゃないですか」

 明るい未來を見据えるような彼女に俺は、どんな表情で見ていたのだろうか。

 おそらく、俺と彼女は対極的位置の存在だ。

 きっと彼女は、現実を一つの小説の物語として楽しんでいる。

「暴いた? 俺は、ただ理屈と屁理屈を言っただけだぞ。

 現に出した答えが正解なんかわからない」

 答えは出しても、正解じゃない。

「ほぼ、正解ですよ。

 『第3まである理科室』、『削減と廃部の違い』、『文芸部の存続理由』、『第3理科室と文芸部』。

 三角の減点もありますが、今日出した答えには点数での評価に値するくらいには正解ですよ」

 今までにない暗く落ち着いた声の彼女を目の前に俺は、どう目を会わせてたのだろうか。

 いや、俺は彼女から目を逸らした。

「ここは高校、三角の時点で評価されない 、バツだよ」

 真剣な彼女に終止符を打つように俺は、冗談を交えてそう返した。

「やはり、あなたが文芸部員でよかった」

 浅井は自転車をこぎだして、2メートルくらい離れて停車した。

 視界は自然と浅井を全身をとらえていた。

 そして誰からも指図されたわけでもなく、自然と歩行していた足がピタリと止まり立ち尽くした。

「多田宏太さん。お願いです。

 私と一緒に物語を創りませんか?」

 このとき俺は、どんな表情をしていたのだろうか。

 近くに鏡があればすぐにでも表情を確認して、無表情でなければ無表情へと修整したい。

 表情はわからないが、この気持ちはわかる。

 言葉で表すなら、きっと不安と恐怖だ。

 浅井は、俺にとって今までも、これからも脅かす存在だと思った。

「問題、俺……多田宏太を漢字から三文字で表せ!」

 浅井から見て俺は、どう見ているのだろう?

 わからない。怖い。不安だ。

 自分と言う存在が終わるかもしれない。

 お願いだ。『無頓着』と答えてくれ。

 俺は『無頓着』でなければならない。だから……。

 そんな不安を抱いているとも知らず浅井ゆいの出した答えは、


「――可能性、です」


 不正解と言いきれなかった。

 自分への甘さからか、浅井ゆいの出した答えには三角を付けたかった。

 そうして、笑顔の浅井はずっと俺に目を向けていた。

 俺、多田宏太は言った。

「いつまで、現実を楽しむつもりだ?」

 浅井ゆいは首を傾げただけだった。

 そして、最後まで笑顔を絶さず自転車をこぎ出した。

「では、また明日もよろしくお願いします」

「あ、ああ! また、明日」

 別れの挨拶をすると、浅井は田んぼ道の道なりを沿って行き俺は、道を曲がり駅へ向かった。

 


 ― 帰宅、表情


「ただいま」

 おかえりーと返事はしない。よし。

 小さくガッツポーズをすると自分の部屋に荷物を投げ入れ、リビングへ向かった。

 家は、家族がいない一人の方が落ち着く。

 と思った矢先。

「お、遅いねー! 部活は何部にしたの?

 歴史研究部?」

 姉がソファーでだらけていた。

 自然とため息がこぼれる。

「違うよ。文芸部。それと、歴史研究部は来年で廃部だから」

「え? うっそだー! だってお姉ちゃん、部活で功績修めたから部費削減くらいだし」

 え、そうなのか……。

「部費の削減も廃部も同じ事」

「まあ、どっちでもいいけど。それより、文芸部はどうだった?」

 姉が珍しく笑顔で話してくるのが不自然だったが、姉は珍獣だから何があってもおかしくない。

「まあ、まあまあだな」

「ふーん、結構な好評で」

 無頓着を理解する姉の言うとおり、まあまあと言ったら、俺のなかでは好評らしい。

「だって、あんた『笑顔』だし」

 その言葉でハッとした。

 あのとき、俺は笑顔だったんだな。

 ああ、そうか、笑顔になっていたのか。



『文芸部員の不快な新入部員』 終

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文芸部の不快な新入部員 My @Mrt_yu

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